テレビヒーローはここにいる
いとまのもじ
任務失敗
「だからなバディ、俺は思うのさ」
『何を?』
「これ初任務にしてはタフすぎるんじゃない?って」
ぶつくさこぼす間魁人は今、上空3000メートルを時速三百キロの速度で飛行していた。
小型の無人ヘリの外側にへばりつくことによって。
傍目には絶体絶命のピンチである。
「そもそも急すぎるって話だよ。『ドクター』がもうちょっと早く指令を出してれば、こんな過激な遊覧飛行をするハメにはならなかったんだ」
『時間が無かったために強引に施設に侵入するしかなかったのは確かだが、この現状を作り出したのは魁人にも一因がある』
「俺にもぉ?」
『警備員たちを問答無用で殺害していれば、もっと短時間で目標物を捕捉できたと推測される」
魁人の体内から骨伝導で響いている声は、ひたすら無機質だった。
その声の冷たさに、魁人は口ごもる。警備員の無力化に少々時間をとられた為にヘリの離陸を許したのは事実であった。
大ジャンプで何とかヘリに飛びついたものの、状況ははっきりと悪い。
『「助けてくれ。小さな子供がいるんだ」という陳腐な命乞いを真に受けなければ、問題なく離陸を阻止できた』
「……だけどよぉ」
『だけど?』
「番場丈なら、きっと殺さなかったと思うんだよ」
魁人はもごもごと言い訳を口にした。
凄まじい風とローターの音で、その声は到底聴きとれないレベルにかき消されてしまう。
だが、『体内の共生相手』にとっては話は別だった。
『――理解不能。特撮ドラマの主人公が、魁人と何の関係があるのか』
バディは魁人の言葉をしっかりと把握し、マジレスを返してくる。
完璧な正論だった。最近魁人が視聴した三十年前の特撮ドラマ『スカルフェイス』は当然フィクションである。「何故合理的な判断を下さなかったのか」に対する答えが「ドラマで見たから」ではあまりにもナンセンスだった。
『返答を求める』
「うるせーっ!」
討論ではどう頑張っても太刀打ちできそうもないので、魁人は開き直ることにした。
「いいか、バディ。俺は丈から男の生き様を学んだ。その生き様が、無駄な殺しってのにNGを出してんだ」
『……その生き様とは?』
「男はカッコよく生きるってことよ。無駄な殺しってのはカッコ悪ィんだ。そーゆーことすんのは大抵魔人側で、丈は絶対やらなかったからな」
『番場丈も敵魔人を容赦なく殺害していたが』
バディのツッコミに、魁人はフンと鼻を鳴らす。
「リアルに存在する魔人みたいなヤツは俺ぐらいのもんだろ。丈は普通の人間には優しかったぜ」
――魔人。『スカルフェイス』作中で登場した異形の超人。主人公のスカルフェイスも一応はこの魔人に該当する。
死と隣り合わせの状況で、しかし魁人が余裕綽綽なのは、まさにそれが理由であった。
とある組織の非人道的な人体実験、その奇跡的な成功例こそが間魁人であった。
結果魁人の肉体は、外見はともかくとして常人とはかけ離れたものになっており――その体内には、奇妙な居候が存在する。
『ともかく、我々の初任務は失敗しつつあることを認識すべき』
その居候が小言を重ねてきたので、魁人は眉を顰める。
「うるせーなこれから成功させるよ」
『……ターゲットはヘリ内部。ドアはロックされている』
「マスターキー頼む」
『了解』
魁人は右手で手刀を作る。魁人の意思にバディが呼応して、その指を鋼よりも硬く硬質化させた。
魁人はそれをヘリの扉にぶち当てる。
ライフル以上の破壊力を発揮した貫手は見事に扉を貫通し、鍵を破壊した。
「この手に限るぜ」
『扉は慎重に開くべき。気圧差でヘリ内部のターゲットが空に放り出される可能性がある』
「オッケー。へへ、順調順調」
ガコガコ言わせながら扉を開いた魁人は満足げに呟いたが、誤算があった。
無人ヘリは極めて小型で、その造りはお世辞にも堅牢とは言えなかったのだ。
「……なんか嫌な音してない?」
貫手の衝撃に耐えかねたヘリは各部から異音を生じていた。
『外観から推測すると、この無人飛行ヘリコプターはまだ開発段階にある可能性がある』
「……というと?」
『おそらくこれは試作機かそれに近いものであり、強度に関しては最低限しか確保されていなかったようだ』
「つまり?」
『ヘリコプターへのダメージ甚大』
「えっ」
『正常な飛行を維持できない可能性大』
「そりゃまずい」
魁人は慌ててコックピットに体をねじ込ませた。
がくがくと危険な揺れ方をするヘリ内部では、けたたましいアラームが鳴り響いている。
時間はなさそうだったが、小型ヘリだけあって中は狭い。目標はすぐさま見つけることができた。
『ターゲットを発見』
「あれか」
頑丈そうな金属製のケースだ。
押っ取り刀で積み込まれたからだろうか。ケース自体に備え付けられたロックシステムだけが、開封を妨げる唯一の障害だった。
無論それは魁人にとってなんの意味も持たない。魁人は凄まじい怪力で鍵を破壊すると、中身を確認する。
そこに収められていたのは幾つかの結晶だった。色は黒。あらゆる光を吸い込むかのような漆黒で、直径は三センチほど。
魁人はほっと息を吐いた。指令にあった情報と合致している。
『休眠状態のヴィーライトと推測される』
「本物だよな?」
『接触を求める』
「了解」
魁人の指先が結晶に触れる。
『――固有のシグナル、D粒子を感知した。間違いなく当方の同類』
「そりゃ何より。これで何とか任務達成――」
魁人は少々歪んだケースを無理やり閉じ、眼下に広がる景色に眉を顰める。
「ってわけでもなさそうだな」
東京都の夜景を一望できる。街の灯が綺羅星のようだ。
魁人はそれを美しいと思ったが、その夜景がどんどん近づいてきているのは大問題だった。
ヘリの速度と高度は順調に落ちていっている。
「どうもソフトランディングは見込めそうもないが……かといってパラシュートなんて持ってねえぞ」
今魁人が身に着けているのは耐衝撃ヘルメットとボディアーマー程度のものだった。まさか高度3000メートルで任務を遂行する羽目になるとは予想しておらず、当然パラシュートなどという気の利いたものは用意していない。
『魁人、ターゲットを抱えたままここから飛び降りることを推奨する』
「……ここから自由落下して身の保証はあんのか?」
『当方の性能は高いため破損する心配はない。しかし魁人の命までは保証できない』
「じゃあそんなこと推奨するな」
『しかしヘリの破壊に巻き込まれるよりは生還の可能性がある。空気抵抗を最大に利用して終端速度を落とし、肉体を変質させれば高い確率で生き残れるだろう」
「ホントかぁ?」
『当方は魁人の全身を変質させるだけの質量を有していないが、急所を守るだけなら十分可能。――即死級の致命傷さえ負わなければ、傷も当方が直せる』
「――クソ。パラシュート無しのスカイダイビングなんてのは、ハリウッドスターもやってなかったぞ」
そうこぼしながらも即座に覚悟を決めた魁人は、ケースの取っ手を強く握ると静かに息を吐く。
「……なるべく高度下げてから飛んだ方がマシだよな?」
『高度100メートル強まで緩やかに降下することが出来るのならその理論は正しい。そこから飛べば終端速度に達する前に着地することが出来る。だが、現状でそれは不可能と推測される』
いよいよ深刻な振動を繰り返すヘリは、地上すれすれまでゆっくりと降下――などと悠長なことを許してはくれなそうだった。
「いつ飛んでも同じか」
『肯定。空中分解したメインローターに巻き込まれる可能性等を考慮するなら、むしろ早いほうが良い』
「気軽に言ってくれるぜ」
苦笑いしながらも魁人は素早く扉へと向かい、夜空へとダイブしようとしたが――
直前でふと、その足を止めた。
「――少し気になったんだけど」
煌びやかな街の灯が、目に入ったからだ。
『何か』
「このヘリコプター、このままの軌道だとどこに落ちるんだ?」
『どれくらい機体が持つかに大いに左右されるが――渋谷センター街周辺と推測される。構造上爆発の可能性は低いが、空中分解しながら地上に落下する可能性は高い』
「それ、下の人間危なかったりしない?」
『部品が何名かに直撃する確率は決して低くないだろう』
「……普通の人間には致命傷だぜ、そりゃ」
魁人は呟く。
小型とはいえヘリだ。どのパーツが当たっても命取りになる。
落下したヘリをきっかけに、更なる大事故が起こる可能性もあった。
『それがどうした?』
だがバディはにべもない。
魁人はそれに言葉を返さない。
ただ、踵を返すと操縦席に座り込んだ。
『何をしている、魁人』
「……SAS、ATT、ってことはこの辺りが自動操縦系統で――よし、これで手動だ。無理やり『焼き付け』された知識もたまには役に立つな」
魁人がレバーとスティックを操作し右のラダーペダルを踏みこむと、ヘリは不気味に揺れながらもどうにか進路を変えた。
「手動で騙し騙し行けば、ギリイケるか……?」
『もう一度聞く。何をしている、魁人』
「東京湾を目指す。海に落ちる分には被害は随分マシだろ」
『そこまでおそらくこの機体は持たない』
「へへ、チキンレースだな」
魁人はメットの奥でへらっと笑った。
その笑みには、死への恐怖や危機感といった、人として大事な何かが欠落していた。
『薄っぺらな美学とやらと引き換えに任務に失敗するつもりか』
「任務はこのケースの奪取だろ?離さねえよ、死体になってもな」
『……当方はこの行動に強く反対する』
「まぁ落ち着けってバディ。この行動には実利も伴ってるんだぜ?」
『実利?この不合理な行動に?』
「おう。すげえ説得力だから心して聞けよ。――いいかバディ」
『……』
「映画や漫画を見る限りでは――」
『もういい。フィクションと現実の区別をつけろ』
バディの無機質な声に、吐き捨てるようなニュアンスがあった。
「まぁまぁ聞けよ!そもそもこれ俺が壊しちまったヘリだぜ?このヘリを放置して逃げるってのは、多分かっこ悪いだろ?」
『だから――』
「まー俺は二枚目の色男だが、ツラが二枚目だろうが三枚目だろうがかっこ悪いヤツの末路は悲惨なもんだぜ」
バディの正論を遮るために、魁人はつらつらと妄言を重ねる。
「最後は伊達男が生き残るもんさ。つまりこりゃあ生き残るためにやってるコトってわけで、なっ?実利があるだろ?!」
『何を言っても無駄なことだけは理解した』
「まぁまぁまぁまぁ!」
魁人が勢いだけでバディを宥めすかそうとしている内に、いよいよヘリ本体はあちこち変形を始めている。今にもパーツの剥落が始まりそうだった。
しかし、壊れかけとはいえ流石ヘリというべきか。本来の最高速度からすれば見る影もないが、それでもその速度には目を見張るものがあった。
気が付けば、ヘリは東京湾に差し掛かっている。
「見ろ、チキンレースは俺の勝ちだぜ!」
『これで満足だろう。この角度であればあとは放置していても海に落ちる。即座に降下すべき』
「はいはい、今――ん?」
立ち上がった魁人の目が、訝し気に細められる。
地上から迫る『何か』を捉えたからだ。
「あれは」
白煙の尾を引きながら、何らかの飛翔体が凄まじい勢いで接近してくる。
魁人の人間離れした動体視力と、焼き付けされた知識がその正体を導き出した。
「地対空ミサイ――」
魁人が言い終える前に、地対空ミサイルはヘリに突き刺さる。
瞬間、ヘリから飛び出していた魁人は、すぐさま起こるであろう爆発から反射的に身を守ろうとした。
――持っていたケースを盾にすることによって。
「あ」
ついうっかり。そんな声が漏れる。
東京湾上空に爆炎の花が咲いた。
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