第56話 掛け合い 

 まりんちゃんの自宅から離れた、アスファルトの路上にて。冥界から現世へと降臨した閻魔大王様と、助けに駆け付けた精霊王様が、三人の子供達を背にして佇み、結界を挟んで対峙していた。

「このままじゃ、ラチがあかねェな……」

 閻魔大王様は静かに呟くと、

「あまり、時間はかけたくない……そろそろ、決着をつけさせてもらうぜ!」

 そう言って、右手に携えた剣を一振りし、刃となった青紫色の光線を撃つ。

 殺伐さつばつとした、冷ややかな雰囲気を纏い、閻魔大王様が放った一撃で精霊王様が張る結界が打ち砕かれた、次の瞬間。

「……っ!」

 まるで、早回しで逆再生したかのように結界が元通りになり、青紫色の光線を防いだではないか。

「これは、一体……」

 青紫色の、光の刃が頑丈な結界に弾かれ、遙か遠いそらの彼方へ飛んで行く。そんな神業が目の前で起こり、何が起きたのか理解できず、精霊王様と三人の子供達が放心状態と化す。

「閻魔大王様が自身の力で以て、結界を破るのと同時に張り直したんですよ」

 放心状態から醒め、条件反射で身体の向きを変えた精霊王様と対面しながらも、シロヤマが真顔で状況を説明。

「まりんちゃんが、どんなに強い力を以てしても敵わない、無敵の力に護られているんです。その事実を、天神のアダム様から聞いて……それで、俺とまりんちゃん、健吾くんとりりかちゃんの四人で力を合わせ、どんなに強い力を受けても破れない結界へと張り直したんですよ」

「なるほど……君達のおかげで、ひとまずは、安全が保たれたわけだな」

 シロヤマからの説明で、精霊王様は冷静に状況を把握。冷静沈着な雰囲気を漂わす精霊王様の言葉に繋げる形で、シロヤマが口を開く。

「とは言え、この状況を、あのお方が納得するとは思えません。現在、安全が保たれる結界の中にいるのはあなたと、三人の子供達だけです。俺があのお方と同じ立場なら……今までのやり方が通用しなくなった時点で手段を変える。

 今までは標的ターゲットに狙いを定めていたが、今度は結界の外側にいる相手に狙いを定めるだろう。そして力を合わせて結界を張った四人を捕らえ、標的を護る頑丈な結界を解かせるために交換条件を持ち掛ける……それくらいのことは、するだろうな」

 途中から、厳しい目つきになりながらもシロヤマは、自身を閻魔大王様の立場に置き換えて予想を立てた。シロヤによるこの予想は、見事に的中した。精霊王様と理人くん、悠斗くん、美里ちゃんの三人を護る結界を解くために、閻魔大王様は、力を合わせて頑丈な結界を張った四人の身柄確保に乗り出したのである。


 閻魔大王様が、悠然と立ちはだかる緋村、本藤の二人を、手持ちの剣で以て薙ぎ倒し、シロヤマ、健吾くん、りりかちゃんの身柄を確保した。

「君で最後だ。四人で力を合わせて張った結界なら、それを解くのも四人一緒でなければならない……三人の子供達を冥界へ連れて行くためにも、協力してもらうぞ」

 閻魔大王様は手厳しい。辛辣な視線を向けながら闊歩する閻魔大王様が、目指すその先で凜然と佇むまりんちゃんに迫る。

 武器となる槍を手に、精悍な面持ちで姿を見せた東雲が、じわりじわりと距離を縮める閻魔大王様の前に立ち塞がった。

「東雲……聡明なお前なら、この状況が分かる筈だ。あの二人と同じ目に遭いたくなければ、そこをどけ」

「断る。私は、幹部として、大魔王シャルマン様に仕える魔人だ。シャルマン様からの指令を遂行するためにも、ここをどくわけにはいかない」

「そうか……なら、しかたがないな」

 聞く耳を持たず、拒否した東雲に、閻魔大王様は、右手に携える赤い飾り房付きの黒い剣を構える。

「お前には特別、強力な一撃を食らわしてやる」

 閻魔大王様はそう言うと、構えていた剣を一振りし、刃となった青紫色の光線を撃つ。

 東雲が槍で以て、閻魔大王様の一撃を受け止めた。両手で槍の柄を握り、今にも切り裂こうとする光の刃を受け止めながらも、裂帛の気合いとともに、ありったけの力を槍に込めた東雲は、強大な闇の魔力を受け、急速に亀裂が広がった光の刃を打ち砕く。これには、まりんちゃんも閻魔大王様も驚きを隠せなかった。

「この程度では、幹部にして最強の私を斃すことは不可能……それを知ってもなお、この私と、戦うか? 閻魔大王よ」

「くっ……!」

 涼しい顔で一撃を防いだ東雲に、小癪こしゃくなっ……! とでも言うような顔をして閻魔大王様は歯噛みした。一撃を阻止された悔しさもあるが、東雲は、閻魔大王様が思っている以上に手強い。それを思い知り、閻魔大王様は東雲を最も警戒すべき厄介な相手と認識した。

「閻魔様」

 悠然と立ち塞がる東雲の、左隣に立ったまりんちゃんが、閻魔大王様に向かって恐縮そうに話を切り出す。

「理人くん、悠斗くん、美里ちゃんのことなんですけど……今から半年前の、あの件で、人命に関わるほど大事になったから相当、懲りたと思うんです。堕天使が封じられたことですし……ここは私の顔に免じて、三人を許していただけないでしょうか」

 緊張の面持ちで掛け合ったまりんちゃんと対面する閻魔大王様が、武器となる剣を右手に携え、険しい顔つきになると辛辣に返事をする。

「だからと言って、彼らがやったことは許されるものではない。一歩間違えれば、この地球が破滅するほどの大惨事になっていたんだ。重罪人には変わりないが……もう二度と、無断で祠に侵入しないと誓えるのなら、処罰を軽くしてやってもいい。それなら、文句ねーよな。精霊王」

 閻魔大王様は最後に、無愛想な顔つきで精霊王様の方を見遣るとそう言った。

「むろんだ」

 閻魔大王様の、鋭い視線の先、凜然たる面持ちでその場に佇む精霊王様は、謹んで返事をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る