第51話 緑のヒーリング薬①
この時、まりんちゃんは迷っていた。りりかちゃんが解毒剤を持って、魔人の東雲と掛け合っている最中だが、残りの三本の解毒剤を、他のみんなにも渡したい。
このまま、りりかちゃんを見守っていたいところだが、そろそろ行動に移さないと手遅れになる。しかし……
もっか、空から降り注いだ猛毒の花びらに当たり、東雲は身動きが取れない状態。とは言え、東雲はまりんちゃんでさえ恐怖で竦むほどの、強力な魔人だ。りりかちゃんを一人だけにさせるのは、危険を伴う。
「参ったなぁ……どうしよう」
「なにやら、困っているようだな」
金色の輪がはまる、耳にかかるくらいの銀白色の髪に、絢爛な銀白色の服とマントを身に纏う天神アダムが、困った顔をするまりんちゃんの呟きに応じながらも、面前に姿を現した。
「おおかた、ここを離れるべきか否かで迷っているのだろう? ならば、ここは私が引き受けよう」
「えっ……でも……」
「君には、今すぐやるべきことがある。私が代わりにりりかを見守ることで、君は安心してそれに取りかかれると思うが……不服か?」
「い、いえ! そんなこと……!」
低音ボイスなくせして、偉そうな美声で以てさりげなく、まりんちゃんの代わりを買って出たアダムの言動に、いよいよ慌てたまりんちゃんは、
「そうですね……正直な話、そうして頂けると助かります。りりかちゃんのこと、よろしくお願いします」
当たり障りのない口調で以て、丁寧に頭を下げるとお願いしたのであった。
***
東雲と同じく、大魔王幹部の緋村と対戦する健吾くん、仲間の悠斗くん、美里ちゃんとともに、本藤と交戦する理人くんの順で経緯を説明、最後に『解毒剤』を配り終えたまりんちゃんは一路、自宅へと急ぐ。
「まりんちゃん……無事だったんだね!」
颯爽と自宅に戻ってきたまりんちゃんの姿を目にし、安堵したシロヤマが声をかけた。
「うん。シロヤマも、無事で良かったわ……シェルアとの決着は、ついたの?」
「ついたよ。たった今、張り巡らせていた結界を解いたところさ」
控えめに微笑みながらも、返事をしたまりんちゃんに尋ねられ、誇らしげに返答をしたシロヤマは、
「シェルアと交戦中に、まりんちゃんの歌声が聞こえたよ。風に乗って、ここまで聞こえて来た、清涼感と癒やしを感じる歌声が、とってもきれいだった」
そう言って、まりんちゃんの歌を賞賛すると、
「ありがとう。きみが歌ってくれたおかげで俺は、シェルアを打ち負かすことができた。左胸に付いたこの、黄色いバラのコサージュには感謝しないとね」
心から晴ればれとした表情で感謝の気持ちを伝え、ウインクした。
強敵と言っても過言ではない魔人相手に戦うみんなに向けた、まりんちゃんの歌声が風に乗って、シロヤマのところにまで届いた。それがどんなにびっくりすることだったか……
そして、シェルアを打ち負かす、シロヤマの手助けができたことと、ちゃんと恩返しができたことに、まりんちゃんは笑顔になると喜びを噛みしめた。
まりんちゃんはふと、シロヤマの身体越しから様子を窺った。シェルアがこちら側に足を向け、仰向けの状態で大の字に倒れている。
「姿があるってことは……消滅は、していないわね」
シェルアが消滅していないことを視認したまりんちゃんは、おもむろに闊歩すると芝生の上で倒れるシェルアの面前で立ち止まった。
「シェルア、聞こえているんでしょう? あなたに用があるから、そろそろ起きてちょうだい」
中腰になり、シェルアの顔を覗き込みながらも、まりんちゃんが冷静沈着に呼びかける。しかし、口を真一文字に結ぶシェルアは目を閉じたまま、微動だにせず応じなかった。
「そう、分かったわ。あなたがその気なら……今から目が覚めるような、あっつ~いキスをして起こしてあげる」
まるで氷のように冷めた表情をして、まりんちゃんは情け容赦なくそう告げた。気を失ったふりをしていたシェルアが冷ややかに返事をしたのは、それからすぐのことだった。
「ノーサンキューだ」
閉じていたまぶたを開け、ゆっくりと顔を近付けてきた相手に向かって、シェルアが冷ややかに拒否。
「
シェルアの身体に覆い被さり、顔を近付けたシロヤマが、気取った笑みを浮かべて残念そうに……いや、わざとらしく口を開く。
「なんだ……気付いていたのかよ」
「赤園まりんがあー言った時点で、こうなることは想像がつく」
「ちょっと、シロヤマ……! あなた手、怪我してるじゃない!」
シェルアに覆い被さるシロヤマの、右手の甲に掠り傷があるのに気付き、にわかに顔を曇らせたまりんちゃんが大声を出す。笑顔を浮かべたシロヤマは気さくに返事をした。
「ああ、これ? シェルアと交戦中にやっちゃってさぁ……でも、大した怪我じゃないから、大丈夫だよ!」
「大した怪我じゃなくても、このままにしておくわけには……」
立ち上がったシロヤマと向かい合ったまりんちゃんは、そこで閃いた。
「そうだわ! シロヤマが、右手の甲に負った怪我を、私が治してあげる」
そう言うやいなや、まりんちゃんは、シロヤマの右手の甲に自身の右手を翳す。すると……
黄緑色をしたまばゆい光がシロヤマの手の甲に当たり、あっという間に怪我が治ったではないか。その様子を目の当たりにしたシロヤマが驚愕の声を上げる。
「傷が……あっという間に
「思った通りだわ! ついさっき、少しだけ、緑のヒーリング薬を服用したの。そのおかげで、シロヤマの怪我が完治したのよ!」
「緑の
シロヤマが負った怪我が完治したことに歓喜する、まりんちゃんの口から出た『緑の
「もしや……さっきまで降っていた花びらもそれが関係しているんじゃ……赤園まりん、緑の
「いいわよ」
どすの利いた声で説明を促すシェルアに怯むことなく、まりんちゃんはあっさりと返事をすると、
「これを、受け取ってくれたらね」
最後にそう言葉を付け加えて、真顔であるものをシェルアに差し出した。
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