第33話 封印

 アダムが杖を振るのと同時に目にも留まらぬ速さで、銀色の龍が前方へと飛んで行く。

「フッ……何度やっても、同じことだ」

 堕天使はそう呟き、アダムを嘲ると余裕のある笑みを浮かべる。そしてこちらに向かって飛来する龍を一睨した堕天使はすぐに、異変に気付く。そして……

「……っ!」

 堕天の力で以て、前方から飛来する龍を止められず、堕天使は右手で左肩を庇いながらその場に蹲った。咄嗟に身体からだを動かし、危ういところで衝突は防げたものの、銀色の龍が左肩を掠めて飛び去ったため、立っていられないほどの深傷ふかでを負ったのだ。

「アダムめ……私の力を弱めるため、契約者である赤園まりんの力を使ったか!」

 そのことに気付き、悔しさのあまり堕天使は歯噛みする。

「気付くのが、遅かったな」

 結界の外側、アスファルトの路上に蹲る堕天使を、結界の内側から嘲ったアダムはおもむろに身体の向きを変え、背にしていたまりんちゃんと対面した。

「短剣は、持っているな」

 威厳のある雰囲気を漂わせながら問いかけるアダムに、まりんちゃんは真顔で返事をする。

「はい」

「堕天使は今、私の攻撃を受け、力が弱まった状態だ。今が、堕天使を封じる絶好のチャンス……後は、君に任すぞ」

 真顔で状況を報告したアダムは最後に、気取るような笑みを浮かべてそう言うとまりんちゃんに託す。

「はい。後は私に、お任せください」

 アダムから後のことを託されたまりんちゃんはそう、いつになく真剣な表情で返事をした。


 アダムは杖を振り上げ、神通力で以て、光り輝く龍を創り出す。アダムが杖を振るのと同時に目にも留まらぬ速さで黄金おうごんの龍が前方へと飛んで行く。行き先はもちろん、路上に蹲る堕天使だ。

「今度は、黄金の龍か……三度も龍を飛ばすとは、天神アダムは余程、龍が好きと見受ける」

 アダムを嘲る堕天使が、余裕のある笑みを浮かべる。

「私も、甘く見られたものだな……ならば、こちらも本気でいかせてもらおう」

 殺伐たるオーラを纏い、立ち上がった堕天使は本気モードになると、飛来する龍を一睨。それからすぐに、堕天使は目を丸くした。

 赤園まりんちゃんが、光り輝く黄金の龍の背に乗り、堕天使に向かって突撃してくる。一睨する堕天使の力が、龍にも、それに跨がるまりんちゃんにもまったく効いていない。はっと気付く頃には、今までよりも数倍強力となった黄金の龍が、アスファルトの路上に佇む堕天使のすぐ目と鼻の先まで迫っていた。

 完全に逃げ時を失った堕天使は両手を広げ、飛来する黄金の龍を受け入れる。

 黄金の光となった、龍の中から姿を現したまりんちゃんを、堕天使は優しく抱きしめた。

「堕天使よ、我が天神の庇護ひごの下にある赤園まりんと契約したのが運の尽きだ。最後は、自身の力でほろびるがよい」

 神々しいオーラを纏いながらも、威厳に満ちる真顔で、アダムは天神らしく、堕天使に向かってそう言い放つのだった。


***


 そこはギリシアの首都、アテネにある古代キリシアの、パルテノン神殿の一部を切り取ったような造りの広い、大理石の祠の中だった。

 全面に広がる床の中央には、十字架に組まれた大理石の柱がある。

 本来なら、びた短剣で柱に打ち付けられた、美しき青年の天使の像があるのだがその姿はなく、現世の人間に化ける堕天使の姿がそこにあった。自身の左胸に刺さった短剣を右手に携えて。

「あんたねぇ……」

 十字架に組まれた大理石の柱の前で、こちら側を背にして佇む堕天使に向かって、体中を震わせながらまりんちゃんは憤慨した。

「この私をハグしたあげく、封じる寸前にキスをするなんてどういうつもり?!」

 天神アダムが創り出した黄金の龍の背に乗って突撃したまりんちゃんは、その先で両手を広げて待ち構える堕天使を、短剣で以て封印。そこまでは良かったが……左胸に短剣を受けた状態で抱きしめられた挙句あげく、顔を近付けてきた堕天使に唇を奪われてしまった。それは、愛しい人がいるまりんちゃんにとって、一生の不覚である。

「契約者の君を道連れにしたまでだ。ただ封じられるのでは面白くない。君とキスをして、身も心もひとつになったところで封じられる。それでこそ、最高のフィナーレになると思ってね」

 堕天使はそこで振り向き、気取った笑みを浮かべてまりんちゃんと対面した。

「私にとっては、最高に気持ちの悪い悪夢のフィナーレよ。超ウルトラスーパード変態のあなたと一緒に自分自身まで封じちゃうなんて……人生最大のしくじりよ」

「そうやって、嘆いていればいい。ここは、私の魂が宿る像の中……君の手により封じられ、魂となった私は再び祠で眠る像の中に戻って来た。祠を訪れる誰かが像となっている、私の左胸に刺さるこの短剣を引き抜かない限り、君は永遠にここで生き続ける。この私と一緒にな」

「そんなの、絶対にイ・ヤ! でも……」

 大声を張り上げたまりんちゃんはそこで切ない表情をすると、大理石の床上に寝転んだ。

「どんなに叫んでも、外にいる人間には、この中にいる私の声なんて届かない。だったら……もうなにもしないで、ここで大人しくしていた方がよさそうね」

「……」

 なにもかもどうでも良くなった様子のまりんちゃんに、堕天使はうんざりした。

 敵わない相手に立ち向かい、どんなことがあっても不屈の精神で諦めないまりんちゃんを認めていただけに、ここから脱出する方法を見つけようともせずに諦めてしまうとは……そんな、残念に思う堕天使の声が聞こえてきそうだ。

「まりん、君は本当に……それでいいのか?」

「他に方法がないんじゃ、どーすることもできないじゃない……」

「……方法ならある。君が持っている堕天の力……それを使えば、ここから脱出することはできる」

「え?」

 まりんちゃんは思わず上半身を起こし、落胆する堕天使を見詰めた。

「私、まだ……堕天の力が……使えるの?」

「そうだ。君はまだ、私と契約状態にある。だが……ここから脱出したその瞬間、私との契約は解消し、二度と堕天の力が使えなくなってしまう。それでも良ければ、いま言った方法を試してみてはどうだ」

 ここから脱出したらもう二度と、堕天の力が使えなくなってしまう……

 しばし考えた後、まりんちゃんは意を決したように口を開く。

「……分かった。あなたがいま、教えてくれた方法を実践してみる」

 まりんちゃんはそう、決意に満ちた表情で堕天使を見詰めながらもそう返事をすると、勢いよく立ち上がった。

「ようやっと、私が認める者らしくなったな」

「はい?」

「敵わない相手に立ち向かい、どんなことがあっても不屈の精神で諦めない、その気持ちが投影とうえいする目をした君のことが好きだった。元の場所に戻っても、その気持ちを忘れずにな」

 安堵の笑みを浮かべた堕天使は、最後にそう告げて愛おしむように微笑むとまりんちゃんを送り出す。

 ちょっとちょっとなんなのよ……これからここを脱出するってのに、そんな顔されたら集中しにくくなるじゃない。

 頬を赤らめて動揺したまりんちゃんは内心そう思うと、不意に堕天使から視線を逸らし、再び集中、堕天の力を使ってそこから脱出したのだった。

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