第20話 頑固者
「君が僕の面前に来るってことは、ようやっと観念する気になったのかな?」
「違います。あなたから逃げ続けるのに疲れたから……
気取った笑みを浮かべて問いかけたエディさんに、毅然たる雰囲気を漂わせてまりんちゃんは返答する。
「エディさん。先程も申し上げた通り、私にはまだ、晴らしたい未練があるので現世を離れたくありません。私に時間を……未練を、晴らさせてください」
「その件に関して、僕はこう返事をした筈だ。僕がこの場で君を保護することで、堕天使からの危害から護られるのなら……心を鬼にしてでも、僕が僕自身に課したこの任務を遂行すると。この考えは今も変わっていない」
役人特有の威圧感、何事にも動じない強い意志、凜然たる雰囲気が、鋭さを帯びた目でまりんちゃんを見据えるエディさんから漂っている。
にわかに湧いた黒雲が、紅色の夕焼け空を覆う。ひんやりとする風が吹き始めた。
エディさんの返事を受けて大きく息を吸い、ありったけの声量でまりんちゃんが叫ぶ。
「この……
「な、なにっ……」
まりんちゃんにいきなり怒鳴られ、面食らったエディさんがたじろいだ。
「なによ、ケチッ! 役人なら、ちょっとくらい
「頑固者で悪かったな……」
むすっとした顔で素っ気なく言い返したエディさんだったが、
「分かったよ……ここは大人しく君の言い分を聞いて、いったん
深い溜め息を吐いた後、ついに折れたエディさんがそう言って、まりんちゃんに釘を刺す。怒鳴ってはみたものの、かえって逆効果になり、強制的に霊界へ連行されるのではと
「……今すぐ、私を霊界に連れて行かないんですか?」
「そのつもりだったが、やめたよ。もし、僕がこの場で君に手を出そうものなら……」
エディさんがすっと、右手に携えていた立派な剣の尖端をまりんちゃんの喉元に向けた、次の瞬間。黒雲から青白い稲妻が走り、耳を
「こうして、君の後ろをガードする大魔王シャルマンの攻撃を食らってしまう。今の攻撃は、君に手を出すなとシャルマンが僕を威嚇したものだ。無理矢理にでも、君をここから連れ去ろうとすると本格的な戦いになりかねない。そうなったら、天神アダムの結界の中にいる人間はひとたまりもないぞ」
「それを……避けるために」
まりんちゃんと細谷くん、精霊王様、綾さん、理人くん、悠斗くん、美里ちゃんそして藤峰燈志郎氏が今も、天神アダムが張り巡らす結界の中で敵との攻防戦に挑んでいる。
そんな最中に、エディさんとシャルマンが本気で対戦したら結界の外側は無傷でも、その内側にいる人間達がそれに巻き込まれ、命を落とす危険性が……それを避けるために、エディさんは
冷静沈着な雰囲気を漂わせるエディさんからその理由を聞き、口を半開きにしてまりんちゃんは唖然とする。
ふと、まりんちゃんは疑問に思い、自身の喉元に向けられた剣を凝視。エディさんが左手で持っている黒い剣の鞘から引き抜かれた、赤い飾り房付きの黒い剣だが、どこか見覚えがある。
当時、高校三年生だったまりんちゃんが海山町に帰省中、小学生の頃から仲がいい同い年のえっちゃん、みのりちゃんと再会、町内で唯一開店している小さなカフェテラスに集まり、細やかな女子会をした、その帰り道でのことだった。
アスファルトで塗装された田圃道で、まりんちゃんは遭遇したのだ。私服姿の理人くん、美里ちゃん、悠斗くん、紅色の指貫の袴に白色の狩衣姿の、容姿端麗な少年の姿をした精霊王様ともう一人……
三つ編みに結わいた紫紺の長髪、紅蓮の焔を身に纏っているかのような、真っ赤な着物と指貫の袴を穿いた男の姿も、そこにあった。
まりんちゃんが今、目にしている剣を見かけたのは、その時だった。気を失い、アスファルトの路上に倒れ込んでいる理人くん達を背に、精悍な面持ちで佇む精霊王様と対峙する、真っ赤な着物を着た男が持っていた。その男こそが……
「まさか……祠の管理人……さん?」
はっとした表情で気付いたまりんちゃんの問いかけに応えるように、気取った笑みを浮かべて、エディさんが返答。
「やっと気付いたか」
「どうして……祠の管理人さんが、冥府役人なんかに……」
「
「私を追跡したのは先程、仰っていた堕天使絡みで……?」
「そうだ」
エディさんに化ける祠の管理人さんが真顔で返事をする。
「この目で、実際に堕天使の姿を目撃するまでは半信半疑だったよ。なぜ、どうやって祠に封印されていた筈の堕天使が現世に復活を遂げたのかは分からない。が、それが現実に起きたということは、誰かが祠に侵入しただけでなく、堕天使の封印を解いたことになる。問題は、誰が堕天使の封印を解いたかだが……」
祠の管理人さんはそこまで言うと不意にまりんちゃんと視線を合わす。
「君ともう一人、白いダッフルコートを着た黒髪の青年の双方から、詳しく事情を聞く必要がある。君達を処罰するかしないかを決めるのは、その後だな」
鋭さを帯びた目でまりんちゃんを見据えた祠の管理人さんはそう述べるとおもむろに剣を下ろし、鞘の中に納めた。
「君に、一ヶ月間の
ポーカーフェースが崩れ、青ざめたまりんちゃんに、祠の管理人さんはそう告げて釘を刺すと、
「じゃあな」
素っ気なく挨拶をして、その場から立ち去った。
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