第14話 混乱
不意に、シロヤマから視線を
「……いますぐには、返事はできないわ。私が、細谷くんのことが好きなの……知っているでしょう?」
「うん……知っているよ。細谷くんが、まりんちゃんに告白したのも。まりんちゃんがまだ、告白の返事をしていないことも」
「それなら……私に、時間をちょうだい。いきなりすぎて、頭が混乱しているから」
「分かった。返事はまりんちゃんのタイミングで……いつでもいいよ。さぁて……大事な話も済んだし、そろそろ戦場へ戻るとするか。愛しの魔王様も待ってるしな」
さりげなくまりんちゃんに気を遣ったシロヤマ、少々
「ごめんな。いきなり、混乱させるようなことを言って」
喫茶店の出入り口前で、申し訳なさと切なさとが入り混じる笑みを浮かべて振り向き、静かに詫びたシロヤマは平静を装うと、
「そんじゃ、行って来るよ。まりんちゃんはここで、ゆっくりしてていいからね」
そう言い残し、ガラス戸を開けて喫茶店から出て行った。カランコロンと、シロヤマが開けたガラス戸に吊されているベルの音が、この時だけはうすら悲しく聞こえた。
こんな気持ちじゃなきゃ、来客を知らせるあのベルの音だって、いつも通りに聞こえていたのかもしれない。
『後で、まりんちゃんに伝えたいことがあるんだ。だから……先に喫茶店で待ってて』
精霊王様にここまで連れてこられる前の、あの時にシロヤマはまりんちゃんにそう告げた。
てっきり、シロヤマがまりんちゃんに禁じられた蘇生術を使ったあの話がそうだったのだろうと思い込んでいた。
だが実際は、半年以上前から恋愛対象として見ていたシロヤマがまりんちゃんに愛の告白をすることこそが、シロヤマの『まりんちゃんに伝えたいことがあるんだ』発言の真相であった。
知らなかった。シロヤマが……私のことを、あんな風に思っていたなんて。
日本海の潮風が吹き抜けるのどかな田圃道で初めて顔を合わせた時から、シロヤマが内に秘めていた、まりんちゃんに対する想い。
不意打ちの告白によってシロヤマの気持ちを知ってしまったいま、ほんのり頬を赤らめたまりんちゃんはどう返事をしたらいいのか分からず、途方に暮れた。
***
赤園まりんちゃんがたった一人で留まる喫茶グレーテルの外は、この世界におけるいつもの日常風景とはだいぶかけ離れた状態と化していた。
喫茶店から遠のいた場所に建つ住宅地が壊滅状態に陥り、アスファルトの道路にはところどころに亀裂が入って、クレーター状の大穴がいくつも開いていたりと戦いの激しさを物語っている。
ここは、現実の世界を模したバーチャル空間の中で、天神アダムが張り巡らす結界の中。それゆえ、一般人に目撃されることもなければ、住宅地にも影響はなく被害はない。周囲を気にする必要がないぶん、思い切り暴れられる。各々の武器を駆使し、敵味方に分かれて彼らは、各々の大事なものをかけて本気の
「ねぇ、ちょっと……聞いてないんだけど」
そう、ぜーはー……と息を弾ませながら、低い態勢になりながらも小休憩をとっていた美里ちゃんが眉をひそめて不機嫌そうに呟いた。
「東雲、本藤の他にもう一人……魔界の中でも強力な大魔王の幹部が現れるとはな。こんなに強い幹部が揃い踏みで俺達、戦えるのか?」
新たに一人、強敵となる魔人が加わったことで、厄介そうに歯噛みした悠斗くんが珍しく弱音を吐く。
「
そう、前方を睨め付けながら悔しい胸の内を明かした理人くんが、
「燈志郎さんがいなければ」
最後にそう言葉を付け加えた、次の瞬間。銀色の光線が美里ちゃん、理人くん、悠斗くんの頭上を飛び越え、その先にいた三人の大魔王幹部に直撃、衝突音が上がる。
美里ちゃんはそっと、背にしている喫茶店の方に顔を向けた。向かって喫茶店の右隣に建つ居住地の屋根の上に、背の高い中年男性が一人、指揮棒サイズの杖を右手に携え、こちら側を見据えながら悠然と佇んでいた。
鳶色の髪に目をした私服姿で、きりりとした表情と精悍な雰囲気を漂わせている。理人くん、悠斗くんの師匠的存在の魔法使い、
「燈志郎さんなら、緋村の対戦相手になれる。同時に、足止めもしてくれるだろう。緋村に構わず、私達は引き続き東雲、本藤の相手をしていればいい」
「そうね……」
冷静沈着に言い聞かす理人くんに美里ちゃんは、いささか腑に落ちない表情をすると返事をした。
藤峰燈志郎氏が撃った光線を、瞬時に発動した結界で以て防いだ東雲、本藤、緋村の三人。
「東雲と、本藤の助っ人の筈が……あそこにいる、大魔法使いの彼から指名されたようだ。指名されたからには、行かねばならない。二人には引き続き、彼らの相手をしてもらうことになるが……それでもいいか?」
緋村はそう、静かに微笑みながら東雲、本藤の二人に問いかけた。二人は顔を見合わせ、本藤が無言で頷く。東雲が真顔で返答。
「承知した」
「すまないが、よろしく頼む」
穏やかな口調で緋村はそう返事をすると、おもむろに身体の向きを変えて、藤峰燈志郎氏のもとへと向かう。
悠然と歩く緋村の、優しくて穏やかそうなその表情は今や、獲物を狩る鷹のように鋭さを帯びていた。
「……今の、聞いた?」
前方にいる魔人達の会話を、自然な流れで聞いてしまった美里ちゃんが、怪訝な表情をして悠斗くんに問いかける。
「あの緋村っていう人……燈志郎さんのこと、大魔法使いって言わなかった?」
「ああ……そっか。美里にはまだ、燈志郎さんのこと、話してなかったな」
美里ちゃんに問いかけられ、腑に落ちない表情をした悠斗くんがそのことを思い出し、手短に燈志郎さんのことについて説明する。
「燈志郎さんは魔法界切っての、最強の大魔法使いなんだ。だから、魔法界で燈志郎さんに敵う魔法使いなんていないんだぜ」
今でこそ、この人間界で喫茶グレーテルのオーナーをしているが、その正体は、魔法界最強の大魔法使いだった。知られざる燈志郎さんの正体に触れ、美里ちゃんが驚いたことは言うまでもない。
「大魔法使いは、私の知る限りでは燈志郎さんただ一人。魔法界に残留していれば、その世界の頂点に君臨し、莫大な富と地位を築けたのに……
この世界に来たのは、燈志郎さんなりの考えがあってのことだけど……私としては、魔法界を護るためにも燈志郎さんには残留してほしかったと、今でもそう思うよ」
憂いを帯びた顔で俯くと、理人くんは美里ちゃんにそう言って、胸の内に秘める本音を吐露。
燈志郎さんに想いを馳せる理人くんにどう言葉をかけていいのか分からず、美里ちゃんは切ない表情をするのだった。
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