第36話 お母様がお見舞いに来てくれました
「アンネリア嬢、朝からどうしても出かけなくてはいけなくて。出来るだけ早く帰って来るから。それから、何か欲しいものがあれば、使用人に伝えてくれ。すぐに手配させるから。君たち、今日も頼んだよ」
「はい、かしこまりました」
そう言うと、侯爵様は足早に去って行った。私が怪我をして、早1ヶ月。この1ヶ月、時間があれば私の傍で甲斐甲斐しくお世話をしてくれる侯爵様。
正直そこまでしてくれなくてもいいのだが…
ちなみに私の怪我は、完治までに3ヶ月程度かかるそうだ。
「ねえ、マーサ、リアナ、どうして侯爵様は、あんなに甲斐甲斐しく私のお世話をして下さるのかしら?やっぱり、罪悪感からかしら?」
3人きりになったところで、すかさず2人に問いかけた。
「もう、アンネリアは本当に鈍いわね。長年侯爵家で働いているメイドの私たちから見ても、旦那様はどちらかというと情に厚いタイプではないわ」
「そうよね、旦那様はどちらかというと、お金で解決タイプよね。今回もあの女の悪事の迷惑料として、私達にも臨時ボーナスが支払われたし。とはいえ、あの旦那様が一度クビにした使用人たちを、戻したのは驚きだったけれどね」
「そうよね、そんなタイプの人ではないものね。もしかして、アンネリアに感化されたのかしら?」
「あなたが熱を出した時も、ずっとアンネリアに付きっきりで看病していたものね。私なんて、出る幕がなかったのよ。全部奪っていっちゃうのですもの。あんな旦那様、初めて見たわ。アンネリアは愛されているのね」
「ちょっと待って。私が侯爵様に愛されているですって?それはないわ、きっと罪悪感から、私に良くしてくださっているだけよ」
「あなた、本当に旦那様の事を知らないのね。あの人は、何でもお金で解決タイプなのよ。そんな旦那様が、あんな風にアンネリアに尽くすなんて。あなたに好意を抱いているに、決まっているじゃない」
鈍いわね…
そう言わんばかりに、はぁっとため息をつく2人。
「それはないと思うけれど、もしそうだとしたら、いくら何でも切り替えが早すぎない?だってつい1ヶ月半くらい前までは、奥様…じゃなくて、キャサリン様に夢中だったじゃない。キャサリン様との生活の為に、私に契約結婚を持ちかけたくらいなのに。それなのに、あんなにあっさりキャサリン様を捨てて。その上、収容施設に送ったのでしょう?かつて愛した女性に、そこまでの仕打ちが出来るだなんて。正直引いてしまうわ」
確かにキャサリン様は、少し我が儘なところがあった。それでも、自分が愛した女性なのだから、最後まで愛し抜くのが男と言うものではないのか。それなのに、こうもあっさり捨てて。正直、男性として最低な部類だと思っている。
「アンネリアの言い分は分かるわよ。でもね、あの女は本当に酷かったから。旦那様の気持ちも分からなくはないわ。それにあの女、旦那様の前では、猫を被っていたでしょう。化けの皮がはがれたあの女を見たら、百年の恋も冷めると言うものよ」
「そうよね、その上、契約妻として嫁いできたアンネリアは、貴族なのに文句ひとつ言わずに、ひたむきに働いていた。私達平民にも優しいアンネリアを見たら、惚れても不思議ではないわよ」
「何を訳の分からない事を、2人とも言っているのよ。とにかく私は、侯爵様の新しい奥様が見つかるまでの繋ぎなの。侯爵様に新しい奥様が出来たら、その時は出ていくつもりよ」
私の言葉を聞いた2人が、また顔を見合わせている。そして
「多分ないとは思うけれどね」
そう言って苦笑いをしていた。どうしてそう思うのかしら?2人の考えが、全く理解できない。
「失礼いたします。奥様、ファレソン伯爵夫人がお見えです」
「まあ、お母様が?」
お母様ったら、いくら旦那様が屋敷に来てもいいとおっしゃってくださったからって、本当に来るだなんて…それに私が嫁いだため、今まで2人で行っていた家の仕事を、1人で行わないと行けなくなったのだ。
私の元に来ている場合ではないだろう。
「アンネリア、体調はどう?全然顔を出せなくてごめんなさい。最近色々とあって。やっと落ち着いたから、様子を見に来たわ。あなたの好きな、ゼリーを持ってきたわよ」
「お母様、ありがとうございます…て、後ろの女性は?」
なぜかお母様の後ろには、見た事のないメイドが付いていたのだ。
「ええ、実はあなたが怪我をした後、侯爵様が我が家にいらして。アンネリアを傷つけてしまった事への慰謝料として、使用人たちを置いていったのよ。メイドはもちろん、料理人や庭師なども派遣してくださって。我が家はお金を受け取らないだろうから、こうった方面で援助させてくれとの事で」
「使用人の派遣だなんて…そんな方法があるのですね。それじゃあ今は、伯爵家は?」
「ええ、荒れ放題だった庭も綺麗になったし、毎日美味しいお料理を頂いているわ。家の事も全てメイドたちがやってくれるから、私も家事をしなくてよくなったの。最近では刺繍をしたり、こうやってお菓子を作っているのよ」
嬉しそうに微笑むお母様。どうやら侯爵様のお陰で、お母様も人並みの生活を送っている様だ。
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