第34話 こうでなくっちゃ

「旦那様、一度奥様の包帯の交換をするついでに、体を拭きたいので、退席をお願いいたします」


「分かったよ。それじゃあ、僕は一旦外に出るね」


 そう言って部屋から出て行った旦那様。あの人、ずっと忙しそうに仕事をしていたわよね。どうしてずっと私の傍にいるのかしら?私は1人でゆっくり過ごしたいのだけれど。


「奥様、失礼いたします」


 手際よく包帯を変えてくれる看護師さん。かなり酷い傷の様だが、痛みはほとんどない。きっと痛み止めが効いているのだろう。マーラたちも、私の体を丁寧に拭いてくれた。ついでに頭まで洗ってもらい、かなりさっぱりした。


 人に頭を洗ってもらうと、気持ちがいいわね。


 ふと周りを見渡す。見た事のない機械たちが並べられている。改めて部屋を見渡すが、かなり広い部屋だ。伯爵家の私の部屋も、広さだけはあった。でも、その倍はあるうえ、高価な家具が並んでいる。


 こんな立派な部屋に、私がいてもいいのかしら?


「ねえ、マーサ、こんな立派な部屋、私が使ってもいいのかしら?それにどうして侯爵様は、ずっと私の傍にいるの?正直落ち着かないわ」


「アンネリア様、あなた様は侯爵夫人なのですから、これくらい当然ですわ。アンネリア様は少し謙虚すぎるのです。まあ、そこもアンネリア様の魅力ではありますが。もう少し図々しくなってもよいかと。それから、旦那様はアンネリア様の事を心配して来てくださっているのですよ。あまり邪険にされては…ほら、いらしたわ」


「アンネリア嬢、お待たせ。さあ、そろそろ寝る準備をしよう。もしかしたら今日、熱が出るかもしれないと医者が言っていたから、ずっと傍にいるね」


 ずっと傍にいるですって。それはさすがに迷惑だわ。


「侯爵様、気持ちは嬉しいのですが、メイドたちも私の傍におりますし、私は大丈夫ですわ。あなた様はお忙しいのでしょう?ただでさえ、私のせいでお仕事が出来ていないのではないのですか?私はもう休みますので、どうか侯爵様も自室に戻ってください」


 あなたがいたら、寝られるものも寝られないわ。お願いだから、ゆっくり休ませて!だなんて、さすがに言えないので、オブラートに包み気持ちを伝えた。


「でも、アンネリア嬢の事が心配だし…」


「旦那様、アンネリア様は私どもが責任を持ってお世話をいたします。もしアンネリア様に何か異変がおきたら、すぐにお知らせいたしますから」


「侯爵様、マーサが傍にいてくれると言っているので、私は本当に大丈夫ですわ。どうかお仕事に戻ってください」


「…わかったよ。何かあったら、すぐに知らせてくれ」


 何だか悲しそうな顔で、部屋から出ていく侯爵様。一体どうしたのかしら?侯爵様が部屋から出て行ったタイミングで、リアナがやって来た。


「マーサ、奥様は私が見ているから、あなたはもう上がっていいわよ。それよりも旦那様、何かあったの?悲しそうな顔で出て行ったけれど」


「リアナ、あなたまで私の事を奥様なんて呼ぶのは止めて頂戴。それに今は、私とマーサ、リアナの3人しかいないのよ。いつも通り話をして頂戴。女主人の私がそう言っているのだから、いいでしょう?お願い」


 今は私達3人しかいないのだ。そんな時くらい、いつも通り接して欲しい。そんな私の願いを聞き、2人が顔を見合わせた。そして


「アンネリア様、それは私たちに対する命令ですか?女主人としての」


 真顔で問いかけるリアナ。


「ええ、そうよ。主人としての命令よ」


 にっこり笑って答えた。すると


「はぁ~、本当にアンネリアは」


「そう言えば私たちが断れない事を、知っているのよね。あなた、本当に賢い子ね」


 いつもの口調に戻った2人。


「よかった、このままあなた達が、よそよそしい態度になったらどうしようと思っていたのよ。やっぱりこうでなくっちゃ」


「私達3人でいるときだけよ。いくらあなたの命令でも、さすがにこんな言葉遣いをしていることがメイド長にバレたら、怒られるもの」


「そうよね、それよりも、大丈夫?血が止まらず貴族病院に運ばれたと聞いた時は、生きた心地がしなかったわ」


「ええ、痛み止めを飲んでいるお陰か、全然痛くはないのよ。それにしても、こんな高い薬を処方してもらうだなんて。本当に申し訳ないわ」


「何が申し訳ないよ。そんなの当たり前だわ。あなたはあの女に刺されたのよ。慰謝料ももっとふんだくってもいいくらいだわ。とにかく怪我が治るまでは、ゆっくり過ごして。そうそう、あなたが元気になったら、デザイナーと宝石商を呼んで、ドレスと宝石を新調するそうよ」


「私はドレスも宝石も必要ないわ。メイド服があれば十分よ。それよりも、私の怪我、どれくらいで治るのかしら?あまりのんびり寝ている訳にはいかないわ。だって私、1ヶ月で1000万ももらっているのよ」


「私達平民には考えられない金額だけれど、貴族なら普通なのではなくって。確かあの女は、1ヶ月に数千万使っていたと聞いたことがあるし。安いくらいではなくって?」


 そうなのかしら?でも、ずっと貧乏な世界で生きてきた私には、かなりの大金なのだが…


「とにかくあなたは怪我をしているのだから、今は治すことだけを考えるべきよ。さあ、そろそろ休んで」


 リアナがベッドに寝かしてくれた。確かに今は、傷を治すことが専決か…


「ねえ、またこうやって、3人でお話ししてくれる?私、あなた達とお話しできるが、楽しくてたまらないの」


「「もちろんよ」」


 そう言ってほほ笑んだ2人。よかった、これからも彼女たちは、私の友人として傍にいてくれる様だ。安心したら、なんだか眠くなってきたわ。


 瞳を閉じ、そのまま眠りについたのだった。

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