第31話 アンネリア嬢の決断~アレグサンダー視点~

「ビュッファン侯爵様が知らせて下さったのよ。まさかあなたが、侯爵家でこんな目に遭っていただなんて。本当にごめんなさい。私達のせいで、あなたがこんな目に」


 涙を流しながら夫人がアンネリア嬢を抱きしめている。伯爵もアラン殿も、目に涙を浮かべていた。


「アンネリア、私の力がないばかりに、まだ16歳のお前に苦労を掛けてしまって、本当にすまなかった。アンネリアが侯爵家で、メイド以下の生活を強いられていただなんて」


「姉上、お家に帰ろう。侯爵様の愛する女性はもう、この屋敷にはいないのだよね?それなら、姉上がここにいる必要はないのだから。また4人で、仲良く暮らそう。もうこれ以上、この家で辛い思いをする事はないのだよ」


「お父様、お母様、アラン、落ち着いて。あの…何の話をしているのですか?私は別に、侯爵家で酷い目に遭ってなんておりませんわ。確かに奥様…いいえ、キャサリン様に刺されてしまいましたが。それは私が至らなかったのです」


「アンネリア嬢、君は何をいっているのだい?キャサリンは何の罪もないアンネリア嬢に逆恨みをして、命を奪おうとしたのだよ。それに侯爵夫人の君に、あのような生活をさせていたのだ。酷い仕打ちを受けていた言われても仕方がない事を、僕は君にして来たのだよ」


 そう、僕は謝っても謝り切れない程のことを、アンネリア嬢にして来たのだ。


「皆様、落ち着て下さい。確かに侯爵家では、貴族としての生活というよりは、メイドとしての生活の方が近かったかもしれません。それでも私は、毎日とても楽しかったのです。それに何よりも、リアナとマーサという、かけがえのない友人も出来ましたわ。それに私が、いかに恵まれていたかという事も知れましたし。私は侯爵家に来られて、とても幸せでした」


 いつもの様に、嬉しそうに微笑むアンネリア嬢。


「それじゃあ、アンネリアは侯爵家での生活が、楽しかったというの?」


「ええ、とても楽しかったですわ。実家にいた時は、同じ年くらいの子たちと話すこともなかったでしょう?でもここでは、同じ歳の女の子が沢山いるのよ。お父様、お母様、アラン、紹介するわ。あそこにいるのが、私の友人のリアナとマーサよ」


 近くに控えていたメイドを嬉しそうにアンネリア嬢が紹介する。そんなアンネリア嬢を見た夫人が、そっとメイドに近づいた。


「リアナさんとマーサさんとおっしゃいましたね。娘を支えて下さり、ありがとうございました。この子は貴族令嬢ですが、我が家は貧乏でお茶会に参加する事もままならず。ずっと友人がおりませんでした。これからもどうか、娘と仲良くしてあげてください」


 何と夫人が、メイドたちに頭を下げたのだ。貧乏と言えど、彼女は伯爵夫人だ。そんな女性が、メイドに頭を下げるだなんて。そうか、アンネリア嬢の優しい性格は、母親譲りなのだな。


「ファレソン伯爵夫人様、どうか頭をお上げください。あの…私共こそ、いつもアンネリア様…いいえ、奥様に支えられていて」


「そうですわ、私共の方こそ、感謝しております」


 混乱したメイドたちが、夫人に頭を下げていた。


「お母様もリアナもマーサも落ち着いて。リアナ、マーサ、そんなにかしこまらなくてもいいのよ。我が家なんて名前だけの貴族だから」


 そう言って笑っているアンネリア嬢。


「アンネリア嬢、その…君さえよければ、どうかこれからも侯爵家にいてくれないだろうか?もちろん、君の好きな様にしてもいいから」


 僕の問いかけに、キョトンとした表情のアンネリア嬢。


「はい、そのつもりで以前お話をしたかと思うのですが…早く怪我を治して、すぐにお仕事に戻りますわ。侯爵様には、沢山の援助をして頂いたのです。少しでも、恩返しをしないと!」


「アンネリア嬢、もうメイドの仕事はしなくてもいいのだよ。君はこれから、侯爵夫人として、僕の傍にいてくれたら、それでいいのだよ」


「侯爵夫人としてですか?よくわかりませんが、とりあえず新しい奥様が見つかるまでの繋ぎと言う事ですかね?分かりましたわ、それでは新しい奥様が見つかるまで、侯爵夫人をしっかり務めさせていただきますね」


「いや、もう僕は君以外に妻を娶る気はないのだが…とにかく、君はこの家の女主人なのだよ。どうか大きな顔をして、ここで生活をして欲しい。ファレソン伯爵、夫人、アラン殿、アンネリア嬢もそう言っていますし、それでよろしいですよね?」


 近くにいた3人に問いかけた。


「はい、アンネリアがそう言うのでしたら、私共は何も言いません。ただ、侯爵様に愛する女性が出来たら、その時はすぐにアンネリアを我が家に返してくだされば結構ですので」


「お父様ったら、その時は自ら屋敷を出ていきますわ。でもメイドとして置いて下さるというのなら、それでも問題ありませんわ」


「アンネリア、あなたは何をいっているの?契約とはいえ、元妻が屋敷にいたら、新しい奥様も嫌な気持ちになるでしょう?その時は、伯爵家に潔く帰って来なさい。分かったわね」


「姉上、いつでも戻って来られる様に、姉上の部屋は整えておくからね。それまでに伯爵家をしっかり立て直して、姉上の友人たちも一緒に連れてこられる様に頑張るから。安心して、離縁して来てください」

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