第11話 現行犯
──♪♪♪
「んぐっ」
最近流行の曲がスマホから流れる。
朝の目覚ましだ。
好きなアーティストの曲も、目覚ましにしてしまうと憎き地獄のプレリュードと化す。
若干後悔しているが、もう体が覚えてしまっているので仕方がない。
「いっ……つぅ~」
俺は全身の節々に居座る痛みを噛みしめながら、伸びをして起き上がった。
普段なら柔らかいベッドの上で、カーテンの隙間から覗くお日様を浴びながら優雅に起床するのだが、今日はそうではない。
なぜなら、その俺のベッドはもうひとりの俺に占拠されたのだから。
結局、ロゼのやつは俺の部屋を共有することになった。
それだけならまぁギリギリ……許さないけれど、さらに許しがたいことに、ヤツは図々しく俺の寝床を奪ったのである。
俺の部屋はそこまで広くない。当然ベッドも一人用。
つまりどちらかが敷布団、どちらかがベッドということになる。
普通なら和平的に相談する必要があるはずだろう。
しかし彼女は、先手必勝と言わんばかりに、俺が風呂に入っている間にベッドで就寝していた。
叩き起こしてやってもよかったのだが、レディファーストのジェントルマンの心がそれを止め、遂に俺は床で眠ることになったのだった。
結果、現在体がバキバキ状態。
慣れない寝具で寝ればこうなることも、むべなるかな……。
俺をそんな風にした諸悪の根源、ロゼの方を見ると、彼女はまだ眠っているようだった。
深紅の長髪と背をこちらに向け、ピクリとも動いていない。
結構な音量のアラームが鳴ったというのに、大層な奴だ。
立ち上がって、寝顔を覗き込んでみる。
端的に言えば、綺麗だった。
口は少し開いていて、閉じたまつげが白い頬に影を落としている。
まるで森の中で眠る白雪姫のような顔が、そこにはあった。
「くそう、俺のくせに綺麗な寝顔しやがって……」
こんな美少女が俺のベッドで寝ているなんて思うと、変な気分にならないでもない。
もし俺が思慮のない野獣だったなら、コイツは今頃大変な目に合っているところだ。
不用心にもほどがある。
「……そうだ」
寝起きで回らない頭が冴えた。
俺の至福の睡眠を奪ったことも含めて、ちょっと懲らしめてやろうではないか。
「ふっ、残念だったな。恨むべきはお前の迂闊な判断だ」
キュポっという軽快な音を立てて、マジックペンの蓋を開ける。
ペン先からインクの匂いが香る。
……ククク、ハイになってきたぜ。
まずは手始めにほっぺから……と、そろりとペン先を目の前の美少女の顔へ伸ばした──。
──ところで、少女の瞳がパチリと開いた。
パチンと俺と彼女の視線がかち合う。
俺は身じろぎして硬直した。
薄い紫色の瞳がこちらを見据えている。
まるで時間が止まったかのように、静寂の時間が続いた。
たっぷりと沈黙を共有した後、俺は苦し紛れに口を開く。
「……あー、その、グッドモーニン──ぐぁはっ!?」
そして、みぞおちに衝撃が走る!!
まるで力士に全身をくまなく張り手されたみたいな……抗いようのない力の応酬が俺を襲い、体は見事に後方へ吹っ飛ぶ。
「ぐおぉおぉぉ……」
ガタンッ!と大げさな音が鳴って机に激突すると、俺は体を抱いて悶絶しながら、床をのたうち回った。
「いや~まったく、俺ってば油断も隙もないんだから」
ロゼは何の気なしという感じに、伸びをしながら起き上がる。
俺は口から溢れそうな泡の味を噛みしめながらジロリと睨んだ。
「な、なんだ……今のぉ……」
「いやぁ、私ってば魔法の精霊に好かれちゃってるからさぁ~。精霊ちゃんたちが、自動的にこういうケダモノから身を守ってくれるんだよね~」
精霊……?
よくわかんないけど、ティンカーベルみたいな、そういうやつ……?
そういえば、俺の財布を見つけ出したときも、ホタルみたいな光の群衆が現れていたっけ。
もしかしたらあれも精霊の類なのかもしれない。
などと考えることもできず、俺は未だうずくまっていた。
それを見て、ロゼはクスクスと笑い声をたてる。
「ってことで、おはよー俺」
彼女はベッドに座ったまま、まるで女王様みたいに足を組んで、こちらを見下ろしていた。
くそ、朝日が映えてそれっぽいじゃねぇか。
……いつか目に物見せてやるからなっ!!
などと誓いながら、俺はもう一度眠りにつきそうなのを必死にこらえた。
「さ、そろそろ朝ごはんだし。下行こっかぁ」
ロゼは軽やかにベッドから降り、さっさと扉の方へ向かう。
俺はまだみぞおちの痛みを引きずりながら、それでもフラフラと立ち上がって彼女の後を追った。
「おい、待てって……痛いんだからもう少しペース落とせよ……」
そうぼやきながら扉に近づくと、ロゼが妙に静かに立ち止まっていることに気づく。
何だ?と思い、彼女の視線の先を追うと──
──そこには妹の
向かいの部屋から出てきたところらしく、寝起きのボサボサ頭にパジャマ姿のまま、ぼんやりとこちらを見ている。
いや、ぼんやりしているのは最初だけだった。
次の瞬間、彼女の表情がみるみるうちに変わっていく。
「えっ……」
視線はロゼに向けられ、次に俺へと移り、そしてまたロゼに戻る。
ロゼの無防備な格好──俺のTシャツにショートパンツ姿──を確認して、何かを悟ったらしい。
俺もまた、今の状況に戦慄を覚える。
「ちょっ、待っ、ミチカ! これは違くてだなっ!?」
俺は慌てて手を振ったが、ミチカはさらに目を見開いて、耳まで真っ赤に染めていく。
「まさか……」
「いや違う! 断じて──」
言い終わる前に、ミチカは何かを振り切るように顔を覆って自室へと駆け戻っていった。
バタン!と扉が閉まる音が廊下に響く。
俺は脱力して、その場で膝を突いた。
「……これはやりましたな」
ロゼが気まずそうに肩を竦めた。
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