第55話 新たな戦法



 魔蝕剣エクリプスの柄に取り付けたロープで、剣をグリングリン振り回す殺法をやれとミノルから命ぜられたあたし。


 だけど、新たに覚えたこの戦法は、「ようやくちょっと慣れた」程度の熟練度。

 正直、実戦に投入するのは不安しかない。しかしこいつがやれというのだから、きっと何か意味があるんだろう。


「こんなやり方で、マジでなんとかなんの」


「魔剣が削り取る敵の魔力は、その気になれば訓練次第で君にも感じ取ることができる。今、君が身をもって感じている通り」


 ……確かに。


 さっきあたしがすれ違いざまに感じたのは、ハーフゴブリンの魔力なのか、それとも、催眠魔術をかけられた人間から放たれる魔力なのかはわからない。

 だけど、いずれにしても、まず間違いなく魔蝕剣エクリプスがなんらかの魔力を感じ取った結果だ。

 

 こんな魔力を感じ取ったことは、今まで一度としてなかった。

 ロープで振り回す訓練と並行して、ミノルの魔力を魔蝕剣で感じ取る訓練をやった成果なのかもしれない。


 ……なるほど?


 要は、これを振り回して、この場の魔力を感じ取れと。

 馬鹿なの? 激ムズじゃんそんなの。通りすがりの魔術師に気づく程度のことはできたかもしれないが、これからやるのは正面きっての戦いなんだ。

 敵の位置と攻撃方法を正確に把握しないとお話にならない。


 ええい、もう仕方がない。やるしかない!


「振り回すから、当たんなよ」


「当たり前でしょ。僕を誰だと思ってんの」


「うざっ」


 魔蝕剣エクリプスに取り付けたロープの長さは一〇メートル。

 もちろん、全開で伸ばしたりしたら、たるんたるんで使い物になんないし、そもそも建物に当たっちゃう。

 だから、ロープの長さを決めるには、この空間の広さを思い出す必要がある。


 目を開けていた時の記憶を辿る限り、天井は結構高そうだったし、通路もそこそこ広い印象。

 かといってこれは戦いなんだし、この場所でずっと動かないってわけにもいかないから……うーん。えっと……

 とりあえずは、短めに──……


 剣の柄から五〇センチくらいのところかなぁ、と当たりをつける。

 輪状に整理したロープの余長を左手で持ち、魔剣から五〇センチくらいのところを右手で握って、ビュンビュン回転させ始める。

 すると、すぐに驚きの事実が判明した。

 

 魔剣が削ったこの場の魔力が、感じ取れる。

 それは同時に、この空間に、敵の魔力がパンパンに充満していることを示していた。


 剣が魔力と共鳴するような、音と振動。

 場に充満する魔力が濃くなるほど音と振動は強くなり、薄くなると弱まるイメージだ。


 しかも、壁に当たって跳ね返ってきた魔力でさえ感知している。それによって、目を閉じているにもかかわらず、この空間の広さもそこそこわかってしまう。

 なんかイルカみたいだ。


 剣をただ手に持っている時よりも、鮮やかに感じ取ることができるんだ。

 どうして振り回すとこうなるのかは、よくわからないが。

 

「わかるかい? 敵と対峙した時──特に、この場所みたいな閉鎖空間では、放出された魔力というのは空間に充満する」


 間違いない。そんな感じだ。

 そして、その魔力がどっち方向から来るのかもわかる。


「うん。きっと、今あたしが向いている方向に、敵がいるよね」


「その通り。基本的には、敵のいる方向から魔力は流れてくるからね」


「また回りくどいムカつく言い方しやがって。基本的・・・にはそうであって、魔力の流れを操れるレベルの催眠術者だと苦戦する、って言いたいんだろ? わかってるよ!」


「性格が捻じ曲がってるなあ。素直に受け取ってよ、僕の説明を。さらに言うと、その魔剣は敵の魔力がブレードにあたるよりも少し前に、広い範囲で魔力を侵食してる。だから、高速で振り回せば、より広範囲で魔力を検知できる。熟練すれば、敵が魔力の流れを操作しようがある程度正しい検知は可能さ。多少惑わされることがあるから要注意ってくらいだね」


 キャイン、と金属音が鳴る。

 なんの音だ? と怪訝に思いながら剣を振り回すあたしへ、ミノルが一言。

 

「ボケッとしてちゃダメだよ。今のは敵の放出系攻撃魔術。水の刃かな」


「えっ」


「君が感知できない間は、僕が防ぐから」


「だって、これ全然わかんない──」


「集中してみて。音がする瞬間に」


 キャイン。

 キャイン。

 

 何度も繰り返される硬い音。

 これが全部、敵の攻撃だって? じゃああたし、ミノルがいなけりゃ今頃死んでんじゃねえか!


「ねー、集中してる? 僕がいるからって安心してない? 安心しきってるよね? ああ、やっぱ君は僕のこと、大好──」


「うっせえな! 誰がお前なんか──」


「ほら、実戦で余計なこと考えてると死ぬよ? 無心無心」


 うわ。こんな奴に言われた。マジで傷つく。

 ぶん殴ってやりたかったが、目が見えないので仕方がない。イライラしつつも剣に意識を向けることにした。

 それにしても、なんか全然身が入らない。全部こいつの態度のせいだ。


 キャイン


 あれ。


 リラックスして何度も音を聞くうちに、少しだけわかってくる。

 ミノルが言うには「水の刃」であるらしい敵の攻撃。ミノルが風の魔術で防御してキャインと音が鳴る寸前に、攻撃が現れる付近の魔力が少し濃くなっている。

 それは、ある一点にギュウッと魔力が収束していくかのような……。


 試しに、その収束感を感じた瞬間、感じた方向へ回転させた魔剣を向けてみる。

 すると、硬い音と同時に、魔蝕剣が強い魔力を侵食した感覚が得られた。

 これは、感触的には、この前のヴァンパイア・ミキが作り出していた血の刃を破壊した時と似ている。


「お、もう掴んだの。早いなぁ、さっすが」


「褒めんでいい。気持ち悪い」


「なんでそんな言い方するの? 傷つく」


「戦いに集中しろ!」


「それは君」 


 と言ったミノルの言葉に被せるようにキャインと鳴った金属音は、あたしの魔剣ではなくミノルが防いだものだ。


 めちゃくちゃムカつく。

 が、確かにこれなら、死ぬことなく実戦の経験値を稼ぐことができる。

 

 仮に視覚を奪われたとしても、空間の広さを認識し、敵の位置を感じながら、魔力が収束するところには直後に敵の魔術攻撃が発生することを念頭に置きつつ戦える。


 魔剣で強化された神経でしか対応できなかった、魔術での攻撃が視える。

 これなら防御できる。戦える!


「くっ……そんなもの、ロープを切れば」


 ハーフゴブリンの男が、うめくように言った。

 色白で緑色の長髪をしているらしいハーフゴブリン男の言葉をあたしは理解できていたが、きっとそれは実現不可能だろうと思った。


 なぜなら、このロープはミノルが魔力を込めたもの。魔法陣と同じ紋様を念入りに施し、世界最強の大魔導士「トップ・ウィザード」が直接魔力を叩き込んだ珠玉の一品と言えるだろう。

 言い換えれば、これは伝説なんかでよく語られる「三種の神器」が現実になったかのようなチート級アイテム。

 誰が相手であろうと、絶対に切れない気がした。


 ってか、それってあたしがそこまでこいつのこと信用してるってことかよ! 

 と、すかさず一人ツッコミを入れる。やっぱ全然集中できないわ。

 

 敵の攻撃が当たった箇所でロープはグインと折れ曲がったが、案の定、切れることはなかった。

 回転モーメントを失った魔蝕剣は変則的に動き、カランと乾いた音を立てて床に落ちる。


 驚いたことに、敵の攻撃がロープのどの辺に当たったのかや、床のどの辺に剣が転がったのか、ロープがどんな状態で床に落ちているかまで、うっすら分かってしまう。


 どうやら、この場の魔力を感じ取っているのは、魔蝕剣だけでなく、この「魔力ロープ」も一役を担っているらしい。なんか、自分が魔術師にでもなったかのように錯覚しちゃうな。

 

 一瞬ボケッと考え込んでしまったあたしは、ハッとして、慌てて剣を引っ張って回収する。

 剣を落としてしまうと、こういう時の対処が課題だ。再び回転させるまでの間は、高感度の魔力察知機能は失われるだろうし。


「……馬鹿な。なんだそのロープは!? 『三尺ノ秋水』で切れないって──……」


「イェネオス、やばいよ! こいつら、なんか違う!」


「大丈夫だよティア。僕たちは絶対に負けない。負けるわけにはいかないんだ!」


 戦いを続けるうち、さきほど課題だと思ったことは、杞憂だったかもしれないと思い始めた。

 収束する魔力の感知に慣れれば、ロープを狙われても回避はそれほど難しくはない。

 

 気が付けば、敵の刃はほとんど全て自力で弾き返し、ロープを狙われた攻撃は余裕をもって回避できていた。


 魔蝕剣エクリプスは、魔力を侵食するときに抵抗感を感じない。

 だから、敵がどんなに強力な魔法攻撃を繰り出そうが、回転力を失わずに、こちらのペースで回し続けることができる。


 それに、敢えて敵のほうへ向けて回転させる必要もない。

 この技は、「魔力レーダー」として使うだけなら、単に空間内で回転させるだけで、全方位の魔力の様子がわかる感じだ。


 目をつむっているが、見えている。

「魔透視」。そう言えるのかもしれない。


「調子が上がってきたね! さっすがー」


「だから褒めんなキモい」


「彼氏にそういう言い方するかな」


「誰が彼氏だコラ」


「え? 自他ともに認められて──」


「『自』がそもそも認めてねえんだよっ!」


 すっかりお馴染みのふざけた空気に慣れ親しんでいると、一風変わった魔力が近づいてくるのに気が付く。

 今までとは、まるで違う魔力。それは強力な魔力の塊のようだった。


 この戦いで、空間の魔力やら敵の攻撃魔術やらを、目をつむったまま感知するのに慣れてきていた。だからだと思うが、間違いなくわかった。

 これは、敵本体が近づいているんだ。

 

「こういう時はねー、ロープを少し伸ばすんだよ」


「敵が近づいてんのに伸ばすのかよ!」


「そう。そんで、こんな感じに」


 ミノルは、ロープの中間点を触ったようだった。

 すると魔剣は軌道を変え、あたしに接近していた敵をスパッと斬る。

 

「グッ……」


「イェネオス!」


 女性の悲痛な叫びがこだまする。


 回転力を失って床に落ちてしまう前に、タイミングを計りながらロープを引っ張り、魔剣を引き戻す。

 上手く扱えば、敵に攻撃を加えた後も、回転力をほとんど失わずに戦闘体勢を維持することが可能だ。あまりにもロープを長くしすぎなければ、対応力はかなりある。


 あたしがロープを回転させ、伸ばし、縮めるのに合わせて、ミノルはあたしの手を取り、ロープを触って、まるでダンスをするように補助を務める。

 敵がどこへ行こうともホーミングするかのような魔剣の動きに、ハーフゴブリンたちは何もできなかった。




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