第53話 仇討ち女子とメガネ刑事、再び
猫さんとあたしの立ち合いは三、四分間程度のものだったが、ハーフゴブリンどもが逃げる時間を稼ぐには十分だったろう。
結界も使えないあたしが今さら敵を追ったところで、どうなるものでもないかもしれない。
しかし、最善を尽くす義務はある。
駅を出て、辺りを見回す。
当然だが、被疑者らしき緑の人物は見当たらなかった。
「月島」
聞きなれた声。
後ろからあたしに声をかけたのは、メガネ刑事だ。どうやら、隣駅からタクシーで追いついたらしい。
「猫田姫丸と、どうして離れた」
「猫さんは大怪我をしています。圧迫止血はしているし、獣人だからそう簡単に死にはしないでしょうが、ミノルの回復魔術を受けないと、もう満足には動けないと思います」
「俺が聞いてるのは、なんでお前はまた一人で動こうとしてるんだってことだ」
「…………」
「馬鹿は死ななきゃ治らんのか。あのエルフに際どいところで助けられて、思い知っただろう。どうしてだ」
足手纏いになりたくないというのは確かに本心だし、あたししかいないなら、あたしが対応するしかないと思う。それに、ここで引いてしまうようなら、この先、強敵と出会った時に怖気付かない胆力は保てないような気がしたもの本当だ。
でも、今、答えに迷ったのは、猫さんの言葉がなんとなく引っかかっていたからだと思う。
あたしたちの命の価値は、この仕事だからこそ光るらしい。
父の仇を討つというのはあたしにとって絶対的な目的だが、この魔特という仕事を始めてからの数日間、ただそれだけで命を懸けてきたわけじゃないような気がする。
悪魔族の兄弟と戦う時、犠牲になった被害者とお父さんを重ねて怒りが湧いた。
ヴァンパイアのアジトへ向かう時、メガネさんが死んでしまうかもしれないと思って駆け出した。
仮に今、ここで被疑者を逃したなら、きっとまた何人もの人間が犠牲になるだろう。その遺族は、あたしやお母さんのような思いをする。
「さあ。それが魔特だからじゃないですか」
この気持ちは、メガネさんなら分かってくれるはずだ。
真剣に仕事に向き合ってきた、メガネさんなら。
一度もそらすことなく、メガネの奥にある厳しい瞳を見つめる。
すると、メガネさんは口元を緩めた。
「ほう。たかだか数日勤務しただけで、もう魔特を語り出したか」
「生意気だと?」
「お前のような奴は嫌いじゃない」
「へえ。珍しいですね、あたしのことを認めるなんて」
「仲間が死んでいくのは、もうこれ以上見たくない。だから、お前が一人で行くと聞いて、黙っていようかと思ったんだがな。そういうことなら仕方がない。俺も付き合ってやる」
「どうするんですか? どっちにしても、もう見失いました」
「防犯カメラ映像を思い出したんだよ。すぐそこに『小鬼ブロードウェイ』という大型商業施設があるんだが……最初に行方不明者が出始めた頃、三、四人の犠牲者たちはいったんそこに入ったんだ。そこからは、どの防犯カメラにも映らず煙のように消え去ってしまったし、そもそも小鬼ブロードウェイに犠牲者が入ったのを確認できたのも、たった一度だけだったんだが」
「どうしてですかね」
「わからん」
「さすがに
でも、敵にしてみれば余裕のない状況ですよ。あたしなら、さっさと全員まとめてアジトへ連れて行くだろうから、もう間に合わ──」
そう言いかけてあたしは思い出した。
催眠魔術というものは、掛けた内容を修正する際にも対象者の目を見る必要があるんだ。
小鬼ブロードウェイという商業施設。
最初の頃だけ使ったのではなく、最初は姿を消していなかっただけだとすれば?
今日あたしたちに見つからなければ、被疑者は
そして同じく、これまでどおり東小鬼駅や半小鬼駅へもターゲットを分散して下車させていたとしたなら、小鬼ブロードウェイへ集まるにも時間がかかる。それなら、被疑者はそれまで待つ必要がある。
もちろんこれは色々ある可能性のうちの一つであって、もしかすると催眠魔術や幻影魔術に何らかの発動条件的なものがあって、それが影響しているだけかもしれない。
だが、なんとなくだが、奴らは人混みに紛れることにこだわっている気がするのだ。
そうだとすると、まさか今日あたしたちに追跡されると思っていなかった奴らは、いつもと同じように、小鬼ブロードウェイへ捕獲した人間たちを集めようとしていた可能性は十分に考えられる!
……はは。「かもしれない」のオンパレードだな。
こんなときにミノルの言葉が思い浮かぶのは相当に癪だった。だが、思い浮かんだのは事実。
奴は、ヴァンパイア事案の時、こう言った。
──でも、やってみる価値はある……でしょ?
そうだ。可能性があるなら、やってみる価値はある!
覚悟を決めたあたしが拳を握りしめていると、メガネさんがボソッと言った。
「それと、あと一つだけ」
「なんですか」
「お前が死ぬ時は、俺も死ぬ」
……はい?
「なんで心中宣言するんですか? プロポーズですか? 断ります」
「忘れないでいてくれたら、それでいいさ」
あたしはしばらくぽかんと口を開けていたが、すぐにおかしくなってしまって、つい微笑んだ。
とことんおせっかいな奴らだ。猫にしろメガネにしろ、あたしが死に急がないように予防線を張ろうとしやがる。
どんだけ無謀な奴だと思われてんの、あたし。
メガネさんは、コートの内側で銃を握っている。
きっと、弾は魔弾に入れ替えているだろう。通常、パートナーのために隙を作るなら、敵を一時的に
ならば今、銃に装填されているのは三級魔弾「雲龍」のはず。
「借りは即返す」
ドヤ顔で言われたので、あたしは即座に言い返してやった。
「貸しが二倍になるだけです。どうせあたしがあなたの命を護ることになるから」
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