第44話 猫と一緒に行け



 メガネさんは、被疑者が都心のどのあたりの商業施設をターゲットにしているのかまで調べていた。その結果、もっとも確率的に高かったのは渋谷らしい。

 しかも、行方不明者が発生するタイミングと人数には規則性があるとのことだ。


 それは、三、四日に一回。

 一回あたり、おそらく三、四人程度。


 メガネさんからの事案説明の場だったはずなのに、いつの間にか「都心部への張り込みをいつどこにするか」ということを検討する方向へ──というか、ほとんど雑談みたいになっていた。


 メガネさんの話を聞いて、あたしは正直感心した。

 果てしなく膨大なカメラ映像を見たはずだ。

 相当に苦労したことだろう。初対面のときから感じていた、ストイックなイメージにぴったりの仕事をする。

 それが分かったからこそ、あたしはメガネさんのことが信用できたし、好感が持てた。


 ふーん、やるじゃないか、という目でメガネさんを見ていると、ミノルがあたしの袖を引っ張る。

 こいつはさっきから何なんだ? 仕事中だぞ。


「なんだよ」


「なんもない」


 何にもないなら袖を引っ張るなっつーの。

 それにしても、メガネさんも部下の市村さんがあんなことになって、今は大変なはずだ。

 なのに、ここまでしっかり調べるとは。これが捜査のプロというものか。


「そういえば話は変わりますけど、市村さんとミキはどうしたんですか?」


「市村は犠牲になった側だが、ミキは人間を殺しているはずだ。本来なら、法によって裁かれないといけない」


 そうなのだ。あたしもそれが心配だった。

 ミキを極刑に処すことにでもなれば、何の罪もない市村さんもが死ぬことになる。それはいくら何でもおかしい。


「だが、魔術による犯罪はそもそも立証が難しい。魔力痕は丸一日しか残存しないから、しらばっくれられたらどうしようもない場合もある。

 配下のヴァンパイアがいる時点で血を吸ったのは明らかだと言いたいところだが、本当にそいつが配下だったかというのを証明するのも難しい。だからこそ、公務執行妨害なんかを理由にした討伐が多くなるんだがな。

 それに、ミキは、ヴァンパイアだった頃の記憶をすっかり無くしているんだ。覚えているのは兄がいたことと、市村を愛していることだけだ。

 だから、ただひたすら兄と市村に会いたがってる」


「なんでこうなっちゃったんですかね」


「厳密にはわからんが……そこにいる田中によると、吸血魔術『友愛フィリア』ってのは、術をかけた相手の人格を上書きするそうじゃないか。それが、なんらかの理由によって逆転した。市村が始まりのヴァンパイアとなり、ミキは市村のしもべとなった」


「そう! 僕の知識があるから、そういうことも分かるんだよね!」

 

「でも、ミキって、人間になったわけじゃないんですよね……」


 あたしに素無視されて、ほっぺたを膨らますミノル。

 仕事で真剣な話をしているのに承認欲求を満たそうとするな、と言いたくなる。


「ああ。ミキは市村の核だ。人間としての肉体は持っていない。魂の塊というか、正体不明の細胞の塊というか。その気になれば形も変えられるし、市村の吸血魔術で別の場所に移動させることもできるはずだ。だが、市村は、そうはしていない。敢えてミキをミキのままにしているし、脱獄もさせていない」


「市村さんも、やっぱりミキを愛してるんですかね」


「さあな。市村もまた、頻繁にミキへ会いに行ってる。市村をこのまま警視庁に置くことはできないかもしれない。市村とミキの対応については、まだ検討されているところだ」 


 ミノルの攻撃を受けそうになった時、ミキは市村さんを庇い、市村さんはミキを庇おうとしていた。


 ミノルの神霊魔術「神変加持・魔断マギア・コプトール」は、互いの想いがなければ効かないらしい。

 ならば、術が効いた時点で答えは明確なのかもしれない──なんてあたしが考え込んでいると、メガネさんが言う。

 

「おい。お前、これからもあんな無茶ばかりやるつもりなのか」


 心外だ。あたしは、その場その場で最善の選択をしたつもりだぞ。

 あんたこそ、持っていたはずの情報を渡さず、一人で勝手に敵のアジトへ突っ込んだんじゃないか!

 ……ということで、あたしは文句の一つも言いたくなって。


「はい? そんなわけないでしょ。誰のせいで無茶することになったと思ってんすか」


 メガネさんは、じっとあたしを見つめる。

 あん? なんだコラ。喧嘩だったらいつでも買うぞコラ。


「借りは必ず返す。困ったときはいつでも言え」


「へい。あざす」


 ミノルは、ますます強めにあたしの服を引っ張る。

 んだよ。服が伸びるじゃねえか。

 

「む〜〜……」


「なんだよさっきから。何をうなってんの」


「なんでもない」


 とりあえず、メガネさんが行う捜査に同行する魔特隊員を誰にするか、それを決めないといけなかった。

 だが、あたしが前に出て決めることじゃないし……と思っていると、課長はあたしを指名する。


「えーと……どうしてですか?」


「この前の事案の報告に目を通した限り、君の相棒はかなり優秀だ」


 褒めちぎられて、ミノルは得意げに腕を組んでふんぞり返り──


「それに、どうやら青木刑事も、月島くんのことを気に入っているようだしね。二人はお似合いのコンビみたいじゃないか」


 後半の言葉で急転直下した。

 メガネさんに恨みがましい上目遣いをして「がるるる……」と、また唸る。


 あたしは、自分の成長のために現場へ出たいので、その命令には何の異存もなかった。

 だけど、おっさんはその意見に一部反対した。


「課長。ただ、月島とエルフだけというのは、やめたほうがいい」


「どうしてかな?」


「パワー押し一辺倒で来る相手なら、あまり心配することはない。だが、この前のヴァンパイアよりも、今回の敵は異質な戦法をとってくる可能性がある。だから、氷とネコを同行させてくれ」


 意外だった。

 おっさんと氷さんは正反対、水と油、犬猿の仲だったはずだ。


「未熟者のお前は、いろんな奴と一緒に仕事をして経験を積むのも重要だ」


 まるで教育者のようなことを言う。

 実態はパワハラ親父のくせに。今更そんなこと言ったって、あたしは評価を変えてやらねーぞ。


「それに、催眠魔術ってやつの一番危険なところは、相手の目を見た瞬間に落ちるところだ。対策としてはサングラスが有効だが……気になるのは、防犯カメラ映像では行方不明者の中にもサングラスを掛けてる奴がいたってことだ。つまり、他にも何か仕掛けがあるかもしれん。

 その上、ほぼ確実に先制攻撃をかけることはできないと思われる。『敵の脅威に晒されながら敵を特定する』という作業が必要だ。それには、猫女が使う『化け猫女の術』が有効だ」


 表現が気に入らなかったのか、猫さんは爪を剥き出して、シャーっと喉を鳴らした。

 それにしても、氷さんの下の名前「とかす」を「ドカスに変えろ」とか言っていたジジィのセリフとは思えない。

 だからあたしは、


「なんか、らしくないっすね。この前まで氷さんのことを散々言ってたのに」


「まあ……それだけじゃないけどな。真正面から問答無用で敵を殲滅するならタマキの得意分野なんだが、一般人が多数いる中で、誰が敵でどこにいるかわからない状況のなかできっちり敵を探し当て、うじゃうじゃいる周囲の一般人全てに危害が及ばないよう配慮するとなると、タマキの炎は得意分野じゃない。物理攻撃瞬殺タイプの猫女のほうが向いてるだろう」

 

 ちょっとだけ褒められていい気になったのか、猫さんは腕を組んで、得意げに頷いている。

 案外簡単な奴なのかもしれない。


「この猫女は、得意分野の近接戦闘一本でこの魔特にいるんだ。恐らく、そこだけは無敵に近い能力を発揮する。月島、系統的にはお前と同じタイプだ。戦いの参考にもなるだろう」


 さらに追加で褒められたので、猫氏は、さっきのミノルみたいに腕を組んだままふんぞり返って増長し始めた。


 ほ──……。

 そりゃ楽しみだ。見せてもらおうじゃないか。


 メガネさんが調べた失踪周期によると、行方不明者が発生するタイミングとしては、どうやら今日が怪しいらしい。

 今日言って今日やるとか、もうちょっと事前にアナウンスとかできねーの? と思う。


 鈴木のおっさんは、メガネ刑事と離れずに行動しろとあたしに忠告した。

 膨大なカメラ映像を見たのはメガネだけだから、間違いなく敵の特定に必要だ、と。

 それを聞いたミノルは、なぜかめちゃくちゃ嫌そうな顔をしていた。


 とりあえず、全員サングラスを用意して、あたしたちは渋谷へ向かうことにした。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る