第32話 カイとミキ②



 その日は雪が降っていた。

 村に一人しかいない魔法のお天気屋さんが「明日は雪だ」と言っていたから、その予報が的中したことになる。

 雪が多いと生活していくのは大変だが、深々と降る幻想的な様子をこうして窓から見ていると、昔から心を洗われるような気分になる。


 だが、今日だけは、気分は洗われなかった。


 下位とはいえ、死霊秘術師としてイデアのランキングに名を連ねるカイは、村の寄り合いにも顔を出す。

 この前の寄り合いでは、新たな結界への移行を提案するファビアンと、旧来の結界の維持を主張するリックが正面からぶつかった。

 

 今の方法だと、村の人間を守る結界を維持するために、村の人間が定期的に死ぬことになる。

 疑問を呈する村人は大勢いた。

 そこへ、外界からやってきた旅人の女性が、画期的な結界方法を提案したのだ。


 村の中心に、「魔除けの守り」と呼ばれる石を一つ置く。

 村の魔術師みんなで、それに魔力を込める。

 たったそれだけで村全域を結界で覆える上、取り替え作業は必要ないらしい。


 唯一の弱点は、込めた魔力以上の力を持った魔物には対応できないこと。

 リックは、それを懸念しているようだった。

 

 だが、新しい方法だと、魔力を込める作業は安全な場所で行うことができる。

 賢者の石を取りに行くために岩場で戦って、村人が死ぬことはない。


 それに、村の優秀な死霊秘術師が束になって魔力を込めるのだから、「いかに外の魔物が強かろうと、全員で込めた魔力が押されて潰されるというのはさすがに考えられない」とカイも思っていた。


 カイはファビアンが嫌いだし、リックのことを尊敬しているが、この件だけは新たな方法が良いと思った。ファビアンの方法は合理的だ。

 カイとミキの両親は、結界の外へ賢者の石を取りに行って、戻ってこなかったのだ。


 時代は変わる。

 状況に合わせて方法も変えていかなければならないと思う。 

 だからカイは、尊敬するリックのことをファビアンが責め立てても、何も言わずに黙って耐えた。


 ファビアンは、

「魔除けの守りはもう配置している。リック派以外の全員で既に魔力を込めてあるから、旧式の結界を維持したければ賢者の石はお前らで取りに行け、交換作業もお前らでしろ」

 こうリックへ言い捨てた。


 魔力はトップでも、陰キャで味方の少なかったリックは、大勢の村人を味方につけたファビアンに何も言い返すことができず、引き下がるしかなかった。


 しかも、ファビアンは、それだけでは満足しなかったらしい。

 昨日、ファビアンがミキに話した内容はこうだ。


「魔界石が破壊されれば魔除けの守りの効力を思い知り、さすがのリックも目が覚めるだろう」

 

 奴は魔界石を破壊し、旧式結界を消滅させるつもりなのだ。

 そして、それを実行すると言ったのが今日だという。


 新しい結界は既に張られているので、どちらにせよ慌てることはないのだが。

 なんとなく、気分が晴れない。それで、カイは昨日から家でクヨクヨしていた。


「自分の誕生日だけど、どうせお兄ちゃんは料理が下手だから、あたしが自分で作らなきゃね」


 目が覚めるほどに鮮やかな赤い髪をツインテールにしたミキは、意地悪そうな顔をカイへ向けてこう言い、食材を買うために出掛けていった。

 それを見送り、今、カイは家で留守番をしているところだ。


 そうしていると、窓から見える純白の結晶の向こう側に、夕日のように赤く染まる空が映った。朝焼けにしては時間帯が遅い。

 

 なんだろう、と思って玄関扉を開ける。

 外へ出たところで、カイは異変に気がついた。


 耳を澄ませば、遠いところで悲鳴が聞こえる。

 空を染める赤色はどんどん広がっていき、すぐそこに魔物の姿が見えた。


「くっ……馬鹿な、どうしてだ!?」


 その思いは、心に抱えきれずに口に出る。

 理由を考えている時間はなかった。ミキがまだ戻っていないのだ。

 あいつは、街の中心地に向かったはず……!


 カイは、家着のまま、庭にいるフェンリル・アンデッドに命じて背中に跨がり、駆けた。


 村の中心へ近づくにつれ、燃えている家々や街路樹が現れ始めた。

 炎に包まれ倒れている村人たちが、路上のそこら中に見当たった。

 おそらく外部から入ってきたのだろうと思われるアンデッド・モンスターどもが、倒れた村人に剣を突き刺し、斧を振り下ろしていた。

 

「やめろ────っっ!!」


 フェンリルへ、「魔物どもを殲滅せよ」と命じる。

 風のように低く駆けるフェンリルの牙は、素早く魔物どもの体を貫き、蹴散らしていく。

 

 十分に戦える。これなら、ミキのところへも間に合うかもしれないと思った。

 ミキが行くと言っていた場所は、イデアの中心地にある「イリオ商店街」だ。

 

 だが、その商店街も、たどり着いた時には火の海だった。

 ミキが買い物をしようとしていたのは、二人で食べる夕食の食材のはず。

 ならば、きっと食料品のお店が立ち並んでいる一角に行けば──……!


 陽炎のようにゆらめく炎が商店街を囲んでいる。

 さっきまで幻想的な雪景色を誇っていたいつものイデア空は、黒煙で覆われていた。

 午前中だというのに、もはや夜にしか感じない。


 商店街の中──今や非現実的で地獄のようになった空間の中央に、背丈にして四メートルを超えていそうな、でっぷりと太った巨大なトカゲのようなモンスターが見え始める。

 背中には、ドラゴンの翼。

 体は、魔王軍を象徴する黒い鎧で武装している。

 光り輝く長い槍を持った、見るからに「特別」であることがわかる怪物。


 実際に見たことはないが、書物でなら見たことはある。

 これは、竜人族ドラゴニュート

 しかも、死霊秘術がかかっている。

 こいつは、ドラゴニュート・アンデッドだ。

 そいつはカイの存在に気づくと緑色の瞳を輝かせ、ドラゴンの鳴き声をまんま言葉に変換させたようなガラガラ声で言う。


「お前なら知っているか。我は魔王死霊軍が武将、第一空戦師団長マルン。この村の筆頭死霊秘術師ネクロマンサー、リック・ブライアントはどこだ」


「……どうした。結界は、どうした────っっ!!」


 カイが叫び、フェンリルが敵に殺意を向けた時、トカゲの怪物は顔が上下に分かれるほどにニタっと笑みを浮かべた。


 カイは相棒と共に飛びかかったが、近づくにつれて、奴の足元に人が見えてくる。

 そこには、一人の女性がうつ伏せに倒れていた。


 赤い髪の、若い女性。

 今日の朝、ツインテールにして出かけた、いつも見慣れた女の子。


 マルンは、ミキの背中に勢いよく足を下ろす。

 ぐちゃっと音を立て、ミキの体は四方に飛び散って地面に広がった。

 

 カイが頭を沸騰させた直後に、フェンリルは、トカゲの化物が放つ魔力の波動で消し飛ばされた。

 間髪入れずに、光の槍はカイの体を貫く。


 到底敵うはずもない。

 魔王軍の主力に狙われたのだ。

 イデアのトップ・ネクロマンサーには、外界からも依頼が来る。

 それを脅威と見た魔王軍に狙われたのだろう。


 絶対にミキのことを護り抜くと誓ったのにもかかわらず、自分の目の前で、このようなクズに殺させてしまった。

 

 許さない。絶対に、許さない。

 魔王軍も、ミキを護りきれなかった自分のことも。


 カイが最後に思い浮かべたのは、ミキが愛する人と幸せそうに笑っているところだった。


 




────…………






 視界という視界はない。

 たが、昏いということだけはわかる。

 

 際限なく流れていく魔力に浸され、心地よい。

 何か悪い夢を見ていた気がするが、それももう遠い昔のことのようだ。

 

 だが、大事なことだった気がする。

 だって、気がつけば、ほら、こうやって頬に涙が──。


 圧迫感が気持ち悪くて、カイは体をめいいっぱい動かした。

 すると、外に出ることができた。

 

 視界には、満天の星。

 どこか懐かしい気持ちにさせられる、朽ち果てた建物の残骸が目に入る。

 きっと自分と関係があるのだろうとは思ったが、何も思い出すことはなかった。


 自分が出てきた隣のあたりでボコっと土が盛り上がって、何かが出てこようとする。

 赤い髪をした、一人の若い少女だった。


「お兄ちゃん」


 不意に口走った少女の言葉で、体に電気が走ったようになる。

 きっと、大事なことだったのだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る