魔道具屋になりたかったスパイの報告
春井涼(中口徹)
序章 共和国情報機関史
主コメ
新作です。よろしくお願いします。
序章は読んでおいた方が世界観の理解はしやすいと思いますが、読まなくても物語を理解することはできると思います。あとから読んでも構いません。
世界人口を半減させた、有史以来最悪の総力戦と名高い大陸間戦争がある。それが、三大陸世界大戦である。
連邦枢軸大陸は先進国家連邦へ、西部帝国同盟は西洋魔術連合帝国へ、そして北方大陸連合は精霊自由都市共和国群へ。生まれたばかりの各国はよろめきつつも歩き出し、まずは内情を安定させるところから始めなければならなかった。
共和国に初めて置かれた情報機関と呼べる組織は、当時は外務省の一外局に過ぎなかった、国防軍事庁の情報部であった。これは対外的な情報機関というよりも、むしろ国内での活動を主目的として設置されており、国内に未だ数多く
国防軍事庁は警察と連携し、戦争によって悪化した治安を落ち着かせる活動に
各国の内情が安定してくると、自ずと野心を抱く国が現れてくる。直面したのは、一〇〇〇年も昔から西洋魔術連合帝国を──西方魔法帝国だった頃から──皇族のもとで存続してきた、『
かくして情報機関は成長を求められる。共和国では軍事力を強化し始めた頃であり、軍の機密情報を厳重に管理するため、という名目で、陸軍局と海軍局に、それぞれの情報部が新たに創設された。
国防軍事庁の情報部からそれぞれの情報部に人員が配属された。国防軍管理法の改正に伴い、国防軍事庁が外務省を離れ軍務省となると、人員が補充こそされたものの、やはり帝国に対抗しうるほどのものではなかった。情弱国家とは一体誰が言い出したのか、いつの間にか共和国の代名詞となりつつあった。
やがて市民にすら情報機関の脆弱性が知られるようになると、より専門的な情報機関が必要だ、という声が上がり始めた。実のところ、軍の情報部では、既に帝国のスパイ網に対応し切れていないのである。女神の抱擁であるならともかく、他国にいいように丸め込まれているのでは面白くない。共和内閣は、諜報と防諜についてより専門的な機関を立ち上げるべく、法案の審議に乗り出した。
ところがこれが難航した。国内の情勢を考えればすぐにでも編成が必要なのに、内閣のメンバーは真剣みを欠くこと甚だしい。これでも一〇年かかってようやく可決された新法、「情報管理法」は、失笑すべき結果を生んだ。
この法律によって、対外諜報機関として外務省中央情報局が、国内防諜機関として司法省情報公安委員会が、それぞれ創設されたのだが、特に後者こそが、共和内閣のメンバーの半数近くを、「国有情報漏洩罪」及び、「外患誘致予備罪」を適用して逮捕してしまったのである。皮肉にも国内の情勢そのものが、新法の可決を妨げていたのだ、という事実が、このときようやく明るみに出た。
国民からの激しい非難にさらされた内閣は、もはや民主共和政体においてもっとも重要な理念──民意の反映を行えているとはみなせなかった。時の首相ニコラス・ポール・シーボーグをはじめとする首脳陣は国民に陳謝したのち、内閣と議会を解散、総選挙にて国家中枢の入れ替えを行った。その決断の潔さは評価された。
中央情報局と情報公安委員会の設立により、四〇年ほどの間は、大国間の力量関係に均衡と安定が見られた。しかし見方が変化すれば敵も成長するのは当然のことで、やがて諜報の失敗が防諜の破滅に繋がる可能性が示唆されるようになる。
事実として、そのようなケースも存在した。独立した別の組織であるが故の横の繋がりのなさ──いわゆる縦割り行政の影響が、情報機関にも表れていることは、議会でも問題視されていた。
指揮系統を統一し、同一の組織が対外的な情報戦略を担うべきではないか──。このような意見が、他ならぬ中央情報局局長ハイドリッヒ・マネリスク及び情報公安委員会委員長レオポルド・エンリケ・ザイドリッツから連名で内閣に提出されると、議論は本格化した。かくして、後の工作員たちから情報革命と呼ばれる大きな変化が訪れる。
二年間の議論の末、成立した法律を国家機密情報取扱法という。施行されるに合わせ、かつての情報管理法は廃止された。中央情報局と情報公安委員会は合併して新たに特別情報庁を作り、外務省及び司法省いずれからも管理を外れ、内務省の外局となる。中央情報局のマネリスク局長と情報公安委員会のザイドリッツ委員長は現役を退き、旧情報公安委員会副委員長のカール・ラインホルトが、特別情報庁長官の任に就いた。神暦五九四六年のことである。
特別情報庁の手腕は、称賛されるべきものだった。工作員の活動はより柔軟になり、諜報防諜いずれにも従事できる者も現れた。組織の拡大に伴い予算や人員が大幅に強化され、訓練場の整備や高精度な道具の開発供与、また工作員学校の指導充実などが行われた。
人的資源の強化──それは
特別情報庁の最も一般的な入庁方法は、資格を持つ現役工作員などによる
しかし時間がかかりすぎる。入学から卒業まで、平均で三年。過程上、早くても一年はかかるし、留年を繰り返して四年間在学した者や、成績不良者は即退学が規則。卒業者の割合は入学者全体の二割にとどまり、不安定な道程になる。
対して、『ひろいもの』と呼ばれる例外的な入庁方法も認められている。それは、現職で三等以上の階級にある現場工作員による斡旋勧誘──しかし決定的に異なるのは、向かう先が工作員学校ではなく、特別情報庁本部でもなく、活動中のスパイチームであるという点だ。
無論、協力者として募ることの方が圧倒的に多い。しかし協力者ではなく、工作員として雇った方が都合がいいこともある。あるいは、有用な協力者が、このような方法で工作員になる例も、しばしば見られた。
新暦五九九二年にも、いわゆる『ひろいもの』で特別情報庁のスパイチームに加入した者がいる。書類上、一八歳の青年だ。
コードネーム『
日常を送る上で名乗る名を、
主コメ
本編一回分はこれよりやや短くする予定です。
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