公爵令嬢、リザルドに宝石を与える

 ザラトーイがまさかドラゴンへと変化へんげしていたせいで結構な騒ぎになったものの、サンクトゥルシアの観察眼によって事無きを得て避難していた従業員もカルペディエムの先導でパラパラと戻り元の作業を再開している。

 サンクトゥルシアは抱えていたザラトーイを片手抱きに変えて肩に乗せてバランスを取り、その空いた左手にカルペディエムがザラトーイのために手配したガーネットを置いた。

 それが見えやすいようにリースの顔の前までサンクトゥルシアは左手を持ち上げる。

「これ、今与えても良くって?」

「ん? ああ、そういやザラトーイにガーネットを与えるのに来たんでしたっけ。いいんじゃないすか?」

「ちょっと投げやりね?」

 普段は取り繕っている口調と態度が崩れるくらいにはリースが疲れているのはサンクトゥルシアも良く分かっているので揶揄するように声を転がすだけで、本気で叱責するつもりは微塵もない。

 いつもならリースの方が勝手に動揺して慌てるところだが、本当に疲れている厩務員は苦笑いを浮かべてお茶を濁すだけだ。

「お嬢様がザラトーイに驚いてないなら、他に気にすることなくないっすか?」

 確かにリースの言う通りにサンクトゥルシアは泰然自若としているので、今日だけは揶揄い甲斐のないリースに肩を竦める。

「ザラトーイ、ほら。お召し上がりなさい」

 サンクトゥルシアは左手にちょこんと乗った大粒のガーネットをザラトーイの鼻先まで持ってくる。

 母親であるニアクリスタルと卵から孵る前から隔離されていたザラトーイにとっては生まれて初めての宝石である。

 ザラトーイは興味深そうにガーネットの匂いを嗅いでいる。サンクトゥルシアを始め、人間には宝石の匂いなんて判別出来ないがリザルドには何か分かるものなのだろうか。

「またでっかくて高そうなガーネット持ってきましたね?」

 ザラトーイがなかなか食い付こうとしないのでリースにもサンクトゥルシアが手にした宝石を眺める時間が生じていた。

 リザルドは宝石や鉱石を取り込んだ量以上に析出する。他の食糧から宝石や鉱石と同じ成分を体内で精製・合成して増幅するからだ。

 ハイランディア王国はそうやってリザルドから多くの宝石や鉱石を産出して国家事業としているが、それでも流通に上がってくる大半は爪の先程の大きさでも高級品だ。手の平に乗せてまだ存在感を放つほどの宝石は上流貴族しか手に出来ないし、下手な貴族であれば家宝として大切に管理されるだろう。

 そんなこと言ったら目の前のお嬢様は正に最上位の貴族であるので、リースの呆れ顔は相当に的外れではあるのだが。

「急いで取り寄せたからそこそこのものしか用意出来なかったのだけどね。せっかく最初に与えるのだから手の平に納まらないくらいのものを用意したかったのだけれど」

 サンクトゥルシアの言い分がこれだ。

 彼女の言うようなガーネットが発見されたら歴史書に記載されて然るべきものだ。

 最早リースには付いていけない金銭感覚で、頭痛を抑えるために額に手を置く。

 そんな話をしている間に、ザラトーイがやっと本能に体が直結したようで、がぶりとガーネットを咥えてそのまま丸呑みにした。

「ねぇ、ザラトーイがガーネットをそのまま飲んじゃったんだけど、喉に閊えて窒息したりしない? 平気なの?」

 サンクトゥルシアが目を丸くする腕の中で、当の仔リザルドは大きく開けた顎の据わりが悪いのかあぐあぐと口を開け閉めしている。

「平気です、平気です。リザルドは喉が広いんで、口に入る大きさだったら丸呑みして胃袋まで落っこちます。蛇と同じと思ってください」

 流石悪食で知られる種族である。こと食べるという分野では他の生物と比べ物にならないくらいに問題が起こらない。

 やがてザラトーイは顎の違和感がなくなったのか、欠伸を一つしてサンクトゥルシアの腕にぴったりと顎を乗せて微睡み始める。

 サンクトゥルシアは目を細めてザラトーイの乗る腕を揺らしてやった。

「宝石が析出してくるのは二週間くらい掛かるのよね?」

「そうですね。まぁ、どうしても不純物も出てきますけど、研磨してギリ大会には間に合うかと。ところで、こいつ、大会に出すんです?」

 リースが問う意図はサンクトゥルシアにも伝わった。

 大会中にザラトーイが間違ってドラゴンに変化でもしたら大事件だ。下手をしたら王軍の出動から討伐まで起こるかもしれない。

「リースはどう思う?」

 悩んだ時はその道に精通している者に意見を伺うのがサンクトゥルシアの常だ。

 リースは細い顎を手で擦って思案する。

「んー、ザラトーイはお嬢様の言うことは良く聞くんで、すぐにコマンド訓練すれば人前でうっかり、はなくなるとは思いますね。そういう意味じゃ大会に出すのがそんなに不安でもないですけど」

 リースがまだ言いたいことがあるのは明らかだったので、サンクトゥルシアは視線だけで続きを促した。

「万一もあるんで、むしろ大会に出さずにお嬢様とずっと一緒にいさせるのも手だとは思うんすよね。三時間以上かかる大会でずっと大人しく人に抱かれているってんなら、十分訓練の行き届いてる、しかも生まれたばっかの子供が、って古参牧場の連中も目は見張るでしょうし」

 さらに他の出展する兄弟の添付情報として、一緒に生まれた全てのリザルドの鑑定結果を出してもいい、とリースは付け加える。

 それは母体の有能さを示すためにどこの牧場でもやっている手法であるし、鑑定結果だけでも六匹の仔リザルドの優秀さは読み取れる。

 どの個体を出したとしてもそれだけで他の個体の価値も見せ付けられる訳だ。

「もちろん、大会に出すメリットもありますよ。国宝リザルドに関する許可申請には公的な評価で審査されますからね。一つでも多くの大会で表彰されるのはそれだけ目標に近付きます」

 ニアクリスタルも生まれた直後の品評大会で最優秀の評価をされたからこそ、七歳という最短ルートで国宝リザルドの繫殖相手に選ばれた経緯もある。

「でも大会は出そうと思えば地方とかでも権威あるのがちょくちょく開かれるんで、後回しでもいいちゃいいです」

 それもリースの言う通りだとサンクトゥルシアは深く頷く。

 結論的には、どっちでも良いのだから、サンクトゥルシアの懸念を第一にして決めていい、という身も蓋もない話に行き着く。

「リースは逆に、出すならどの子を出せばいいと思う?」

 なのでサンクトゥルシアは今度は視点を逆にして問いかける。

 リースはそうですね、と一呼吸置いてから考えを言葉に変えた。

「ニアクリスタルと一緒に出す必要があるので、ニアクリスタルに任せている子供の方が落ち着いて大会に出れると思いますね。あと、せっかく隔離しているのに大会の間にニアクリスタルの水晶を齧るかもしれないってのもあります。あえて言えばシリェーブは出しちまった方がいいかもですね」

「どうして?」

 リースの言い分は途中までは三匹のどれでも、なんならまとめて出してもいいくらいの口振りだったのにシリェーブを特別取り上げる意図はなんなのかサンクトゥルシアは問い質す。

「シリェーブは競争の素質があるでしょう? だったら早いうちに……そうだな、来年の頭には競争飼育のとこに出した方がレースで活躍出来ます。育て方が丸っきり違うから絶対に専門のとこの方がいいです。そんでシリェーブがレースで頭角を現せば、ニアクリスタルの母体としての評価が上がります。品評会とレースじゃ求められる才能が全く別なのに、あのリザルドから生まれた子供は幅広い才能を発揮する、とね」

 ニアクリスタルの母体としての有能さが評価されれば連動してニアクリスタルの子供達に期待が高まり評価が上がるというわけだ。

 ニアクリスタルの子供ならば、と国宝リザルドに選定される可能性も高まるだろう。

「だから俺はシリェーブは早くレースの道に出すべきだと思いますね。それに一頭減ればその分牧場に余裕が出て残ったやつの面倒に手をかけられますし」

 国宝リザルドを生産するのがどれだけの困難か、ニアクリスタルをずっと世話してきたリースは身に染みて体感している。

 その中で無駄なことに掛けている労力などない。

 現在後継のいない国宝リザルドは五体、その中でその中で高齢で代替わりが近いにはピュアクリスタルリザルドのみ、遺骸だけ残されていて現在は空位になっているのが二個体だ。サンクトゥルシアが目指すのは多くてもこの三個体になる。

 逆を言えばそこに繋がらないリザルドの世話は全て徒労と言える。無論、全てが思い通りになる訳ではないので、そこは結果論でしか語れないのだが。

「競争に向いたリザルドが国宝リザルドに選ばれるのは、まぁ、ないんじゃないかなと」

 しかしそうであってもシリェーブの素質は国宝リザルドとは別ベクトルだとリースは考えている。

 もしシリェーブを国宝リザルドにするなら、それこそ全く新しく功績を上げて枠を増やすくらいしか道が見えない。

「なるほど。もう少し考えてみるわ」

 リースの意見はとても参考になった。

 大会で得る功績をとってなるべく早く選定を勝ち取るか、遠回りになっても安全策を取るか。

 ザラトーイに限らず、どの子のこともしっかりと考えなければならない。

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