公爵令嬢、ライバルの情報を洗い出す
センぺドミニカ公爵家の居城の中には、サンクトゥルシアのための執務室もある。そこはそこらの地方領主の執務室と匹敵する程の資料が納められていて書類が往来している。
サンクトゥルシアがラスカスから請け負っている事業は、流通に関わるものが多い。王都ガナドラルクスの北に広がる森を領地にするセンぺドミニカ王都郊外領は、王都の壁であると同時に門でもある。そこを通過するものは人であろうが物品であろうが、全てセンぺドミニカ公爵家の許可を必要としている。
その中で特に商品価値の高いものは積極的に誘致して、逆に自領や王都の経済を脅かすものは排斥する。言葉にすればこれだけであるけれど、誘致と排斥の見極めは非常に難しい。
それを的確に、そして細やかに関税を操作して市場を発展させたことこそ、サンクトゥルシアが議会の上位に居座る老齢貴族達にも一目置かれるようになった業績だ。
「お嬢様、失礼します」
今も半年に一度の関税の見直しを一品ずつ決めていたサンクトゥルシアの元に、カルペディエムが入室してきた。
「口座から金貨を引き出してきました。また、品評会に出展されるリザルドの中で目ぼしいものの情報も纏まりました」
カルペディエムが頼んでいた仕事の結果を持って来たと聞いてサンクトゥルシアはちらりと手元の書類から彼へと目を持ち上げる。
「少し待ちなさい」
片手間に聴けるものではないので、サンクトゥルシアは区切りの良いところまでペンを走らせるのを優先させる。
カルペディエムはサンクトゥルシアが仕事に区切りをつけるまでの間に、休憩も兼ねられるように紅茶の支度をしていく。
二人は全く同じタイミングで手を止めて向かい合った。
「どうぞ」
「ええ。では、聴かせてちょうだい」
サンクトゥルシアが差し出したカップに口を付けるのを待ってからカルペディエムは口火を切る。
「二ヶ月後、五月末に行われる品評会ですが、王都近辺の飼育者が殆どで地方からの出展者は少ないですね」
この品評会はその年に出産されたリザルドが移動に耐えられるくらいに成長する頃に開かれる。これは出産されたリザルドの価格を見定めて、場合によってはこの場で売買取引が行われることを目的にしているからだ。
地方からの出展が少ないのは幼くてはリザルドであっても遠征のリスクが大きいからである。
また規模は大きくはないが子供だけではなく五歳まで各歳のリザルドの品評も行われる。
部門を並べると、出産後の母親個体部門、母親と子供が同時に品評される親子部門、満一歳、二歳、三歳、四歳、五歳の各年齢部門である。
また別日程では種竜となるオス個体を品評する大会も同様に行われる。
その中でサンクトゥルシアがカルペディエムに調べさせたのはずばり、国宝リザルドの後継となりそうなライバルがいるか、である。
「親子部門に出て来る者で国宝リザルドの後継資格を持つのが、シンクサファイアリザルドの孫であるこちらですね」
カルペディエムが差し出した紙をサンクトゥルシアは指先で受け取る。
ぴらりと書面を確認するとそのリザルドはゲムリザルディア子爵の牧場で繁殖した個体で、母親は国宝リザルドの後継申請に落ちたが母体としては有力視されているようだ。
そもそも国宝リザルドの血を受け継いだ子供か孫という条件を満たす個体は国内でも有数である。宝石系の国宝リザルドの後釜を担うにあたってゲムリザルディア子爵の名前が出て来るのは至極当然である。
なお、ハイランディア王国でゲムリザルディア子爵家と並び、鉱石系リザルドの生産を継承しているメタリザルディア伯爵家は飼育牧場が地方に存在しているのでサンクトゥルシアが参加予定の品評会での出展はない。
近いうちにメタリザルディア伯爵の
少し古い記憶にはなるけれど、一昨年の社交界で当主の弟がタウンハウスに住み込んで管理していると聞いたのを思い出す。
金属の装飾品で煩いくらいに身を飾った軽薄そうな男だったが、話してみると意外に誠実で年頃の女であるサンクトゥルシアに対しても色目を使ってこないのが好印象だった。最も、あれは色欲よりも物欲の方が強いだけ、とも言葉の端々から感じ取れたくらいには俗物ではあったけれども。
「もしこの品評会に出て来た子が見込みがあるなら、使い道のないサファイアを幾つかゲムリザルディア子爵の牧場へお祝いとして贈ろうかしら」
「リストは作っておきましょう」
サンクトゥルシアは敵に塩を送る、と言った訳ではない。
サンクトゥルシアが狙っているのはカーディナルブラッドリザルド、そしてその行程でピュアクリスタルリザルドも生産出来るか、というものである。
シンクサファイアリザルドは彼女にとっては一旦脇に置いておけるのである。
ならば他所の優秀な個体にはそちらへの進化を後押しして、自分が狙っている席は空けておいてもらおうと、そういう戦略だ。
「それと、五歳部門の方でありますが、気になる出展者がいます」
そう言いながらカルペディエムが差し出してくる次の書類をサンクトゥルシアは受け取った。
「ああ……ソルティの民の次期党首」
その出展者はシオン・ソルティ。サンクトゥルシアが零した通り、塩の
それというのも、ソルティの家系は当主と次期当主のみ、王族と同じ扱いをすると定められているのである。ソルティ家の祖はハイランディア王国の建国時に王妹であった人物であり、王位継承権を捨てて平民へと降りた。
そして初代ソルティ当主は塩の結晶を身に纏うリザルドの生産を代々継承するように子孫に伝えたという。なぜならハイランディア王国が出来る前、流浪の民であった彼らが過酷な放浪で生き延びられたのはリザルドから塩を得られたからだ。
ハイランディア王国建国以前から重宝され建国時には国宝とされた三体のリザルド、その内の一体こそがライフフルソルトリザルド、塩の純結晶を輝かせる命を象徴するリザルドなのだ。塩の臣の一族はこのライフフルソルトリザルドを代々輩出して使命を果たしている。
「ライフフルソルトリザルドは後継個体がいるけど、今回出展される個体もその血を継いでいるのね」
「ええ。シオン・ソルティ閣下の思惑は分かりませんが、他の国宝リザルドの後継となる資格は持ち得ています。そして、その資質も議会が拒否をするようなものではないでしょう」
国宝リザルドの後継個体は既にお互いに交配が進んでいて、どの個体であって全ての国宝と選ばれた始祖へと血が遡れるようになっている。
ライフフルソルトリザルドの子供であっても他の国宝リザルドの後継となる可能性は高い。ましてや歴代国宝リザルドを生み出した功績を誇る家のリザルドであれば、権威を頼りにする議会の老人共が諸手を上げて喜びそうなものだ。
「シオン・ソルティ、ね。話したことはないのよね。向こうが、自分は平民でお貴族様と話す立場ではありません、って態度だから」
事実、シオンは三年前まではまだ次期当主に選ばれていなくて平民の立場だった。ソルティ家の者は国宝リザルドの世話をするのに王城へ上がることもあり、サンクトゥルシアも何度かシオン本人を見掛けたがお互いに声を掛けることはなかった。
「品評会の際に少し話せればいいのだけれど」
貴族の結婚、ましてや王族の婚姻は本人の意向なんてまるで意味を持たない状況に陥りがちではあるが、サンクトゥルシアはそれでもまずは本人の考えを聴こうというつもりである。
本人がその気がないのなら、婚姻の話を破綻させるのに協力も出来るからだ。
「でも、目ぼしいのはそれくらいなのね?」
「ええ、そう思います。何よりも先ずニアクリスタルを手中に収めたお嬢様のご判断は的確だったと証明されましたね」
「油断は大敵よ」
敵は目に見えている一人一人だけではなく、その奥の影で蠢いている巨大な者達もいる。それら全てねじ伏せて自己を押し通すのが貴族社会ではどんなに難しいか知っているサンクトゥルシアは、しかしそこにこそ闘志と意欲を燃やして碧い瞳を輝かせていた。
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