第33話 殴り合い
「大体、俺はお前が気に入らないんだっ」
ラッシェルがロェイに噛み付く。
「いつもポーカーフェイスでよぉ、何考えてんのかちっともわかりゃしねぇ!」
「はぁ? そんなのお前に関係ないだろうがっ。俺はお前みたいに感情駄々漏らせるほど子供じゃないんだよっ」
ロェイも負けじと言い返す。
「いい加減くだらない言い合いはよせ!」
サントワが割って入れば、
「あんたはいつだって偉そうだなっ。死にたいと思ってるやつには見えねぇぞ?」
ラッシェルが余計なことを口にする。
「な……んだとっ?」
最初に手を出したのはサントワだ。ラッシェルの頬に一発、拳を叩きこむが、ラッシェルは腕をクロスさせてそれを受け止める。
「ほぅ、やる気か、おっさん……。この前の借りを返す時が来たなぁ!」
ラッシェルの目がきらりと光る。
「俺も一度、手合わせ願いたいと思ってたんだよっ」
ロェイまで腕まくりを始める。
「ちょっと、こんなところで揉めてる場合じゃ」
エリスが割って入れば、
「うるさい! 元はと言えばエリスのせいだろうっ?」
ロェイがエリスを突き飛ばした。
「きゃっ」
そのままよろめき、地面に倒れ込む。
「てめぇ、よくもエリスちゃんにっ」
今度はラッシェルがロェイに拳を突き出し、ロェイの頬に命中。ロェイが倒れ込むと、ラッシェルがその上に馬乗りになる。
「やめてよ二人とも!」
フラッフィーがラッシェルの腕にしがみつく。
「うっせぇなチビ! 退いてろっ」
ラッシェルが腕を払い、その勢いでフラッフィーが転がる。
「子供相手に何してるんだっ」
サントワがラッシェルの襟足を掴み、ロェイから引き剥がすと、もうそこからはめちゃくちゃだった。サントワに向かって放たれるラッシェルの蹴りをサントワが躱し、起き上がったロェイがラッシェルの背中に体当たりを仕掛け、三人がなだれ込むように倒れ……
そんな男たちを軽蔑の眼差しで見ていたエリスは、立ち上がると、泣き出してしまったフラッフィーに駆け寄った。
「いらっしゃいフラッフィー。ここは危ないわ」
立たせ、歩き出す。
「待ってエリス! どこに行くのっ? ロェイたちは?」
「あんなの放っておけばいい」
さっきまで無性にイライラしていた。だが、エリスの感じる今のイライラは、さっきまでのものとは違う。自身が突き飛ばされたこともだが、押し退けられ転んだフラッフィーに対して、誰も何も反応をしないことに怒りを覚えていた。
「でもっ」
三人の身を案じるフラッフィーの頭を撫で、数歩進んだところで歩みを止める。
「……ねぇ、オルガは?」
エリスがフラッフィーに訊ねた。
「え?」
辺りを見渡すが、姿がない。
「ゼンもいないじゃない……。まさかっ」
エリスの表情が険しくなる。そしてフラッフィーを置いて駆け出した。もしゼンがオルガを連れ花を見つけてしまったら……。
「エリス!」
走り出したエリスの後ろ姿を見、フラッフィーは、あとを追うべきか一瞬迷う。が、振り返れば殴り合う男三人の姿。このまま放っておくわけにはいかなかった。フラッフィーは涙を拭うと目を閉じ、奇声を発しながら三人の中へと突っ込んだ。
無性にイライラしてきた。なんでこんな大事な時に、大の男三人は馬鹿みたいに殴り合っているのか。
「キェェェェェ!」
奇声を上げ突っ込む。ドン、とぶつかるも、簡単に跳ね返されてしまう。しかし諦めるわけにはいかない。
「んもぉぉっ、いい加減にしなさいよっ! このバカーッ!」
誰かの腕を掴むと、思いっきり噛み付いた。
「痛ぇぇぇぇ!」
どうやらロェイの腕だったようだ。
「こんなことしてる場合じゃない! 見てごらんなさいよっ。オルガがいないの!」
力の限り叫ぶと、サントワの動きがぴたりと止まる。
「なに……?」
つられてロェイもラッシェルもその動きを止めた。
「あんたたちがバカみたいに喧嘩なんかしてるから、オルガ、いなくなっちゃったんだからね!」
涙声で怒鳴ると、サントワが慌てた様子で辺りを見る。
「オルガ!」
名を呼ぶも、返事はない。
「ちくしょうっ」
サントワが叫ぶ。
「ゼンもいないじゃねぇか! まさかあいつ、抜け駆けするつもりなんじゃ」
ラッシェルが息巻く。
「なんだとっ?」
サントワが目の色を変え、走り出した。
「おい、おっさん!」
ラッシェルがあとを追う。
「おい、ラッシェル!」
走り出しそうになるロェイの腕をフラッフィーが掴む。
「ロェイ!」
泣きそうな顔でロェイを見上げる。
「……あ」
見れば、膝から血が出ている。さっきのいざこざで怪我をしたのだ。頭の奥がスーッと冷えていく。
「フラッフィー……ごめん」
段々と頭がクリアになってくる。さっきまでカッカしていたのが嘘のように、熱が冷めていく。なんであんなにイライラしていたのかわからない。フラッフィーに怪我までさせて。
ロェイはパンッと自分で自分の頬を叩くと、しゃがんでフラッフィーに背を向けた。
「乗って」
「え?」
「オルガを探しに行こう」
背を向けそういうロェイは、いつもの彼だ。
フラッフィーは小さく息を吐き出し、安堵する。自分の中のイライラも、いつの間にか冷めていた。
「うんっ」
半ば飛び込むようにロェイの背に乗る。
「よし、行こう!」
立ち上がると、ロェイはラッシェルたちが走って行った方へと足を向ける。
一体何だったのか。
止めどなく流れ出る、悶々とした不満があった。だが、何にそこまで腹を立てていたのかわからない。エリスが勝手な行動を取ったから……それは確かにそうかもしれない。何があるかもわからないこの島で、勝手な行動を取られたら皆が困る。だが、そこまでイライラすることだったのか? その後の、ラッシェルやサントワとの殴り合いはなんだ? ラッシェルも気の長いタイプではないが、手を出すようなことは今までなかった。サントワもそうだ。
(やっぱりこの島には、なにかあるんだ)
青の霧のような、人をおかしくさせるようなものが。
しかし……
(凪なのに……)
ロェイは無意識に眉をしかめていた。
自分は凪だ。青い霧でさえも、自分には影響を及ぼさなかった。どうして自分の凪が発動しなかったのか。いや、発動しているのか?
フラッフィーやエリスは、自分たちほどおかしくなっていなかったようにも見えたが、それは何故なのか。
「なんなんだ、ここはっ」
小さく呟いた。
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