第25話 不老不死

「……サントワ、あんた」

 ロェイが放心状態のサントワに声を掛ける。ラッシェルに頼み、オルガは船室へ連れて行ってもらった。彼女のことはエリスとフラッフィーに任せてある。皆が姿を消したところで、甲板に座り込んでいるサントワに声を掛けた。

「なんだ?」

 サントワは肩を震わせ、ゆっくりと顔を向けた。まるで感情のない人形のように、心の読めない瞳。

「あんた、死にに行こうとしてるのか?」

「……何の話だ?」

 誤魔化しているつもりなのだろうが、感情のなかった瞳が一瞬揺れたのを、ロェイは見逃さなかった。間違いない。


「さっきのオルガの言葉を聞いて推測するならば、あんたはあの花を使って死のうとしている。そしてオルガはそれを止めようとしている……違うのか?」

 生きてほしい、いなくならないでほしい、確かにオルガはそう言っていた。

「なにを言って……」

「教えてくれ」

 サントワの言葉に被せるように、ロェイ。

「教えてくれ。あの花は本当に願いを叶えてくれる花なのか?」

 真剣な眼差し。じっとサントワの目を見つめる。

「……そうでなかったらどうする?」

 意味深な、響き。

「俺は、俺の願いを叶える為にあんたに同行することを選んだんだ。もし、あの花が俺の願いを叶えてくれないんだとしたら、行く意味がない」

 ロェイがキッパリと言い放つ。


「願いとは?」

「……俺は、凪の力を捨てたい」

 グッと拳を握り締め、ロェイ。

「凪の力を捨て、普通の人間として生きたい」

「……なるほど」


 凪の力は、サントワも初めて見た。話では聞いたことがあったが、争いごとにおいてこの上なく便利な殺戮兵器。それが一般的な「凪」の認識だ。それを捨てたいと言うロェイの気持ちは理解出来る。


「花についてはまだ謎が多い。実際、オルガの力で花を咲かせることが出来るのかも明確ではないし、俺の知る情報が本当なのかどうかも……。正直、今は信じていた希望の光が閉ざされている気分なんだ」

 溜息をつく。

 オルガが花を咲かせないつもりであるならば、この船にいる全員が希望の光を絶たれることになる。サントワだけの話ではなかった。


「オルガは花を咲かせるために必要だって言ってたな。それはどういうことだ?」

 あの花について、ロェイは何も知らない。つい昨日まではただのお伽噺だと思っていたくらいだ。

「オルガは……あの花を咲かせることが出来るチジリ族の血を引いている唯一の人間だ。オルガがいなければ花は咲かない。俺の認識では、そうだ」

 だが、確証はない。ただ伝説に基づいてそう判断しただけなのだ。


「チジリ族……初めて聞くな」

「各地を転々としている流浪の部族だ。どうしてチジリ族でなければ花を咲かせることが出来ないのか、それも知らない。だが、代々そういう風に伝承されているのは確かだ。あいつは最後の生き残りなんだよ」

「最後の?」

「女でなければ花を咲かせることはできないらしい。チジリ族の女性は短命だ。しかも閉ざされた地区で近しい人間だけで子を成していた。そのせいで出生率も下がり、無理な出産を繰り返すことで、結果的には女性が極端に減った。」

「は? それって」

 どんどんいなくなる女性。閉鎖された中で生きる一族。つまり、

「女は子を成す道具だ」

「はぁぁぁ?」

 背筋が寒くなる。

「そこまでして、花を咲かせるために子を望みながら、チジリ族は花がどこに咲くかも知らない」

「じゃ、なんのために……?」

「さぁな」

 顔をしかめ、サントワが言い捨てた。


「最後の一人であるオルガを攫ってまで死にたかったのか?」

 強い視線を向ける。サントワは答えなかった。ただ、じっとロェイを見つめているだけ。そして諦めたかのように視線を外すと、溜息混じりに答えた。

「……信じるかどうかは知らんが、俺は不老不死だ」

「……はぁ?」

 あまりに唐突な内容に、ロェイが脱力する。

「わけあってそうなった。俺は、もうこの命を終わらせたい。あの花は俺の願いを叶えてくれる花だ。しかしあんたの願いを叶えてくれるかはわからん」

「……どういう意味だよ?」


 彼の意図することが見えない。言葉の通りに捉えれば、花は死ぬための毒だということになるではないか。それとも話を反らそうとしているのだろうか。サントワの真意が、見えない。

「……あんたは隠し事が多すぎる。言いたくないことを根掘り葉掘り聞こうとは思わないが、少なくとも知っている情報は共有したい。それと、嘘はやめて欲しいもんだな」

 少しきつい言い方で、ロェイ。

「嘘?」

 サントワが眉を寄せる。

「『不老不死だ』って? そんな話を信じるとでも思ってるのか?」

 腰に手を当て、ロェイ。すると、サントワは楽しそうに喉を震わせ、笑いだした。そしてポケットから折りたたみナイフを取り出すと、いきなり自分の腕に突き立てたのだ。

「おい! なにをっ」

 慌てふためくロェイを手で制し、

「見てろ」

 と呟く。

 しばらくすると、ナイフはひとりでに彼の腕から抜け出た。紅く染まった傷が時と共に塞がりはじめる。床に滴り落ちた血こそ残っているが、あとは元通り、何もなかったかのよう。


「……なん……だ、そりゃ」

 傷は塞がった。ロェイの、目の前で、だ。彼は自らを不老不死だと言った。つまり、確たる証拠を見せつけたわけだ。つまり、嘘などついていないのだ、と。

「そういうことだ」

 自虐的な笑みでそう言うと、ロェイの目をじっと見つめる。

「このことを知ってるのはオルガと、あんただけだ。他の奴らには言うな。わかったな?」

「……本当なのか。まさかそんなことがあるなんて」

 目の前で見せられなければとても信じられなかったろう。


「わかったよ。けど、なんだってそんなことに」

 聞いたことすらない「不老不死」の人間が目の前にいる。わけあってそうなった、とサントワは言った。ということは、途中までは普通の人間だったということなのだろう。

「これ以上話すことはない。……オルガの様子を見てくる」

「サントワ!」

 くる、ときびすを返す彼の肩に手を掛ける。


「……ナハスに」

 ロェイの手を軽く払いのけ、サントワ。

「え?」

「時間はあるのだから、ゆっくり考えればいい、と言われたんだ。……俺はあとどれだけ苦しめば楽になれる?」

 サントワは辛そうにそう言い残し、船室へと姿を消した。


「……そんなこと言われても」

 苦痛に満ちたサントワの横顔が、ロェイの心に突き刺さった。

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