第2章 龍は恐れる

     1


 クリスマスに近づいてくる。

 街が赤と緑と白に彩られ、クリスマスソングが響く。

 人々が浮かれているのがわかる。

 俺も初めてそんな感じだった。

 俺には意中の相手がいたことがない。

 意中になるべき相手を見繕われてたことならあるが本気になれなかった。

 それもそうか。

 女に興味がなかったんだから。

 シロに初めて会ったとき、視界が輝いて見えた。

 白くきらきら光っていた。

 年下がタイプだとか、モデルのようなイケメン顔がタイプだとか、そうゆうことではない。

 シロの存在が俺の世界をごっそり変えた。

 毎日が楽しくなったし、生きている意味もわかった気がした。

 全然違う。

 生きている実感がする。

 毎日20時が待ち遠しい。

 シロは学校が終わると、兄弟のために買い物をして、夕食を作る。

 そうしてから俺のところに来る。

 カネをもらいに。

 俺は毎日しなくてもいいのだが、シロが見返りを気にするので仕方なく付き合っている。

 シロは、気持ちよさそうにはしない。

 いつも何かに耐えているような苦痛な表情、もしくは快楽と艶っぽさを演技している。

 それはそうか。

 女の子のほうが好きと言っていた。

 せっかく好きな人を見つけたのに、相手は俺に一切興味がない。

 こんな悲しいことがあろうか。

 宝飾店を通りかかる。

 俺の所有の証を与えたい。

 そんなことをしてもシロは手に入らないのはわかっている。余計に虚しいだけだ。

 ――自分は犬だから。

 いっそ首輪か。

 SM用のギラギラしたグッズじゃなくてもっとお洒落なやつ。

 チョーカ。

 鎖が付いてるやつ。

 買ってしまった。インターネットは便利だ。

 クリスマスまで隠しておくつもりが、シロが目敏く見つけてしまった。

 クリスマス当日まであと三日以上ある。

 土曜日。

「え、なんすか、これ」シロがプレゼントの包みを持って俺に見せる。「まさか」

「見なかったことにしてクリスマスまで待ってくれないか」

「やっぱ俺用すか」シロが言う。「気のせいじゃなかったらジャラジャラいってません?」

「気のせいだ」

 シロと寝たが、シロはいつもより気がそぞろで全然集中していなかった。

「一応、買ってる身だからな?」

「いや、プレゼントとか言われたら気になりません?」シロが言う。眼線がプレゼントを隠していたクローゼットを見ている。

「見たいか」

「そりゃもう」

 仕方がない。クリスマスに会える約束だってしていない。兄弟たちと過ごしたいだろう。

「開けていい」

「やった」

 チェーン付きの黒い首輪。

「えっと?」シロが俺と首輪を見比べる。「そうゆうシュミがおありで?」

「趣味じゃない。お前に似合いそうだと思っただけで」

「ああ、なるほど、オプションてことすね」シロはいそいそとチョーカを首に付けた。そして、クローゼットから俺のワイシャツを出して羽織った。「こうゆうことすね」

 それは、

 反則だ。

「どうぞ? ご主人さま?」シロが鎖を俺に握らせる。「散歩でもします?」

 ぐい、と引っ張ったらシロの喉が鳴った。

 強く引っ張りたくなる。

 シロは床に跪いて犬のように振舞っている。

「今日くらい、俺の物になれ」

「はい。じゃなかった。ワン」

「犬じゃないほうがいい」

「はーい」シロが言う。「仰せのままに、龍さん」

 床に押し倒した。

 我慢できなかった。

 今までで一番手ひどく抱いてしまった。最初から最後まで床で。獣のように後ろから突きまくった。

 尻尾も買えばよかったか。

 シロは気を失って眠ってしまった。

 身体を拭いてベッドに運ぶ。白いスウェット(シロが泊まったとき用に用意してある)に着替えさせて、毛布と布団を掛けた。

 隣で寝るとさっきの情景を思い出すので、頭を冷やすために俺はソファで寝た。

 夢を見た。

 シロが俺の隣で笑っている。

 シロは頭がいいから顧問弁護士にでもなってもらう。

 俺の傍でずっと微笑んでいる。

 あり得ない。

 あってはならない。

 シロは俺の世界に来てはいけない。

「大丈夫すか?」シロが逆さに見えた。「うなされてましたよ」

「お前こそ。悪かった。ちょっと調子乗った」手を伸ばしてシロの白い頬に触れる。

 冷たい。

 シロは、抱いても抱いても全然温かくならない。

「確かに痛いっすね」シロが自分の臀部を撫でる。「龍さんのでっかいんで。手加減して下さいよ」

「そうゆうことを言うな」

 シロはまだ首輪をしている。

「さすがに学校行くときは取りますけど、ここにいるときはしててもいっすよ。オプションなんで」

 じゃら、と鎖が揺れる。

 やばい。

 なんでこんなに興奮しているのか。

 喉が渇く。

 身体が熱い。

「もう一戦、します?」シロが鎖を俺に握らせた。














     2


 結局盛り上がって、追加一戦じゃ済まなかった。

 翌朝7時。

 日曜日。

 シロはぐっすり眠っている。

 随分無理をさせてしまった。

 サラサラの髪の毛を撫でる。起こさないようにこっそり。

 朝食は作れそうにないので、シロの寝顔を栄養に見つめることにする。

 可愛い。

 カッコいい。

 綺麗。

 美しい。

 顔面偏差値は、本当にトップモデルか人気俳優にも負けないのではないのだろうか。

 そのシロをクリスマス前に俺が独り占めしているという独占欲。

「愛してる」

 思わず呟いていた。

 聞こえていないはず。まだ起きてはいない。はず。

「聞こえてるんすけど」シロがぱっちりと眼を開けた。「なに気持ち悪いこと言ってるんすか」

「悪い」

「謝るくらいなら言わないで下さいよ」シロが眉を寄せて言う。「なんでそんなに俺なんかに本気出してんすか」

「いや、シロは綺麗だよ」

「肉便器にそんなこと言われても」

「そんな言い方をしないでほしい」

「龍さんだって俺の身体が目的なくせに」

 そう言われても仕方がないくらい、昨日は盛り上がってしまった。

 盛り上がったのは俺だけで。

 やっぱりシロは演技をしてくれているだけで。

 気持ちよくなんかないのだろう。

「身体は売ってくれなくていい。悪かった。クリスマスの日、25日。いつもと同じ時間に待ってる」

「クリスマスは兄弟と過ごします」

「だと思ったよ。それでいいよ」

 いつもよりちょっと多めに紙幣を渡した。

「ケーキ代にしてくれ」

「ありがたくもらいます。あざーっす」

「シロが迷惑じゃなければ」

「なんすか急に改まって」

 これ以上はいけない。

 これ以上巻き込んではいけない。

「年明けから、来てくれなくていい」

 シロから表情が剥離する。

 そうゆう演技が本当にうまい。

「あの、え? 俺、クビすか?」シロが焦ったように距離を詰めてくる。「え、別にいいっしょ? 一緒に過ごしたりとか、あ、もっとよがらないといけないすよね。ごめんなさい。もっと気持ちよくもさせますので。だからお願いです。捨てないで。お願いします。嫌なんです、便器に戻るの」

「どういう意味で言ってる?」

「え?」

「これ以上一緒にいるんなら俺の世界に来るも同義だ」

 やめろ。

「俺の背中を見ただろ? そうゆうことだ」

 やめろ。

「俺の側近になるか」

 やめてくれ。

 シロが困っている。

 拒絶反応を示している。

 知っている。

 シロは、本当に嫌なとき。

 腕にブツブツが出来る。

 シロは腕を必死に撫でている。

「ごめんなさい」

「だろうね」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 誰と。

 俺を重ねている?

 まさか。

 シロがこんなことをするようになったきっかけは。

「シロ」

「俺もう用済みっすよね。要らないってことすよね。あーあ、けっこううまく行ってると思ってたのに。毎晩寒い中立ちっぱで男見繕わなくてよくなったってのに。これからもっと寒くなるじゃないすか。俺、風邪引きやすいんすよ。風邪引いたら稼げなくなるじゃないすか。兄弟たちに毎日美味しいもの食べさせてやりたいのに」

 シロは泣いていた。

 これがたぶん、シロが初めて見せた感情のようなものだった。

 シロはスウェットの袖で涙を拭って、首輪を外して床に放った。

「さよなら!」

 シロを追いかける権利も義務も俺にはない。

 その後。

 シロの家を突き止めてわかった。

 シロの本名。

 輪湖ワコ白光しろひ

 いい名前じゃないか。

 白光。

 次会えたら呼んでもいいだろうか。

 会うことなんか二度とないのに。

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