21.独り立ちの準備

 神官養成学校を卒業した私はまた地球人保護協会に戻ってきた。


「無事に卒業できて良かったですね。これで自立への一歩を踏み出したことになります」


 協会員のウィリーが嬉しそうにしている。異世界転移をしてきた地球人を自立させるのが仕事なのだから、仕事ができたことが嬉しいのだろう。でも、一々胡散臭い笑顔を見るのは飽き飽きだ。


「それで、私はどうすればいいの? 明日にでもここを出れるの?」

「まさか、今の状態で自立はさせられません。まだ、この世界のことも分からないでしょう? だから、これからしばらくは私が自立するための授業をします」

「はぁ……まだ自由にしてくれないの?」

「困ったことにならないためですよ。ユイさんはまだこの世界でどうすれば生活できるか分かっていません。それが分かっていない状態で自由にさせる訳にはいきませんから」


 どうやら、私はまだ授業を聞かないといけないらしい。早く解放されて自由になりたい。


 ◇


 それからウィリーによる自立をするための授業が始まった。まずは世界の事から学んだ。この大陸の事、国の事を軽く勉強した。大まかに世界の事が分かると、今度は実際に生活するために何が必要なのか学んだ。


 お金、これがないと生きてはいけない。お金を使うなんて前の世界じゃほとんど経験したことがない。私が小学校低学年の時にゾンビが現れたから、お金を使う経験は浅い。


 大切なのはお金の価値を知ることらしい。お金の価値は食事に例えられた。実際にお店に連れていかれて、そこでお金の価値を知った。白いパンは百オール、サラダは三百オール、一皿の肉料理は七百オールらしい。


 正直言って、良く分からない。この単位が多くなればなるほど、頭が混乱してくる。分かったことと言えば、百オールがあればパンが一つ買えること。小腹が満たせる金額だということだけだ。


 はじめはお金の価値は分からないかったけれど、色んなお店を見て歩いてお金の価値を少しずつ理解していった。これだったら、ただゾンビを倒していた方が楽だったかもしれない。


 お金の価値の勉強と平行して、生活についての授業もした。生活と言っても、私は今後冒険者という形で生きていくことになるから、主に冒険者になったらどんな生活になるかの話だ。


 定住しながら冒険者をするか、各地を点々としながら冒険者をするか。まずはどんなスタイルで冒険者をするか、という話になった。


 話を聞いて思ったことは、定住は面倒くさそうだということだ。定住するとその土地で人間関係を築かないといけないらしく、人から極力離れて生きていきたかった私には面倒なこと上ない。


 だから、各地を点々とする形で冒険者をすることにした。何かあったらすぐに逃げ出せるし、それに前の世界でも拠点は点々と移動していたしこっちのほうが慣れている。


 冒険者のスタイルが決まると、今度は詳しい生活の話になった。まずは寝泊りする場所、それは宿屋を紹介された。この辺は漫画やラノベに書いてあった通りだ。冒険者は宿屋に寝泊りして、冒険に出ていく。


 その冒険の先で魔物を倒して討伐報酬を稼いだり、依頼をこなして依頼料を貰ったりして生活をするみたいだ。アンデッドだけ相手にしていれば生活できる、という訳ではなさそうだ。


 まぁ、魔物もアンデッドも変わらないか。冒険者になったら、主に魔物討伐やアンデッド浄化でお金を稼げればいいと思った。


 そうやって自立後に何をどうしたら生きていけるのか、しっかりと考えた。そのお陰で自立してすぐに路頭に迷うことはない、と思うほどの自信をつけた。


 必要な知識を補えば、今度は必要な物を集める。冒険に一番必要な物、それは武器だ。アンデッドや魔物と対峙するならば、武器は必要不可欠。なので、今日は武器屋へとやってきた。


「ユイさんは年齢も低いので支度金は沢山でます。三百万オール、これがユイさんが使える金額になります」

「……それはかなりの金額じゃないか? そんな金額を一人に渡してもいいの?」

「そうです。地球人保護協会は資金が潤沢にありますし、大事な同胞が困らないように支度金が多く設定してあります。この金額で必要なものを買い揃えてくださいね」

「ふーん。なら、ありがたく使わせてもらう」

「それでは、私は外で待ってますね。いい武器が見つかるといいですね」


 お金を受け取った私は武器屋の中に入っていった。これだけのお金でどれだけのものが買えるか分からないけれど、私に合う武器があればいいな。


「らっしゃい! 好きに見てってくれ!」


 店頭では感じのいいおじさんが声をかけてくれた。私はそれを気にすることなく、武器屋の中を見て回る。私が前の世界で使っていた武器はバッドなどの鈍器系だ。だから、鈍器系の武器が欲しい。


 異世界に来たからって、剣や槍など使ったことのない武器を使うよりは、手に馴染んだ武器が一番のような気がする。何か、いい鈍器はないだろうか?


 そうやって店内を見て回ると、目の前に大きな物体が見えてきた。それは私の身長を遥かに超えるほどの大きさで、無骨な形をした鈍器らしき武器だった。


 その見た目に、心を奪われた。こんなにずっしりして、折れる心配のない、重量感のある鈍器は初めて見た。これを振るうことができれば、どんな相手でも叩き潰せるに違いない。


「お! この店のオススメ品が気になるのか?」

「これはどういう武器なの?」

「これは、メイスっていう殴打用の武器だ。これは特注品でな、圧縮金属っていう技術が用いられているんだ」

「圧縮金属?」

「金属の大きさを自由に変えられる技術のことさ。魔力に反応して、その形を変えられるんだ。見てろよ」


 そういうとおじさんはそのメイスを持った。そして、魔力を流し込むとメイスが金属音をかき鳴らして小さくなっていく。


「こうやって魔力を通して、大きさを自由に変えられるんだ。形も変えられるんだぜ」


 小さくなったメイスは今度は沢山の棘が生え、暴力的な見た目になっている。


「殴打が効かない相手にはこうやって棘を生やして攻撃することも可能だ」

「……それはいいね」

「だろ? ちなみに一番小さい形にしてみると、ブレスレットの形になる。普段使わない時は手首に巻いておけばいいんだ」


 普段はブレスレットにしておけば、嵩張ることはない、か。


「とにかく、すっごく良い武器なんだが、全然売れなくてなぁ。もし、お前が扱えるようなら割引して売ってやるぞ!」

「持たせてもらってもいい?」

「おうよ!」


 おじさんは元の巨大なメイスに戻すと、私に手渡してきた。手で受け取るとずっしりと重くて、先端を床に落としてしまった。普段の力じゃ持てないかもしれないが、私には身体強化の魔法がある。


 体を魔法で強化をすると、メイスは軽々と持ち上がった。それを軽く振ると、鈍い風の音がする。一振りでかなりの威力が出るみたいだ。


「ほう、身体強化か。それを使えば、簡単にメイスを振り回すことができるな。どうだ、気に入ったか?」

「……うん、いいね。これが欲しい」

「そうか! それで、いくらまでなら出せる!?」

「三百万オールまでなら出せる」

「三百万、三百万か……うーん……よし! 全然儲けは出ないけど、それで売ってやる! 残しておいても仕方ないしな!」


 どうやら、このメイスは三百万オールを超えるくらいの値段らしい。だったら、お得に買えたみたいだ。なんだ、買い物って案外簡単じゃないか。


 上手に買い物ができたんだ、ウィリーも何も文句はないだろう。


 ◇


「えー!? 買ったんですか!? 三百万オールで!?」


 ウィリーに買い物が終わったことを伝えると、かなり驚いた様子だ。上手に買い物ができて、驚いているのだろうか?


「ど、どうするんですか! まだ、買う物があるんですよ!」

「でも、お得に買えた」

「だからって、全額を使い切るなんて!」


 おかしい、上手に買い物ができたはずなのにウィリーの態度が悪い。一番大事なものに一番お金を使って何が悪いというのか?


「あー、もう! 仕方ないです、追加で支度金を出せるか確認してみます」

「なんだ、まだお金を出せるじゃないか」

「本当なら出せないんですからね。いいですか、今度は私も買い物に付き合いますから、勝手に買わないでくださいね!」


 私は良い武器が買えたから、他はどうでもいい。仕方がないから、他はウィリーの好きなようにしよう。

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