24話 燃える星々-4 『紅き死』


 深い森林。それが生み出す闇は、少なからず意識の維持を阻害する。

それに抗うジスト。見開いた目は意識してのものだ。

体に回る毒が誘う昏睡に、飲み込まれないように。

そして闇に紛れる、黒衣を纏った敵、ピアーズを逃さないために。


「さあ、そろそろ限界だろう、英雄ジスト!」


 彼の様子を嘲笑いながら、ピアーズは更に数本、黒い棘を投擲する。

ジストの体には既に先程から更に数本、刺し傷が増えている。

その限界も近いだろう。

更なる毒の追加によって、一気に止めを刺す算段だった。


「……ぐうっ!?」


 闇に紛れるその棘を、霞む視界の中、すんでのところで捉えて。

ジストは直ぐさま、握ったナイフを振って叩き落とす。

今回は攻撃全てを防ぐことに成功したようだ。

いや。ジストはそこに、更なるピアーズの思惑を見出す。


(ここに来て密度が甘い……これは牽制か!?)


 そこに思い当たった時。

暗さで落ちる影を隠し、既にピアーズはジストの直上から急降下していた。

両手に握られた黒い棘。

それは投げるためではなく、突き刺すための握り方だった。


「これで終わりだっ! "宵闇堕とし"っ!」


 その勢いのまま、ピアーズは両手の棘を振り下ろす。

ジストが視線を合わせた時には、既にその寸前まで黒い棘が迫っていた。

もはや、対応を考える時間すらも与えられなかった。

次の瞬間、ジストの体と、黒い棘が重なる。


「……勝負あったな、英雄ジスト。

 止めは無意識の中で刺してやる。苦しまずに逝けるようにな」


 黒い棘は、ジストが盾代わりに差し出した左腕を貫いていた。

通常ならば、命に届く箇所ではない。

だがピアーズにとっては、勝利を確信するに十分な傷だった。

固まったかのように動かないジストの体に棘を残して、

彼女はその眼前へと悠々と着地する。


 その、瞬間。


「……勝負を急いだな、止まり木の傭兵」


 静から動への急変。

ジストの体は、彼女の反応を超えた速度で動き出した。

既に間合いは、伸ばせば手が届く距離だ。

思考の時間は、今度はピアーズにも与えられなかった。


「がはあっ!?」

 

 そのままジストの右腕は、一瞬にして彼女の喉元を掴み上げていた。

一瞬にして逆に拘束される立場になったピアーズ。

加えられるジストの握力は、まるで毒の影響など無いかのような剛力だった。

それは藻掻く彼女に、自由を返さない。


「ぐううっ、離せえっ!! おのれ、何故まだ動ける……っ!!?」

「俺が倒れるまで、延々と遠隔攻撃を続ければいいだろうと思っていたが……

 今使わないということは、この二本で最後だったということか。

 勝負に出たという所だったのだろうが、残念だったな」

「黙れぇっ! おのれ、何故まだ動ける……っ!?」


 ジストの分析が図星であるかのように、ピアーズは吠える。

だが最早、状況の優劣は致命的なところまで逆転していた。

ジストの力から抜け出す術の無い彼女は、

まるでこの状況自体への文句をつけるかのように、口に出す。


「これほどの量を受けて、なお動ける人間が居るはずがないっ……! 

 貴様、何者……」


 苦し紛れでしかないその言葉に、ジストの瞳が僅かに揺らぐ。

心の中で、何かに響いたか。彼はそのまま、その言葉に付き合った。


「……そうだな。俺は、ただの人間とはだからな」


 ジストの物言いは、まるで他人事であるような言い回しだ。

それは、どこか哀しみの込められた言葉だった。

ただ自分の中だけの、暗い思いであるように。

だがそれは、彼の闘志までは減衰させなかった。

再びその瞳に、強い意志が漲る。


「だから俺は、強く……!

 この程度の毒で、止まっていられるものかっ!!」


 そしてピアーズを掴み上げる腕に、更に力を込めて。

宣言するような叫びと共に、全力で彼女の体を地面へと叩きつけた。


「が……がはあああああああああああああッ!!!?」


 地を揺るがすかのような凄まじい衝撃、地面に奔る亀裂。

窪みの生まれるほどの一撃の中心点で、ピアーズは悲鳴を上げる。

今度こそ、勝負が決まった証だった。

見下ろした彼女が、気を失っているのを確認して。

ようやくジストは、息を吐いた。


――

 時は、少しだけ巻き戻る。

ジストから少し離れた場所で、リーンとハバキも戦い続けていた。

振り回される大刀は、障害物の多いこの地形であっても止まることはない。

半端な太さの枝葉であれば、容易に両断してしまっていた。

だが、その刃がリーンを捉えることはなかった。


「ええい、ちょこまかと小賢しい!」

「当ててみろ、木偶の坊」


 毒に冒された体でなお、彼を挑発するような言葉を吐いてのけるリーン。

それはこれまで攻撃を往なされ、

鬱憤を溜めていたハバキを昂らせるに十分だった。


「……おのれえっ!!」


 巨大なハバキの体躯、その背丈ほどもあるような大刀の勢いが更に増して行く。

それさえもリーンは全て躱していくが、攻勢はやはりハバキの方にあった。

地面に叩きつけられた大刀。

その衝撃を飛び退いて下がるリーンに、今度は逆にハバキが口撃を行う。


「貴様も戦士であれば、多少は反撃したらどうだ!?

 逃げ回るばかりではないか、それでも名だたる勇者か!?

 それとも、もはや剣を振るだけの体の自由もないか!?」

「……」


 対照的に、リーンはそれに言葉を返しもしない。

悟られないように後ろ手で、右手の拳を握る。

普段とは比較にならないほど力の弱いそれは、

ハバキが口にした考察が外れていないことを示していた。

だが。勝負をつけるための武器を、彼はまだ握ろうとしない。

その代わりに。その美しい顔に、出来うる限りの憎たらしい表情を貼り付けた。


「棒切れを振り回すだけの猿に、戦士として付き合う必要がどこにある?」

「き……貴様、減らず口をっ!!」


 この劣勢でなお挑発を続けるリーンに、

ハバキの怒りのボルテージも閾値に到達していた。

その怒りはこれまで剣術として振るわれていた大刀を、

ただの暴力の道具として使わせ始める。

今までの太刀筋よりもずっと乱暴な横振りが、リーンに向けられた、その時。

リーンの足下が、不意によろめいた。


「ーっ……!」


 その理由は、この状況であれば言うまでもなかった。

毒の影響であることは明らかだった。

ふらつきそうになった体だが、間一髪、リーンは体を跳躍させる。

だが一連の動きは、ハバキもまた、捉えていた。


「馬鹿めっ!!」


 その跳躍の行き先も、既に予想はついていた。

自らを飛び越えて反対側へと着地しようとするリーン。

その着地際を狙って、ハバキは旋回と共に再び大刀を構える。

物理法則的にも、今度こそ避けられない確信があった。

彼の体に回る毒の影響を思えば、尚更だ。


「死ねっ!! "大山崩し"ーー」


 そして狙い通りのタイミングで、大刀が振るわれる。

刃の向く先に居る、丁度着地したリーン。

これもまた、想定した通りの状況だった。


(……ん?)


 だがそこに、ハバキは何か、嫌な予感を覚える。

理由は、いくつかあった。

防戦一方であったはずリーン。

その手にいつの間にか、得物の片割れである剣が握られていたこと。

そして何より、振り向いた彼の目は。

まるでこの瞬間を狙っていたかのように、強い決意で、満ちていたからだ。

だが引き下がる時間はもう、残っていなかった。


「……甘いっ!!」


 自らに向かって来た大刀へ、リーンは得物の直剣を合わせて振るう。

それは、当然ながら鍔迫り合いとする角度ではない。

受け流すためのものだった。

それは加えられたハバキの剛力を削ることなく、

しかしその軌道を容易に自分の直上へと逸らしてしまう。


「何っ!? ……ぐっ!?」


 そして受け流された大刀は、そのまま彼の背中にあった大木へと突き刺さった。

怒りと昂りによって勢いを増していた剣閃は、

そのまま深々と大木へとめり込んでいくが、

しかし切り倒すまでは行かず、刃はその中腹で止まる。

突然、得物の自由を奪われた形になったハバキ。

脳内で警鐘を鳴らすが、もはや遅かった。


「き、貴様っ!? こ、これを狙って……!」

「雑だな。こんな技術で、戦士のつもりだったとは」


 完全な隙となった今。

既にリーンは、得物を一つとした双刃剣を構えて。

ハバキが剣から手を離すそれすら許さぬ間に、彼は既に踏み込んでいた。


「"エクスレア・ラスティール"っ!!」


 次の瞬間、世界の全てを追い越して。

リーンは既に、ハバキの背後で武器を振り抜いていた。

ハバキには、彼が消えたようにしか思えない間。

そして世界が、彼に追いつき始める。


「……ぐあああああああああっっ!!!?」


 直後、ハバキの全身に現れた無数の切り傷から、鮮血が溢れ出る。

苦悶の声を上げて倒れる彼に振り返って、リーンは告げる。


「手加減はしてやった。下手に動かなければ、死にはしない程度にな」

「ぐ、ぐがああああっ……」

「お前たちには、聞かなければならない事がある。だから殺さなかった」


 なおも悶え苦しむハバキを、冷たい視線で見下すリーン。

勝敗は決した。語った言葉は、逆の意味を彼へと知らしめるものであった。

そして彼は、目的であったそれをハバキに問いかける。


「この企ての首謀者について、話してもらうぞ」


――

 また、微睡みのような、闇の中に沈んでいた。

今度は、視界に何も映りはしない。

意識自体もはっきりしない中、リリアは唐突に声を聞いた。


「……ごめんね」


 聞いたことのある声だ。先程、自意識の中で出会ったあの女性の声だった。

彼女は悲しさを込めた声で、リリアへの言葉を繋いでいく。


「私は外で、何が起きたかまでは知らないから……

 まさかこんなに、近づいてたなんて」


 彼女の言葉は、相変わらず具体性に欠けるものだ。

だが、先のリリアの急変に関わるものであったのは確かだった。

しかしそれを更に尋ねようとしても、声が出せなかった。

交信の方法さえ、この世界では定かではなかった。

ただ、彼女の声だけが響いていく。


「……きっと、私の思いが強く反応してしまったみたい。

 私にとってはあの苛烈さも、導きで、憧れだったから」


 互いではない、誰かの事を話す彼女の声は、物悲しさに満ちていた。

憧れ、導きと言った言葉に反して、辛い思い出の事を口にするときのように。


「貴方は、貴方の思うように生きる権利があるんだもの。

 もう終わった私が、乗り出しちゃいけなかった。本当にごめんなさい」


 謝罪となる言葉を述べ続ける彼女。

ここにきてようやく、自分の急変に彼女が関わっていたという事を理解するリリア。

だが彼女の謝意を、素直に受け取れずにいた。

それは、反感の色からではなかった。


(……あまり、悪く思ってほしくないや。なんでだろう)


 それは半ば、直感的なものではあるが。

彼女が、誰かに向けていたその気持ちを否定したくない。

そんな思いが湧いていた。

抽象的に語られただけの話、その深い理由も、何も知らないのに。

それを、伝える術は持たない。思いながら、リリアは続く言葉を待った。


「もう、あまり出てこないようにしようと思う。だから……せめて、助言だけ」


 続いたのは、区切りとなる、言葉だった。

その声色、雰囲気が、助言としたそれを区切りに、一変する。

空間も定かでないこの場において、緊張感が満ちるのをリリアも感じた。

ずっと強い気迫になった声が、その耳に届く。


「――"紅き死"は、きっとこの世界も滅ぼしてしまう。

 私も、も止められなかった。

 あの人は、ここでもきっと、止まらない」


 彼女が語るのは、相変わらず抽象的な言葉。

だがそれが意味するのは、間違いなくこの世界、そしてリリアへの警鐘だった。

"紅き死"。彼女が固有名詞として使ったその言葉を、当然リリアは知らない。

それでも。あまりに物々しい言葉、そして他ならぬ彼女の様子が、危機感を感じさせていた。


(それって……わっ!?)


 より高められた緊張感。それが、意識をはっきりさせていく。

同時に、突然引き上げられるかのような感覚に襲われるリリア。

それは、彼女との交信の終わりでもあったようだ。

鮮明になっていく意識と反比例して、彼女の声も遠くなっていく。

掠れていく声、そして世界の中、彼女は最後まで、リリアに声を届け続けた。


「リリア。未来を掴むのなら、どうか、を――」


――

「……わあっ!?」

「きゃあっ!?」


 意識が、現実へと戻って。

リリアは無意識で、ベッドから上体を起こしていた。

そこでようやく、リリアは自分が寝かされていたことを理解する。

そして同時に声を上げたのは、ベッドの傍らに座るエリスだった。


「リ、リリアちゃんっ! 兄さん、リリアちゃんが!」


 嬉しさと驚きと、色々と混じった表情で、彼女は声を明るくしてモースを呼ぶ。

間を置かず、視線の先の部屋から彼が姿を現した。


「おっ、起きたかっ! 

 良かった……もし何かあれば、ジェネにも顔向け出来ねえからな!」

「エリスさん、モースさん……? あれ、私……」


 一先ずはリリアが目を覚ましたことに、この兄妹は喜びを見せる。

とはいえ特異な精神状態が続いていた後だ。

リリアはまだ、状況が理解できていなかった。

そんな彼女に、エリスが説明のために口を開く。


「気を失ってたんだって。大きな怪我はないみたいなんだけど……」

「ほ、本当に? ええと、何してたんだっけ……」


 その言葉に、リリアは自分の記憶を探る。

"鉄の悪魔"との攻防。そして現れた、闘技大会の用心棒と名乗る者たち。

そして、彼らと交戦することになったこと。

それらを少しずつ、時系列で思い出して。記憶が、に差し掛かる。


(ええと……私……)


 あの瞬間。胸に抱いていた、その感情も。


「……ひっ!?」

「リリアちゃん!?」

「大丈夫か!?」


 その瞬間、リリアは慄いていた。

心の中に感覚としての残る、純粋な殺意。その恐ろしさに。

自分が、そんな意思を抱けたことに。

そんな様子の急変に、エリスも、モースも彼女を心配する。

しばらく、自分の肩を抱いて震えるリリア。

その中でも、記憶は蘇ってくる。やがてそれは、心の中で話した彼女の所まで至って。


――ごめんね。


 彼女の悲しげな声が、心の中に響く。

そして彼女に抱いた、痛ましいような、しかし温かな憐憫も。

結局彼女は、今回も具体的なことは話さなかった。それでも。


「……うん。ごめんなさい、大丈夫」


 名前も知らない、素性も分からない彼女。

でも彼女を悪者にしたくない、そう思って。

リリアは一先ず、自分に向けたその恐怖を振り切った。

申し訳なさそうに笑うリリアに、しかし二人は変わらず、心配そうな表情を見合わせる。


「そうだっ! アカリさんは、アーミィはっ!?」


 思い出したそれらを、矢継ぎ早に口にしていくリリア。

それを受けるモースの顔には、加えて少し悩むような色も混じる。

だが、やがて意を決したようにリリアに向き合った。


「色々あったからな。

話さなきゃいけないことがあるんだ。今からでも、大丈夫か?」

「うん。大丈夫」


 彼が切り出そうとしたのは、

やはりこの急変が重なった状況についてだった。

やはり気にするのは彼女の容態であるが、

リリア自身、気を失っていた時間もわからない。

リリアに確認を重ねるモースに二つ返事で返すと、彼は改めて話を切り出す。


「まずは感謝だな。辺境伯から色々聞いたよ。

 あの暗殺者から辺境伯を守って、そして倒しちまったんだってな」

「うん。私だけじゃなくて、アカリさんとかアーミィのおかげだけど……辺境伯さんは大丈夫?」

「ああ。傷はそこまで深くないってさ。今はもう起き上がってるよ」

「そうなんだ……よかった」


 ともかく。最初に出された情報は安心のできるもので、リリアもまずは一息をつく。

少なくとも自分の行いが良いことを生んだという事実が、彼女の心を落ち着けていた。

しかし。


「……そうだっ!」

「わっ!?」


 その最中、突然声を大きくするリリア。

意識が起きてくる中で、あることを思い出したからだった。

様子の急変に驚く二人に、

再び緊張の張り詰めた表情を向けてリリアは問い返す。


「ねえ、辺境伯さんはどこっ!? 伝えなきゃいけないことがあるの!」

「辺境伯っ? 

 ああ、たぶん執務室か、ここに来るまでの道だと思うけどな……」


 リリアが今、思い浮かべるのは。

自分たちをここに逃がすための壁となった、

ジスト、リーン、そしてジェネのことだった。

ジストとリーンに至っては毒に侵され、しかしなおも戦っている状況だ。

一刻も早く、連絡が必要だ。


「まあ元々、オレ達が聞いてくるって話だったし。

 何か伝えたいことがあれば、後で俺が……」

「それじゃ駄目なの! 急いで伝えなきゃいけなくて!」


 応対するモースも、突然の彼女の、それも頑なな意志に困惑を見せる。

事情については、辺境伯やリーンとは更に一歩下がる位置と言えるのだ。

彼には分かる由もない。

少しの間、目を閉じるモース。やがてその目が、強く開かれた。


「……わかった! 今から辺境伯のとこに連れてってやる!」

「ほんとに!? ありがとう!」  


 感謝するリリアに、にかっと笑って見せるモース。

その様子には、一片の迷いも残っていなかった。


「兄さん、いいの?」

「細かい事情は聞かねえよ。リリアには何度も助けられてる。

 疑うのは、オレの流儀に反するからな!

 それに辺境伯も、命の恩人から会いたいって言われりゃあ断らねえさ!」


 諌めるようなエリスの言葉にも、モースは笑って答えて見せる。

彼の世評たる快男児の評、それを象徴するかのようないい切った言葉に、

エリスも、つられてか笑った。そしてそれが、納得の意志を示すものになった。


「それじゃあ、私はここにいるね。

 突然リリアちゃんが居なくなったら、みんなびっくりするだろうから。

 訪ねてきた人に、伝えておくね」

「ああ、頼む! それから……」


 言葉を交わす中、彼女に耳打ちをするモース。

わずかに、その瞳が揺らぐ。

だがそれは、リリアにも見えない程に小さなものだった。

目を静かに閉じながら、やがてエリスもそれに答える。


「……うん、わかった」

「ああ、頼むぜ! それじゃ行こう、リリア! 立てるか?

 オレが抱えてやってもいいが……」

「よっと……うん、大丈夫!」


 彼の問いかけに実際にベッドから飛び降りて、

自らの身体の様子を確認するリリア。

そのまま即答を返した彼女に、二人は再び笑いかけた。

そしてそれを合図に、入口へ向け踵を返す。


「よし、それじゃあまずは執務室だ! こっちだ!」

「うんっ!!」


 そして先導を始めるモースを追いかけて、リリアも駆け出す。

この場で、この兄妹が協力的だったことは救いだった。

実のところ。全く余裕がないほどの胸騒ぎが、彼女を襲っていたからだ。


(なんだろう……嫌な予感がする……!)


 それは第六感、あるいは勘でしかないものではあった。

だが確かに、途轍もなく恐ろしい何か、それが襲い来る兆しを感じていた。

ジストもリーンも、そしてジェネも。彼女からすれば、大きな信頼を抱いている存在だ。

あの傭兵たちにも、敗れるとは思っていなかった。

だがそれでも、いや、だからこそ。

この胸騒ぎは、残してきた彼らへの心配を深めていた。


(お願い、みんな……無事でいてっ!)


――


「……お前か」


 新たな物音、茂みを掻き分ける音に振り向くリーン。

その警戒はすぐに解かれることになった。

振り向いた先で、ジストが彼に笑みを返した。


「その様子からして、勝ったようだな。

 体格差に毒も受けて尚これとは、流石は王国に名を轟かせる戦士だな。

 一度でも刃を交わす立場になった事が恐ろしい」


 リーンを称えながら、ジストは担いでいたピアーズの身体を下ろす。

両手足を縛られ、完全に拘束されていた。

意識は戻っているようだったが、もはや抵抗は出来ないと言える状況だった。


「ぐっ!」

「ぐうっ……ピアーズ……」


 その光景に、同じく手足を縛られていたハバキは改めて自らの敗北を悟る。

全身に刻まれた傷、そしてこの拘束から逃れる方法は存在しない。

完全に意気消沈している二人を見下ろして、リーンは彼の言葉に返す。


「畏怖なら尚更、そっくり返そう。……それだけ生傷が増えて、平然と立つな。

 数度受けただけでこうなる自分が、情けなくなる」

「逆に生傷が一切増えていないというのも末恐ろしいがな。まあ、この話はいいだろう」


 言い方はともかく、互いの健闘を称え合って。

二人は改めて傭兵たちに向き合う。その目的もまた、共通していた。

それを、ジストが口に出す。


「俺達が殺しを躊躇するような立場でない事は分かるな。

 話してもらうぞ。何故『止まり木』の傭兵がその立場に居るのか、

 そして、誰がこの企ての首謀者なのか」

「『止まり木』。グローリア勢力圏の、傭兵ギルドだったか」

「ああ。……掻い摘んで言えば、今はとある権力者の私兵のようなものだがな。

 とは言え、お前たちはあくまで雇われだろう。命まで殉じる程の立場でもないはずだ」


 その内容は脅迫と説得、その双方を含むものだ。

暫く、ピアーズもハバキも黙り込む。

だが放たれる殺気が、その脅迫の実在性と説得の現実感を強めていた。

やがて観念したように、ピアーズが呟く。


「……ここまでか」

「ピアーズ!」

「元よりダグラスから凱旋された仕事だ。

 命を掛ける程の価値があるものじゃない」

「ぬうっ……致し方、ないか……」


 従う意志を意味するその言葉に、ハバキも一度は反感を見せるが、

その反論の言葉も、ろくに出てくることはなかった。

これを彼らの意志の表明ととって、二人はようやく息をついた。


「賢明な判断だな。真意がどうあれ、殉じる価値があるような企てではない」

「そうだな。それでは、まずは……」


 そして目的だった尋問に入ろうとした、その瞬間。


 は、訪れた。


「……っ!!?」


 突然途切れる、ジストの言葉。

毒の回りが閾値に達した、という訳ではなかった。

勿論、傭兵たちからの不意の攻撃を受けたわけでもなかった。

変わったのはこの場の空気、その全てだった。


「ひいっ……!?」

「な、何が……」


 傭兵たちの怯えと困惑、そしてこの場に広がる、極度の緊張感。

戦いの中で生きてきたこの場の4人には、その正体が分かっていた。

思考すら止まりそうになる空気感の中、心の中で、リーンはそれを言語化する。


(何だ、この……尋常でない殺気は!?)


 それは、殺気だった。

だが人生で経験したどれよりも、遥かに強く苛烈な殺気だった。

何とか稼働させている脳内で、激しい警鐘が鳴り響く。

殺気とは存在感でもある。だから分かった。

ジストとリーンの向きからして、その背後から。


「雑魚が戦士の真似事なんかしやがって。手間が増えるばっかりだ」


 しゃがれたような、老婆の声がした。

大きな声でも、聞き取りやすい色の声でもない。

だがこの場の誰も、それを聞き逃すことは許されない。

それほどの威圧感と存在感を放っていた。

ジストとリーン、屈指の戦士である二人でさえその例外ではないほどに。


(くそっ……何なんだ、これはっ!)


 振り向くことすら許されないほどの極度の威圧感。

ジストですら、狼狽を隠すことはできなかった。

そして、動けない中にも更に状況は進んでいく。


「……があっ!?」

「何っ!?」


 突如。声の方から伸びた鉄の鞭――

あるいは刃の鎖が、ハバキの胴体に巻き付いていた。

緊張感によって、一瞬たりとも目を離すことの出来ないこの状況であるというのに、

それまでの流れを、ジストは捉えることが出来なかった。

理解する時間が与えられることもなく、続いて、ハバキの悲鳴が響く。


「ぐ、ぐわああああああっ!!」


 同時に彼の巨体は、軽々と持ち上げられ鎖の根本へと引っ張られていく。

理解は今も出来ない。

だがそれを目で追うことで、ようやく二人は振り返ることができた。

収縮していく鉄の鎖。それはの右手の持ち手へと戻って、直剣を構成する。

だが、ハバキが自由になったわけではなかった。

ハバキの巨体と比べると遥かに小さい老婆。

その左手が、軽々とその巨体を掴み上げていた。


「ひっ……ひいいっ!!」

「戦士を名乗っといてこの様かい。呆れてものも言えないね」


 そして二人はこの場を支配する、殺意の正体を目に入れた。

声に反してのすらっとした肢体のシルエット。

纏う装束はどこか儀礼的な正装を思わせる、彩度の低い、暗い赤の繊維の服だ。

だが古ぼけ、荒れたその衣服は、おおよそ穏やかさを感じられるものではない。

最上段となる装いを纏め、構成するボロボロのケープもそうだ。

殆ど露出のないその装い故に、荒れた服は視覚からも威圧感を与えるものであった。

だが、それは殺気の本体ではなかった。

彼女の被る、鋭く、荒々しい意匠の三角帽。

そこから、この殺意の根源たる赤い瞳が覗いていた。


「た、助け……」

「死にな」


 絶望的な殺気を間近で当てられ、完全に怯えきったハバキの命乞いを無視して。

吐き捨てると同時に、紅く輝く何かがその左腕に纏われていく。

放つ殺意を体現したかのような、苛烈な輝きだった。

それが、腕を通してハバキの身体へと流れていく。


「が、がああああああああっっ!!!」


 同時に、声を上げて苦しみだすハバキ。

何もかもがわからないこの状況、

しかしこれは、それが攻撃であることを示していた。

だが痛みに巨体を震わせても、その細い腕の拘束から逃れることは出来なかった。

やがて迸る紅い輝きは、彼の全身へと回り、そして。


「が、がびゃッッ!!」


 彼女の腕の先。

その巨体の内側で、紅い閃光が炸裂する。

巨体全てがより激しい紅い輝きに包まれて、

その肉体を砕き、裂き、そして焼き尽くしていく。

恐るべき攻撃の中。彼が残せたのは、断末魔だけだった。


「あ……ああ……」


 ただでさえ殺気に押しつぶされる中。

彼女の目的を、僅かな言葉とこの行為で理解して。

ピアーズは、絶望の瞳をその光景に向ける。

これが、自分の未来でもあるとも直感していた。


「つまらないね。こんな雑魚の為に駆り出されるってのは」


 苛烈な殺意を湛えた、紅い瞳。

それはこの地に来たものでは、ただ一人。が知っている目だった。

ジストにしても、そしてこの場に居ないジェネにしても。

あの時、彼女と顔を合わせてはいなかったからだ。

だから、それは知る由もなかった。


「さあ、次はお前さんだ」


 かつてリリアがギャングに囚われ、

その牢獄から脱出する際に助力者となった老婆、ギルダのことを。

そして。眼の前に立つ彼女が、そのギルダ当人であることを。


「……何者だっ!!」


 故に先んじて。ジストがその正体を問いただすように叫ぶ。

この殺気、威圧感を跳ね除けんとするように。

感じた事のない畏怖、それを振り払うように。

一点して戦意の込められたその瞳と目があって、ギルダはしかしにやりと笑う。


「あたしはそこの雑魚を消しに来ただけさ。

 ロクに仕事も出来ないくせに、口だけは回る役立たずのようだからね」

「……なるほど。口封じの役ということか」


 放つ雰囲気に反して、彼女の口調は軽い。

だがそれで、この緊張感がほぐれるわけもない。

だがリーンも、気圧されることなく口を開いた。

彼女は不敵な笑みで、その言葉を肯定する。そして、続けた。

 

「お前さん達は生かしてやるよ、安心しな。

 もちろん、纏めて殺してやったほうが早いが……

 色々と、面倒ながあってね。

 せいぜい自分の名前に感謝するこった」

「それはありがたい、と言うとでも思うか?」

「俺達の目的が分からん筈もないだろう。

 彼女は重要な手がかりだ、渡すものか!」


 良い提案のように語るギルダの言葉は、

しかし相容れないことを確かにするだけのものだった。

リーンもジストも、言葉に反発する意志を明らかにする。

そして収めていた武器へと、手を伸ばして。

明確な敵意を返されて、しかしギルダはまたも笑った。


「お前さんたちには好都合な話だと思うんだがね。

 そこまで目も腐れてるようには見えないが……

 そんな身体で、あたしに勝てると思うかい?」

「……っ!」


 直後。その言葉の行間を主張するように、ギルダはより一層、放つ殺気を強めた。

二人の身体が固まる。その言葉は、しかし図星でもあった。

自分たちに回る麻痺毒は、決して今も治癒したわけではない、だがそれ以上に。

まだ一合も刃を交わしてもいない。それでも。この殺気が、威圧感が。

彼女の恐るべき力を、感じ取らせるに十分だった。そしてそれを、見違える二人でもない。

その様子に、背後のピアーズが叫ぶ。

 

「お、お前たちっ! 私の懐に解毒剤があるっ、解放してくれ! そしたらっ……」

「おい」


 その言葉を遮る、ギルダの低く暗い声。

直後、金属由来の高い音が鳴り響いた。

ピアーズの言葉を、物理的に遮るかのように。


「ぎゃ、あぎゃああああああああっっ!!?」


 視覚で捉えることすら出来なかった、その瞬間。

気がつけば、ピアーズの右腕が肩口から斬り落とされていた。


「誰が口を利いていいっつった?」


 いつの間に手にしたのか。

ギルダの左手は後腰に下げていた杖の胴を握って。

そして鉄の鞭……いや、蛇腹剣を後腰の鞘にしまって、

自由になった右手が、杖の柄の根元に当てられていた。

悲鳴を上げるピアーズを罵倒しながら、ギルダは杖を再び後腰にしまう。

蛇腹剣と杖とで対になる、X字を描くような納め方。その両方が、彼女の得物だった。


「な、何をした……!?」


 リーンですら遮ることの出来なかったその攻撃。

ピアーズの傷からして、

恐らく斬撃らしきものを繰り出したのだろうという事は推察できた。

とはいえ、ギルダは一歩もその場から動いていない。

杖の届く間合いからかけ離れた彼女を一閃した、その方法は分からなかった。


「殺すなって方が大変でね。

 雑魚に構ってる暇はないんだ。今のうちに、少ない余生を楽しみな」


 だがそれを考える間も残されていない。最早、その火蓋は切られていた。

思考のリソースの全てを彼女へと向け、リーンは駆け出す。


「させるものか!!  "エクスレア"ッッ!!」


 そのままギルダの動作を待つことなく、リーンはその動きを極限まで加速させる。

常人では目に写すことすら困難なその速度を持って、

刹那よりも早く、彼女の背後へと回り込んで。

命を奪うことに躊躇の出来る相手ではない。

握った双剣を、最短距離でギルダへと突き立て――


「……こんなもんかい」


 聞こえるはずがない。だが確かに、聞こえてしまった。

その、世界の全てを置き去りにする速度の中だというのに、彼女の顔が不敵に歪む。

脳内が、全力で警鐘を鳴らす。

しかしそのときにはもう、リーンは置いていかれる側になってしまっていた。


「……がゔッッ!?」

「なっ、リーンっ!!?」


 ジストが、『次の瞬間』に到着した時。

リーンは、その首を掴み上げられてしまっていた。

元より彼の全速力は、ジストでも捉えることは出来ない。

この状況に至っているということ自体が、理解の外にあった。


(馬鹿な、あの速度を見切ったのか……!? いや、考えている暇はない!!)


 だがそれも、すぐに思考を打ち切るしかなかった。

彼女が掴んだ者がどうなったか、つい先程見たばかりだ。

上げるギルダの腕に、紅い光が再び灯る。もはや、一刻の猶予もなかった。

彼を助けんと、ジストもまた全速力でギルダに突撃する。


「うおおおおおおおっっ!!」


 ジストもまた、容赦は出来ないと判断していた。

一切の手加減もなく、ジストは右手に握ったナイフをギルダへと振るう。


「ぬるいね」

「がっ!?」


 だが、それが届くことはなかった。

ジストが振るった腕、その軌道に正確に合わせて。

彼女の右足が、それを蹴り上げていた。


(なっ……!?)


 正確で、速いだけではない。

ジストが呻く程に重いその一撃は、彼の手からナイフを手放させてしまった。

気配で感じたように、あるいはそれ以上に。

彼女の、恐るべき実力の証左。だが。


「ぐっ、うおおおおおおおっっ!!」


 それでもジストは戦意を無くすことなく、間髪入れずに左腕による正拳を打ち込む。

人生でもこのような老婆に繰り出したことなどあるはずがない、渾身の一撃だ。

対するギルダは、一切の回避行動を取る様子を見せなかった。

そしてまたも、不敵な笑みでそれを迎えていた。

直後、拳の直撃する音が鳴り響く。


「……っ!?」


 その光景は、彼の人生にない。真に、恐るべき物であった。

ジストの拳は、彼女が構えた右腕によって防がれていた。ただ防がれただけではない。

その力の全てを受け止めて、なお。

ずっと体格で小さいはずの彼女の体は、微動だにしていなかった。


「馬鹿な……!?」

「お前さんたち、これが本気だって言ってんのかい?」


 鋭いその瞳が、改めてジストを射抜く。

その瞬間、ジストは気付いた。打ち抜いた拳が、全く動かせない。

この拳を受け止めた彼女の手が、今度は逆に自らを捕らえていることに。


「これであたしに勝つつもりだったのなら、お笑い草だね」

「ぐ……ぐおおおおっ!?」

「ゔッ、ぐううっ!!?」


 そのまま、二人を捕らえてギルダは体を大きく回す。

ジストも、リーンも、まるで紙切れかのように軽々と振り回して、

その勢いと剛力のままに、

付近の大木……ピアーズの沈む方へ目掛けて、ジストが投げ飛ばされる。


「がはああッ、ぐううッッ!!?」

「ぐあッッ、はがァッ!!?」


 さらにそこに重ねるように、続いて投げられたリーンの身体。

避けることも出来ずに、二人は重なって大木に叩きつけられた。

幅で見ても数人分はあるであろう大木が軋む音。

それは、二人の受けた衝撃の大きさを表していた。

悶え苦しむ二人のそばに、何かが転がる。ギルダが蹴り飛ばした、二人の得物だった。


「ぐ……がっ……」

「ゔ、があっ……」

「ラッキーだったね、お前さん達。そんな身体じゃ、万に一つも勝ち目はなかった。

 そこで寝たふりしてな。それで見逃してやるさ」


 まるで労うような言葉で、しかし見下しきったギルダの態度。

しかし、抗う術ももはや残っていない。

一連の攻防は、それをこれでもかと証明するものだった。

だが。


「……なんだい、まだやるってのかい」


 ジストも、リーンも、その提言に従うことはなかった。

力の入らない膝を奮い立たせ、痙攣の止まらない腕で、再び得物を握って。

二人は、また立ち上がっていた。

呆れたような視線を返す彼女に、二人は立ち上がる脚を支える、その意志のままに叫ぶ。


「当たり前だ……! お前たちを、許しはしない……!」

「ようやく手が届く……逃がして……なるものか……!」


 ギルダからの一撃、そして治癒も出来ず、ずっと回り続けている毒。

二人の状態は最悪と言う他ない、それでも信念だけで、ギルダへ刃を向けていた。

相変わらず嘲笑うようにそれを見ていたギルダだったが、やがて、その色が僅かに変わる。


「諦めの悪い奴らだ……まあ、いいだろう」


 彼らを迎え撃つように、ギルダは再び、後腰の鞘から蛇腹剣を抜く。

右手でそれを構えると、誰に言うでもなく語り始めた。


「殺すだけなんだ。『反復』とか、『符牒』とか、あたしは必要としちゃいない。

 だが、あるお人好しに言われたのさ。

『名を上げるなら、技は力の象徴になる。技に銘を付けるべきだ』ってね。

 まあ、結局そいつが銘まで付けちまったが……ともかく。

 だからあたしは死なない相手にだけ、銘を教えてやってんのさ。

 ――生き残った奴が、あたしの名を広めるように」


 その意図はわからない。だが声の色も、どこか違っていた。

視線の先が、ゆっくりと動いていく。

ジストでも、リーンでもなく。今回の目的としていた、ピアーズに。

そこで再び、張り詰めた殺気が大きく膨れ上がる。


「だが……今回はギャラリーも多い。

 喜びな、雑魚。この銘を、冥土の土産にするといい」

「ひいいっ……!」

「させるものかっっ!!」

「おおおおっ!!」


 言うまでもない、攻撃の予兆だ。

限界の身体に鞭を打って、ジストが、リーンが逆に飛び込む。

だが、もはや気迫で埋められる程度の差ではなかった。

迎え撃つようにギルダの蛇腹剣が展開する。

大きく身体を回して、彼女はそれを横薙ぎに振るった。


「ふんっ!!」

「ぐっ!?」

「がああっ!?」


 鉄の鞭、という表現では余りに生温い。

それは巨竜の尾撃のような、重い重い一撃だった。

なんとかそれを得物で受ける二人だったが、

受け切ることは出来ずに得物を大きく弾かれてしまう。

否。ギルダが、得物を狙ってこの一撃を振るっていたものだった。


 絶望的な状況に、しかし尚もギルダは止まらない。

その重い一撃の力を殺すことなく、

勢いを得るための

それに呼応するように剣を、再び現れた紅い輝きが包んでいく。

動作の中、それを一点に集めるように蛇腹剣を直剣の状態へと戻して。

そしてギルダは勢いのまま飛び上がり、構えた。


 そこに、ジストは既視感を覚える。


(……この構えは……!?)


 もはや備えることも出来ない中。

彼女のその姿に、ジストは一つ、思い当たるものを感じていた。

思えば技の流れも、似ているものだった。

予兆となる一度目の斬撃、その勢いを維持するための、そして

そして今、必殺の一撃を繰り出すための、この構え。


(リリアの……!?)


 それはリリアが得意技として愛する、あの技と重なるものばかりだった。

そして答え合わせであるかのように、ギルダが叫ぶ。


「"ラグナドライブ"!!」


 勢いのままピアーズに向け放たれた、終の一撃。

しかしその威力は、リリアの技の比ではなかった。

凄まじい剣圧が、一瞬にしてピアーズの肉体を消失させ、

そしてその余波となる紅い衝撃波が、爆発が起きたかのように周囲をなぎ倒していく。

数多くの木々も、大木も、そして二人も巻き込んで。

それはジストの鋼の精神さえも、白くなる視界に飲み込んでいった。


――


 そして。

まるで隕石が落ちたかのように、全てが剣圧で吹き飛ばされた中心で。

ギルダは遠目でジスト、リーンの姿を確認する。


「死んではないようだね。あたしの見込み通りで助かった。だが……」


 如何なる術を持つのか。近づきもせずに、彼女はそれを理解していた。

だが彼女は、言葉に反して不機嫌そうな様子を見せる。

まるで目的が、まだ果たされていないように。


「……もう一匹居るのかい。まったく、面倒が次から次へと」


 そう口にして、振り返るギルダ。

その苛烈な殺気を湛える視線は、ただ一点へと向く。


「な……あ……?」


 その先には。

若き龍人、ジェネの姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る