【知ってしまった真実と隠された正体】
混乱した頭を一度整理しよう…このままじゃ自分が自分ではなくなってしまいそうだ…ー
深く深呼吸し、早くなった鼓動を落ち着かせる。
シエルにも最初は不思議に思った事もあった。
目が覚め、自分の名はシエルという名前だけしか覚えておらず、伸びきった長い紅髪に沼池に写った自分の顔、そしていつから持っているかわからないダガーと剣…理解するのに時間はそうかからなかった。
ー自分は"誰か"なんだと……。ー
与えられたこの体と心を、自分のものとして生きていけばいいーそう思うことにしていた…。
ヴルスト・ハンスーこの名をロキシルが与えてくれた。
なぜこの名なのかと聞くとロキシルはーこの世界の英雄の名だーと教えてくれた。
ロキシルはその英雄の意思を継ぎ、アサシンとして、そして王国の騎士としてあのギルドを密かに組織した。
ロキシルになら、あの強い正義感と意思を持ったロキシルにならついていける。
自分の道が何も分からず、途方に暮れていた自分を大きな器で迎え入れてくれたロキシルに今でも感謝している。
親の様に、一から生活を教わり、剣術も、自分の能力も、ロキシルが全部面倒を見てくれた。
ただ、自分の過去についてはロキシルは何も教えてくれなかった。
知らないのかもしれない、でも…もし、知っていたら?
俺はいったい何年眠っていた、そもそも眠っていたのか……何者かにやられ、気を失いすぐに目を覚ました可能性は……分からない……なにもわからない……。
???:ーエル……おい…ー
レイグ:「おい、シエル…大丈夫か?顔色が悪いぞ?先程の昨夜の話、余程酷い目にあったんだろう、今日は戻ってゆっくり休んだらどうだ」
シエル:「アハハ……ごめんねレイグ、ちょっと色々ありすぎて…大事な話の途中だったのに…」
レイグ:「俺は大丈夫だ、俺たちの方でも黒い者について調べてみる。
城から持ってきた資料を少し見てみるさ、ホムンクルスに似た何かと言ったが、核が存在してないってなると、新種の可能性もある。まぁ色々あるがだ!とりあえず今日はゆっくり休んでこいシエル」
シエル:「ありがとう、そうするよ。俺もなにかわかったらまた顔を出しに来るね」
レイグ:「おう!待ってるぞ」
レイグに手を振り、扉を開けるとノルンが扉の前に立っていた。
心配そうな表情でなにか言いたげにしている。
シエル:「どうしたんだい?ノルン、なにかあった?」
ノルン:「シエル、シオンが物凄く心配してた。あとヘレナちゃんって子も…だから様子見に来たの」
シエル:「俺も人間だからね!そりゃ疲れたりもするし、落ち込んだりもする!大丈夫、心配させてごめんねノルン」
ノルンは納得していないのかじっと見てくる。
戸惑った顔をするとノルンは下を向いて黙ってしまう。
シエル:「ん……ん〜…わかった、ノルン後で俺の部屋にきてくれないかい?たまには二人で話そう」
そう言うと嬉しそうな表情で顔を上げ、ーうん!行くよ!絶対行く!ー
と返事してくれた。
城へ戻るとレイン達に伝えるともう少し残っていくと言うので、先に一人で城へ戻ることにした。
少しして街へと着き、少し街を見ながら戻ろうと腰の後ろで手を組み街の食材や家の造りを眺めた。
するといきなり誰かが呼び掛けてくる。
???:「おいおい、そこのお前さんや…ちと良い物を見せてやるから」
そう言われ振り返ると、そこに背は小さく、フードを被っているが、白髪で、目が見えているかいないかくらい閉じた老人が立っていた。
シエル:「なになに?なにを見せてくれるの?」
老人:「ほっほっ…まぁちと来い…」
手招きされ、言う通り老人の後をついて行く。
少しして街の人気(ひとけ)のない場所へと移ると、老人はこちらを向き杖を持った手や足を震わせていた。
シエル:「それで?なにを見せてくれるの?」
問いには答えず、無言で老人はローブの裾から袋を取り、ーほれ、開けてみぃーと一言。
紐を解き、袋から見えたのは茶黒く、手のひらくらいの大きい卵だった…。
シエル:「た……、卵だね」
老人:「そうじゃ、なんの卵かわかるかや?」
シエル:「食べ物かい?」
老人:「ちがうわ!!……よう見ぃ」
まじまじと見回すが、なんの卵かは全くわからない。
しかし中で何かが動いているのは手の感覚を伝ってくる事に食べ物でないことは確かだとわかる。
シエル:「これ、くれるの?」
老人:「やる……絶対割るんじゃねぇぞ?大事にせぇ、そやつは必ずお前の助けになる……ええか?」
シエル:「餓死しそうになったら助かるのか……」
老人:「おいぼけ………違うというとるじゃろ!」
直球な暴言を吐かれ、少し面白い老人だと見ていると、瞬きをした次の瞬間には、もう既に老人の姿はなかった……。
シエル:「消えちゃったや……なんだったんだろう」
卵の殻を少し叩くと、指がジンジンと痛む程強固で、
少し落としたり、落ちたりしても簡単には割れそうにない物だった。
きっと人にぶつけたら倒せてしまうのではと思ったりもしたが、流石にそれはまずいと考えを改める。
シエル:「いいもの?……もらっちゃった!」
しばらくして城内へと戻り、自室でくつろいでいると誰かが扉を叩く。
シエル:「どちら様です?……!?」
扉を開けるとそこに立っていたのは、この城で恐らく一番危険な人物と言えるであろう、ラボラスだった……。
ラボラス:「よう……ちょっといいか?色々思い出してよ」
シエル:「ここで、殺り合うって気なら……今すぐ剣を抜くけど?」
ラボラス:「ハッハッ!馬鹿か?そんな面倒なことする訳ねぇだろ、言いたいことがあるんだ。部屋へ入れろよ」
ダガーから手を離し、ラボラスを室内へと入れる。
いつ襲ってきてもおかしくない状況に、室内には殺気が強く漂っていた。
ラボラス:「お前、ほんと余裕そうだな……若ぇってのはいい事だ、だがしかし…だ、ちっと大人しく話は聞けよ、面倒だから一回しか言わねぇぞ」
シエル:「何を企んでるラボラス……この国で何しでかす気だい?」
ラボラスは小さく笑い、椅子に足を乗せて腰を深く座らせた。
ラボラス:「懐かしい名だな…、その名は捨てた。もうあの頃の俺じゃねぇ」
シエル:「聞き間違いかな〜?言ってる意味がわからないんだけど」
ラボラス:「俺は確かに多くの者を虐殺してきたグラーシャ・ラボラスで間違えねぇ……俺は俺の錬金術を愛していたからな。殺せる奴はとことん殺してきた。
でもだ……、あいつだよ…あの小娘と出会ってから俺は変わった。」
シエル:「この二年間にいったいなにがあったんだ?」
ラボラス:「お前らから逃げた後、俺はあいつを連れて目的の場所へと向かった。だが、"その場所"には隠された力なんてものは無く、ただの像が四体並んでるだけだった……。あいつに聞いても何も感じないと言うだけ、俺は絶望した……。
この世界の理(ことわり)を破壊してやりてぇって願望は絶望に変わったさ、最初は死のうとも思った。俺をこんな風にしたあの王国への復讐なんざどうでもよくなったからな。」
シエル:「お前は確か、国に仕えていたんだよね、復讐って、何がお前をそうしたんだ」
ラボラス:「俺が仕えていたのはあのデイモアール帝国だ……、捨て駒だったんだよ俺は……ランザール大国、バルバリアン、そしてエティメール三国の戦争に派遣された俺は奴に言われ争いを拡大させた。
その後だ、用済みになったら俺を消そうとしたんだ……あの小娘の力でなんとか逃げ切った俺は途方に暮れさまよった、そんな時にお前んとこのリオル王に拾われてな、ロンディネル二世を任されたって訳だ、俺がどんな奴か説明してもあの方は優しく微笑んでー「ここにいて頂ければいいのです」といいやがる……大したもんだ」
シエル:「そんな事が……じゃあお前はロンディネルの情に感動して改心したと?」
ラボラス:「改心したかなんて自分じゃわからねぇ、んな事考えるのも面倒だ。
だが前のように腐りきった俺では無いことは確かだ……」
シエル:「じゃあ一つ聞くけど、昨夜お前の連れ子が結構遊んでくれてね、ラボラス……あれはお前の指示じゃないんだね?」
ラボラス:「その事で話したくてな」
ラボラスは何やら訳があるらしく、突然表情を曇らせ、腕を組みながら真剣な眼差しで話し始めた。
ラボラス:「最近あいつが言う事聞かなくてな、俺が止めても何を考えてるのかホムンクルスを次々生み出してやがんだ……ロンディネル様が抱えてる悩みの種があいつって訳だ、あいつの力は底知れない…俺でも止められない……神に近い存在なんだ……ただの人族の俺じゃ太刀打ちできなくてな、これ以上面倒な事はないって話だ」
シエル:「じゃあ昨夜のあれも、あの子が自分の意思でやってるっていうのかい?……何が目的なんだ」
ラボラス:「それがわからねぇんだよ……突然だ、まるで兵でも増やしてるみてぇに次々に闇を生み出してる。しかもただのホムンクルスじゃなく、罪神(アーグル)にしか生み出せないホムンクルスだ……このままじゃあいつがもっと暴走して、本当に止められなくなる。そんな面倒事だけは勘弁だ、ロンディネル様にはとてつもなく大きな恩がある。裏切りたくはねぇ……」
ラボラスは拳を強く握り、歯をギリギリと噛み締める。
余程なんとかしたいのか、あんな極悪人でも改心して誰かの為に戦おうとしているのが見て取れた。
この感情に賭けてみようとラボラスにある提案をする。
シエル:「ラボラス……過去にしてきた事は絶対に許されない、そのうち罪をしっかりと償うんだ。そう約束できるなら協力しよう。どうだい?」
ラボラスは深く考える事もなく、藁にもすがる思いなのかシエルの提案に即答する。
ラボラス:「もちろんだ、この国を救えるなら……あの人に恩返しできるなら、俺の罪を償うと……死罰だろうがなんだろうが受けてやる……どうせ地獄に落ちるなら最後くらいいいことしたって良いじゃねぇか」
ラボラスの目は真剣だ……嘘偽りなど感じる事もない真っ直ぐ、正直なその眼差しに……疑う余地なんてものはなかった……。
シエル:「わかった……。信じるよ、でも…裏切ったらその時は地獄ではなく、冥界へ送ってあげるよ。いいね?」
ラボラス:「冥界か……それも定めだな、歓迎されるだろうよ……冥王にどれだけ魂をやったと思ってる……今も腹を空かせて待ってるだろうよ……」
シエル:「レインの妹をあんな目に合わせた事……落とし前つけろラボラス……レインは今もお前を殺そうと柄を握ってるんだから。自分でしっかり言うんだ」
ラボラス:「……あの時いた奴か、わかった、自分の口で伝えよう、」
ラボラスはダガーで首を抉(えぐ)られる覚悟は出来てると言い部屋を出ていった。
静まり返った部屋……次々に起こる予想外の出来事。
余計に頭がいっぱいなシエルは疲れ果てそのまま眠りについた……。
ー・・・・・・時を同じくして……城内ー【大臣室近くの廊下】
一人の新兵【ネルフォンス・ラミ・エルト】はたまたまそこを通りかかったのだった……。
下女達が洗った服や布団を嫌々運んでいたエルトはため息をつきながら甲冑を着て歩いていた。
エルト:「はぁ……色目使うだけ使って結局何も無いのかよ……俺だって下女の一人や二人抱いてみたいっての……はぁ……」
団長にあれほど城内では甲冑を脱げと言われている事を忘れーガチャチ……ガチャチ……ーと音を立てながら歩いていたエルトは何故か大臣室の扉が少し開いている事に気づき、たまたま中から声が聞こえてしまったのだった……。
エルト:ーん?……誰の声だろうー
扉の隙間に耳をすませると、中からは大臣と下女の喘ぎ声が聞こえてきたのだった。
下女:「ああ!……あっ……大臣様ぁぁ……そんな激しくしないでください……あっ……ああっっ!」
大臣:「こんな……!こんなみだらな体をしているお前がいかんのだ!!はぁ……はぁ……下女ではなく街の遊女にでもなれば良いものを!!……たっ……たまらんんん!」
エルトは今にも吐きそうな程嫌なものを見ている気分だったが、それと同時に羨ましくさえ思う感情に踊らされていた。
大臣が襲っている下女は中でも特別綺麗な体をしており、背中には奴隷だった時の鞭跡(むちあと)が濃く残っていた……。
エルトの瞳に映る下女の淫乱な姿……獣臭そうな大臣の姿に頭が混乱し、意識が朦朧(もうろう)とする。
そんな時、エルトの耳に信じられない言葉が飛び込んでくる。
大臣:「今に見ておれ……王よ……あんな軟弱な考え……私が正してやらねば!あのアサシン共もだ……!邪魔くさい!はぁ……はぁ……!この城に来たことを後悔させてやる!!王になるのは……"この私だ"!!王になって……あの"姫君"も私の奴隷にしてくれる!!」
エルト:「え……今……なんて……そ、そそ、そんな……大臣は……王を……」
重い甲冑を着ている事を忘れていたのか、朦朧とした意識の中ふらついてしまったエルトは一瞬倒れそうになってしまう。
ーガチッ…………ー
エルト:「やばっ……」
少し膝の甲冑が擦れてしまい音がなる。
大臣:「ん?…………なんの音だ……」
下女:「はぁ……はぁ……わかりません……」
扉の方へ視線を向けた大臣は部屋へ入ってきた下女に急いで襲いかかったからか、閉めきれていない扉に気づく。
扉を開け、廊下を除くが誰の姿も無く、勘違いだったのか……と部屋へ戻りまた行為を始めた。
大臣:「まだ……まだ終わらんぞ!まだまだお前を味わってやらねば!!」
大きな扉の裏へと隠れていたエルトは間一髪、大臣に見つからずやり過ごす事が出来ていた……。
荒れた息を手で抑え、腰をついて壁に座り込んでいた。
エルト:「危なかった……バレてたら死んでたかも……!!……どうしよ、王が、王が危ないかもしれない……それにシエルさん達も……!早く、早く伝えないと……」
ゆっくり、ゆっくりと立ち上がり、なるべく音を立てないよう廊下を静かに歩き始めるエルト……
急いでその場を離れたのだった……。
ヨルム:「何あの子……あんな焦って、はぁ……ていうか大臣に会えって言われたけど、取り込み中なんですけど……さいあくぅ……キメぇんだよ、せんせに会いたいな〜……なんて……」
端で見ていたヨルムは少しイラついた表情で扉を叩こうとした……その時……
ヨルム:ーっ!?……なに!!?ー
突然何者かに口を塞がれ、闇に飲み込まれてしまう。
ヨルム:「たすっ………す……けて……うぐ……せん…………」
罪神の少女:「邪魔者は……排除する」
【王会に招かれた者たち】へ続く……。
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