【雨を嫌う天使】

レインの話も終わり、みんな長い緊張から解放されたのを実感しながら各部屋へと戻っていった…。


酒場の裏にある階段から降り、ギルドから宿舎へと続くギシギシと音の響く廊下をシオンとノルンは歩いていた。

部屋の前に着くとシオンは躊躇(ちゅうちょ)無く部屋の扉を開ける。


シオン:「ノルン!私と相部屋だよ!好きに使ってよ!ベッドも元から二つあるのにいつも一人だから、結構広くて私一人じゃ寂しいくらい、いつもシエルとかミリスに話しに来てもらうんだ〜、一人が怖いから…エへ……。」


とても整理された部屋にノルンは目を輝かせる。

しかし地下にある為窓は無くとても静かな空間だからか声を出すとかなり響く感じがした。

部屋からはとても心地の良い匂いが広がりその匂いの中からどこか懐かしい匂いがしたことにノルンは少し不思議に思う。


ノルン:「今日から一人じゃないね!ミリスさんは別の部屋なの?」


シオン:「ミリスはデインとマキシスと同じ部屋なの、三人ともほんと仲良いんだよね!ちょっと羨ましいくらい…!あっ!ちょっと散らかってるかもだけどちゃんと片付けるから…エヘヘ。」


ノルン:「そっ…そんな!!すっごく綺麗だよ!それに…スンスン…このお部屋の匂い凄く落ち着くの。」


シオン:「わわわっ…!ノルン、恥ずかしいからそんなに匂い嗅がないで…!!やめてぇ〜!」


顔を赤くして恥ずかしがるシオンがとても可愛く、

ノルンは妹を見るような優しい眼差しでシオンを見ていた。


シオン:「浴室は街に出ないとないから行く時は言ってね!ミリスも元気になったら誘ってあげたいし!」


ノルン:「うん!わかった!」


その後二日間の汚れを落とし、再び二人の部屋へと戻ってきた。

二人は互いのベッドに座り向き合った。


濡れた髪から滴(したた)った雫をみてノルンはふと倒れていたシエルが起き上がった時に雨が降った事を思い出した。


ノルン:「ねぇ、シオン…この王国周辺の大陸は普段雨が降らないんだよね?」


シオン:「うん、まったく降らないの…昔は降ってたらしいんだけどね、私たちくらいの歳の子達が"産まれるよりも前"から突然降らなくなったんだって…。」


ノルン:「そうなんだ…知らなかった、私が来たサミシュティアはたまに雨が降ってた。みんな嬉しそうな顔をするの…見ててちょっと不思議だったな〜。」


シオン:「ノルンは…雨…好き?」


そう問われたノルンは少し考え、「うん、嫌いではないかな…特に晴れた日の雨は好きかも…えへへ」と答えふとシオンの顔を見ると先程とは違うどこか悲しく、遠くを見つめた様な表情をしていた。


シオンのその表情を見た瞬間ノルンの胸が何故か強く締め付けられ…ある日の光景がノルンの中で思い出される…。


シオン:「私はね…雨…嫌いだな〜…だって…」


シオンーノルン:「"空が泣いているみたいだから…"」


シオン:「え…?あれ?どうして私の言う事分かったの??不思議!」


ノルン:「えへへ…なんでだろ…なんかね…私のお母さんも似たような事言ってたなぁ〜って…。」


シオン:「そうだったんだ…びっくりしちゃった、心よめるのかと思っちゃった!」


ノルン:「実はよめちゃうんだ〜…なんちって…えへへ。」


シオン:「ノルンは実は私の妹とかだったりして、だったらすごく嬉しいな!…なんちって。」


ノルン:「あ〜、真似した!…私もシオンがお姉ちゃんだったらいっぱい甘えたいな〜!お姉ちゃーんって!」


シオン:「お〜?いつでも来ていいんだぞ〜?手を広げて待ってるよ〜!」

ノルン:「ー・・・・」


そういうとシオンは手を広げノルンを見つめた。

ノルンは恥ずかしそうにしつつもゆっくりとシオンの元へ向かう。

シオンは優しくノルンを抱きしめ、頭を撫でた。


シオン:「よしよし……ノルンは…」


ノルンのアタマの中に突然母親との記憶が鮮明に

流れる。


ノルン(幼少期):「おかあさぁん!ぎゅぅして?」


お母さん:「おいで、私の可愛い宝物…ぎゅ〜…。」


ノルン(幼少期):「えへへ〜!おかあさぁんだいすき!!おとうさんもだいすき!!」


お母さん:「ノルンは……」


シオンーお母さん:「やさしくてとってもいい子だぞ〜」


ノルンの瞳から次々と涙が零れでる…。


ノルン:「うぅ……ぅぅぅ…」


突然涙を流すノルンにシオンは撫でていた手を止めてしまった。


シオン:「え…?…ご、ごめんノルン!嫌だった!?」


ノルン:「…あ…!ううん!違うの!!そ、その…なんか思い出しちゃって…えへ……えへへ……。」


シオン:「そっか……家族から離れて一人でなにも分からない場所でいきなりあんな怖い目にあったんだもんね……よしよし…大丈夫だよ、私も…シエルも…みーんな…ノルンのこと守ってあげるんだからね…。」


ノルン:「……うん……。ありがとう。」


その後も優しくノルンの頭をなでているとシオンが気づいた時には泣き疲れたのかそのままぐっすりとシオンのベッドで眠っていた。

ノルンをゆっくり寝かし、シオンも同じベッドで身体を横にした…。


シオン:「がんばったね…ノルン…。」


ノルン:「…スー……おかぁ……さん…。」


場所は変わり…シエルとレインは酒場の屋根に座り、夜空を眺めていた…。


シエル:「なぁ、なんで平和は俺達を嫌うんだろう...

どれだけ願っても平和って願いは叶わないのかな...。」


レイン:「んだよいきなり、んなこと俺が知るわけないだろ…、まぁ...なんだ?ただ1つ言えるとしたら

平和はずっと傍にいるのかもって思ったりもする。

でも俺たちはそれに気づけなくてずっと無視し続けてるんじゃないか?

この広い世界には色んな奴がいるからな、誰かは努力をして何かを得るし、違う誰かは努力をしても何かを失う…。

誰かは泣いて辛い思いをして、誰かは笑っていい思いをしてる。

だから争いが起きるし、憎しみが生まれる...もし神が本当にいるってならどんな気持ちで生命を創ったんだろうな。

この世界に生きてる奴らみんな、自分に必死なんだよ、だからずっと近くにいる平和に気づけなくてずっと無視してるんだろうな…きっと…。」


シエル:「レインが言うと深く聞こえるね〜、無視してる…ね…気づくにはどうしたらいいんだろうね?」


レイン:「バカ…深いこと言ったんだよ…まぁ、世界を纏(まと)める力を持つ奴がいれば多分気づけさせる事が出来るかもな…まぁいねえけど!」


シエル:「プッ…!もうそれ神じゃない?」


レイン:「フッ……だな!」


シエル:「ロキシルに聞いたんだよ、俺たちアサシンが正義を語れる日はくるのかな?って…。」


レイン:「マスターはなんて?」


シエル:「時代が決める事だ…って言われたよ…。」


レイン:「マスターらしい答えだな、マスターはなんでこの国でアサシンのギルドなんかやってんだろうな…?合法の国だって探せばどんだけでもあるのにな…、なんか意味があるんだろうな〜。」


シエル:「ん〜、なんでだろう…俺が森でロキシルに拾われた時にはもう何人かいたしね〜、懐かしいな出会った時…み〜んな星になっちゃったや…。

1年くらい経った時にデイン達が来てさ、どうしてもこのギルドに入れて欲しいって頼み込んできて、ロキシルは最初は疑ってたけど今は疑うどころかこき使っちゃってさアハハ!んでその後にレインが来て、シオンとも出会って…次はノルン、このギルドにいると色んな出会いがあって退屈しないよほんと…。」


レイン:「あんまりこんな事言うのは癪(しゃく)だが……ここに集まった俺たちには何か理由があるんだろうな…お前を中心に引き寄せられてるみたいな…なんてな…。」


シエル:「ん〜そんな事ないでしょ、わかんないけど、俺は誰かを引き寄せたりする程出来た人間じゃないし、みんなたまたま出会って、たまたまこうして仲間として、ある意味家族として一緒に居るだけなんだからさ、俺を中心とか思わなくていいんだよ。

そもそもナンバーを付けたのもロキシルが俺たちのやる気を煽(あお)って競わせる為だろうし〜アハハ!よく俺らのこと分かってるよね!」


レイン:「マスターは良く俺達の事見てくれてるって事だろうよ、あの人の背中を見てると…ん〜なんかこう、負ける気がしないっていうか、何があっても助けてくれそうなんだよな、お前と初めて会ったあの時も…あ〜やっぱなんでもね。」


レインはシエルに助けられたあの時の背中にロキシルに思った事と同じように、憧れだと思った事を口には出さなかった…。

恥ずかしさも少しはあったが、言わなくても分かってるだろうとシエルに視線を向けた。


シエル:「なになに?なに言おうとしたのレイン??」


レイン:「るせぇよ……馬鹿が!」


シエル:「アハハハ!もう元気になったじゃん!」


レイン:「また明日から動きまくってやんだよ!」


グキッ……


レイン:ーああぁぁぁぁ゛ー


その後も少し話をした後レインと共に部屋へと戻っていった……。


静かな夜が明け…いつもと変わらない日常へとシエル達は目を覚ます。


目を覚ましギルドへ顔を出すととても懐かしい顔が揃っていた。


???:「あ!シエルさんおはようございます!長期の休暇ありがとうごさいました!今日からまた元気にお仕事していくのでよろしくお願いしますね!」


この少女はギルドの看板娘で受付担当のイナンちゃん。

お母さんの遺伝が強いらしく綺麗な金髪に後ろに縛られた長い髪、いやぁなんと美しい……と朝から目が癒されるなんとも良い目覚めだ。


イナン:「シエルさん?そんなにじろじろ見られると少しこそばゆいです……恥ずかしいのでそろそろその視線をシオンさんに向けてあげてください……。」


どことなく背後から冷たい視線を感じ振り向くとシオンとノルンが立っていた。


シオン:「そこ……早くどいてくれる?イナンちゃんおはよう!!……シエル、イナンちゃんに色目使ってたら店主に殺されちゃうよ〜。」

ノルン:「お、おはよう…シエル……エヘヘ……。」


シエル:「アハハ……色目なんて使ってないんだけどな〜…。」


そう……イナンちゃんの父親はあの髭の生やしたお優し〜い酒場の店主の可愛い可愛い一人娘なのだ。

過去にモンスターに襲われた所をロキシルに救われ

この国でギルドと酒場をすることになったらしい。

イナンちゃんのお母さんはその時モンスターに襲われて星になってしまったらしく、ここに来た時は長い間表情の変わらない暗い子だったとロキシルから前に聞いたことがある。

だが俺が来てからはよくちょっかいを出したりイタズラをしたりするせいか良く笑ってくれるようになった。

その笑顔はまさに天使!!みんなに元気をくれる優しさいっぱいの笑顔なのだ……!


イナン:「み……見すぎですぅぅ……恥ずかしいのでやめてくださいシエルさん!!」


ドスッッ!!!


いきなり後ろから強く背中を蹴られ、地面に倒れる。


シエル:「イテテテ……何すんだんにゃろ!」


???:「あほう……どけ、…ったく変わらんのだなお前は……朝っぱらから何してんだ。」


黒い短髪で右目に眼帯を付け……野太い声に鍛え抜かれた巨体で俺を蹴ったのは、鍛錬と戦闘しか芸のない怪我から回復したばかりのデインの兄

"マキシス"だった……。


シエル:「久しぶりだね…マキシス……イテテ。」


マキシス:「ピンピンしてんじゃねぇか!今度ちと付き合えよシエル!」


こいつは口を開けばすぐ剣を交えたがる……こいつとの打ち合いは骨が折れても終わらない。

それだけでなくマキシスが納得するまで続くのである。

前に付き合った時、ロキシルが止めてくれなかったら

俺の三日間が消えてしまう所だった……。

早くても一日は続く打ち合いにもう付き合うのは懲り懲りだ。

そんな事を思っていると強く背中を叩かれ体が飛ばされそうになった。


パッッシィィィン!!!!


シエル:んぎっっ!!!!

シエル:「おんまぇ馬鹿か!!?!?力の加減ってものをしらないの!?」


マキシス:「ハッハッハ!!んなもん考えた事ねぇよ!それくらい知ってんだろ!!ハッハッ!お?」


イテッ……。


マキシスの後ろから声がし、

マキシスは背中に何か軽いものがぶつかった感覚がした為振り返るとそこには眠そうなレインが立っていた。


レイン:「壁にぶつかったと思ったぞ……ほんとでけぇなマキシス……良くなったみたいで安心したわ……。」


マキシス:「おお!!レイン!!久しぶりじゃねぇか!!ええ!?元気してたか!!?」


レイン:「っるさ!!耳キーンてなるだろ!!朝からどんだけ元気なんだよ……ったく……。」


デイン:「このギルドは朝からほんと賑やかだな…まぁ嫌でも目が覚めるから別にいいんだが、マキシス起きてたのか、早いな。」


デインがレインの後ろから出てきた瞬間振り返ったレインは急に顔を赤くする。


やっぱりデインが好きなのかと言うとそういう訳ではなく、デインの背後に立つ桃色の髪のミリスがその視線に映ったからだった。


ミリス:「おはよ!シエル!!久しぶりね!レインも!!」


レインは口が開けずミリスに視線すら合わす事が出来なかった。


ふしゅ〜……


ミリス:「やっぱりなかなか口を聞いてくれないのねレインは、意地悪……。結構感謝してるのよ?」


デイン:「……?おまえミリスのこと嫌いなのか?でもあの時心配して……」


レイン:「あああ!!ちょちょちょちょっと黙ろうかデインンンンン!?!?」


瞬時にデインの口を封じ肩に腕をかけデインを引っ張っていくレインにミリスは不思議そうな顔をした。


シオン:「ミリスゥゥゥ!!!久しぶり!!」


ミリス:「わー!!シオン!!久しぶりね!今日もとっても可愛いわ〜!!」


ミリスに強く抱きつくシオンにお互い柔らかい頬をくっつけあうその光景は一日中見ていられるものだった。


シエル:ー最高…ー


ミリス:「ん?あ!あなたが新しい仲間ね!」


訳の分からない空気感にノルンはあたふたと視線を泳がせていた。


ミリスは不思議そうな顔でノルンの顔から下までをくるくると見渡した。

恥ずかしかったのか唇を震わせながら助けてと言わんばかりの視線をノルンから感じた。

だがそんな姿も可愛かったので俺は見て見ぬふりを貫いた。


ノルン:ーあぁ…シエルの馬鹿…!助けてよぉぉぉー


ミリス:「な〜んてかわいいの!!お人形さんみたいだわ!!それに綺麗な白髪、間近で見るのは初めてだわ!ノルンは天人族か女神族なの??」


ノルン:「え!?私全然そんなのじゃないの!お母さんの遺伝で……。」


白髪というのはこの王国どころかどこに行ってもそう出会うことの無い髪色だった。

白髪で産まれてくる者は昔から天に仕える者か女神族のどちらかしかいないと言い伝えられてきたからだ。

だがどちらも翼が生えており天人族は瞳の奥に不思議な紋章が見えると言うし、女神族の場合は地に降りた場合、自然の成長や魔物に特殊な影響を与えるとされているが、ノルンはどちらにも該当(がいとう)する事が無かった。


だからこそノルンの白髪は俺たちからするとものすごく不思議な感覚になるのも仕方のない事だった。

もしかするとノルンの母親がどちらかに属するのでは無いかと思うがノルンは母親からそういう話は聞かなかったと説明してくれた。


ミリス:「これからよろしくねノルン!一緒に頑張りましょ!! 」


ノルン:「は…はい!よろしくお願いします!ミ…」


ミリス:「もう!ミリスでいいわ!!ミリスさんなんて呼ばれ方したら嫌な距離感で私は寂しいわ、私もノルンって呼ぶからあなたも気軽にミリスって呼んでね、約束よ!」


ノルンはそう言われると最初は恥ずかしそうにしつつも嬉しそうな表情でーうん!ーと答えた。


俺達が会話している端でレインがデインとマキシスになにか相談しているようだった。


レイン:「朝早くからすまない、二人にお願いがあるんだ。」


デイン:「レインが俺達に相談か、珍しい事もあるもんだな。」


マキシス:「おお!いいぜ俺達の仲だ、なんでも聞いてやるぞ。」


レイン:「俺は今回の魔人族との戦闘でここまでボロボロにされて嫌って程自分の限界を思い知らされた…だから二人に打ち合いを申し込みたい。」


デイン:「それは俺達も同じだレイン。俺もお前達が来ていなかったら今頃魔物の餌(えさ)になってただろうしな……。俺はぜひその申し出を受けよう。」


マキシス:「俺も舐めてかかったら痛い目にあったぜ、あそこまでコケにされたのは初めてだった、世界には俺達の知らない上に立つ者達の存在がこんなにも近くに居たことに驚いたくらいだ。それに限界って言ったが、限界なんてもんは自分で感じちゃいけねぇ。

これ以上自分の鍛える部分が無くなって誰にも負けない力を手に入れた時こそそれが限界って事なんだ、俺も申し出を受けるが先に言っておくレイン…死んでも文句無しだぞ!」


レイン:「当たり前だ、こんなとこで死ぬんだったら、この先生きていける訳がないだろ!」


マキシス:「いい返事だ!!」


デイン:「マスターに打ち合いの申請を出してくる。二人は先に準備して待っててくれ。」


シエル:ーレイン……目の色いつもと違うなぁ〜……俺もちょっと鍛え直そうかな。癪(しゃく)だけどあいつにお願いしてみるか……。ー


次の依頼と襲撃に備え、互いに自らを鍛える為に準備を始めた。

この先に待ち受ける更なる試練に向けて……

次の幕が開く。


亜人村編へと続く……。

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