第二話 診察とウン動
「お嬢さん。あなた、もしかして……便秘でお悩みでは、ないですか?」
「……は??」
自分に熱いまなざしを向けるイケメンから出た、そのデリカシーゼロの発言に私、
色気ある展開を期待せざるを得ないシチュエーションで、シモの話をされた事で私のトキメキは完全にどっかにぶっ飛んで消えたのだ。
「うん。その顔色、目の下のクマ、立ち姿勢の悪さ、そして不調そうな体……間違いなく便秘だね」
その澄んだ瞳で人の体を舐め回すように見て、うんうんと頷く謎のイケメンさん。
「あ、あのぉ~……何なんですか、あなたは」
百年の恋も冷めた私がジト目の表情でなんとかそう返すも、このイケメンさんは意に介する様子も無く、満足したような表情で言葉を紡ぐ。
「どうだい? ひと晩付き合ってくれたまえ。キミの悩みを私が解決して差し上げよう」
「え、ええ!? ひとばん、って……ええええええー!」
うそうそうそうそ! これって新手のナンパなの? ってそんなワケないじゃない。後ろにアレだけ美女さん達がいるのに、ワタシみたいな貧相な女を相手にするわけが……。
「あはは、まーた始まった」
「相変わらずの『うんこたろう』よねー」
おろおろする私をよそに、彼の後ろの美女たちがくすくす笑いながらこっちを見ている。と、そのうちの一人がこっちにやって来て、私に向けて指をぴっ、と差してウインクしながらこう言った。
「ね、あなた。悪い事は言わないから、騙されたと思ってコイツに一晩付き合ってあげなさい。絶対損はしないから」
「あ、え、いやその、えーと……」
いきなり降って湧いたトンデモ状況に頭の整理が追い付かない。見た事もないような超絶イケメンが私を見て便秘だなんて言って、しかも何故か直後にナンパされて、背後にいる美女たちがそれを公認してオススメしてくるって、どういう?
「ささ、早速行きましょうかお嬢さん。すぐそこですから」
こっちの意思も聞かずにサクサク話を進め、手を広げて私を案内しようとするイケメンさん。周囲の美女たちも「んじゃーねー」と手を振って解散していくし……
「あ、あの、いいんですか? 私なんかにかまけてて」
「ん? ああ、いいのいいの。今日は彼女たちの一人の誕生パーティやってただけだから」
「でも、私なんかより、あの中の誰かと一緒の方が……」
その言葉にイケメンさんはふっ、と笑顔を見せ(きゅん!)、私に向けてかしこまったポーズを取って(きゅんきゅんっ!)、うやうやしく言葉を続ける。
「貴方の便秘を直すより、大事なことなどありませんよ(キリッ)」
……持ち直したはずの私のトキメキゲージが、またもや瞬時に音を立てて崩れて消えた。
◇ ◇ ◇
「ここですよ」
案内されたのは立派な七階建てのビルだった。東京でこれだけのビルの一室に住めるだけでも只者じゃないのは明らかだけど……。
「り、立派な所に、お部屋を取られているんですね」
「うん? あ、いやいや、僕がこのビルのオーナーだから」
……え、なんだって? おー、なー?
「ささ、こっちへ。一階が僕の仕事場だから」
固まったまま案内されたのは、『白雲診療所』と看板が書かれた病院だった。既に診療時間は過ぎているみたいだけど、普通に鍵を開けて入室して電気をつけ、壁のハンガーにかかっている白衣をしゅるっ、と羽織る。
「あ、お医者様だったんですか」
白衣を纏った瞬間に一気に医者の雰囲気が醸し出された。なるほど、遊び人には見えなかったけど、医者の跡取り息子か何かなのだろうか。
電気がついたので辺りをよく見てみると、医療看板に『胃腸科、肛門科、消化器官科』の文字があるし、その横の張り紙には『お通じ不良でお困りの方、なんでもご相談ください』と書いてある。
あー、私の便秘を見抜いたのは、その道のプロの人だったからか。
「え、でも私……お金持ってませんよ?」
「大丈夫。今は診療時間外だから、ただのボランティアさ。さ、横になってお腹を出して」
そう言って診療ベッドに私を誘導する。仕方ないので横になると、彼は水道から熱湯を出してタオルを濡らし、ゴム手袋を履いてその熱々のタオルを手に取り、私のお腹に広げた。
そしてその上から手を添えて、ちょんちょん、ともう片方の手で私のお腹のあちこちを叩いていく。
「ふぅむ……だいぶたまってますねぇ。下行結腸まで詰まってるみたいです」
んー、こうして対応されると、まさにお医者様に見て貰っている気しかしない。でも無料だって言うし、ここはお言葉に甘えておこう。もし後で無理な金額を請求されても、今の私は逆さに振っても何一つ出てこないんだから。
「じゃ、服着て。三階に行くよ」
「え……終わりなんですか? てっきり下剤とか、浣腸とかすると思ってたけど」
私の便秘を直すとか言ってたのに、このまま何もせずに別の部屋へ?
「そんな一時しのぎをしても意味がないよ。また繰り返すのがオチだからね」
そう言ってエレベーターで三階に上がる。扉が開いた先にあったのは、だだっ広いフローリングの部屋だった。
「やほー、来たわね~」
「あ、さっきの女の人!」
私達を出迎えたのは、さっきこのイケメンと一緒にいた美女の一人だった。私に「絶対損はしないから」と言ってここに来ることを勧めた彼女が、ぴっちりとした服装を身に纏っていた。
よく見るとここ、エアロビクスの教室だ。彼女の服装もそうだけど、所々に鏡や捕まる為の手すり、そしてジム用の健康器具が部屋の一角にズラリ並んでいる。
「じゃあ
「はいはい~」
そう言ってイケメンさんはエレベーターへ乗り込んで行ってしまった。
「うふふ、驚いたでしょ?」
残った美女にそう声を掛けられ、あ……まぁと曖昧に返す。
「ま、さっきも言ったけど、悪いようにはならないわ。明日にはきっと驚くはずよ」
にかっ、と健康的な笑顔でウィンクしつつそういう美人さん。レオタードを着てもスタイルは抜群で、やっぱ私なんかとは次元の違うヒト達だなぁと改めて思う。
「じゃ、早速始めましょうか。服はそのままでいいから、まずは体操で体をほぐしましょ」
彼女の指導に従って体操を始める。どうやらここのインストラクターさんみたいで、何も見ずにてきぱきと指示を出し、それに従ってストレッチやポージングを決めていく。
「ん、んん~っ!」
「はいそのまま10秒ね。次は横腹に手を当てて~」
そんなこんなで都合一時間ほど体を動かし続けた。普段運動なんかしないからさすがに汗びっしょりで、クタクタになってしまった。
「はい、これでおしまいよ。そのまま七階のラウンジへ行ってゴハンにしなさい」
渡されたタオルで汗を拭いてると、そんな事を言われた。
「え、あ、あの……私お金持ってないんです、けど」
「あはは、聞いてないの? ここは全部あの男持ちだから心配ないわ」
エレベーターに乗って七階へと向かう……って、私なんでここにいるんだろう? 確か変なイケメンさんに便秘を直すとか言われて連れ込まれたはずだけど。
この好待遇の裏にあるのは何なんだろう。見た所あのイケメンさんもさっきのインストラクターさんも裕福な人なのは間違いないし、ドッキリみたいな感じで私を晒し物にでもするつもりなんだろうか。
それとももっと最悪なケースで、漫画なんかでよく見る猟奇的なショーにでも出演させられるとかあるかもしれない。着の身着のままの私を見れば身寄りなしと見られて、お金持ちの遊びで殺されることだって……。
「あはは、ばっかばかしい」
何を今さら、ついさっき私はドブ川に飛び込もうとしたばかりじゃない。ならあの人たちが手の平を返すまで、せいぜい付き合っていればいいだけだ。少なくともこの先でゴハン奢ってくれるなら願ったり叶ったりじゃない。
……帰る場所も、食べるものも、今の私には無いんだから――
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