第8話

桐野瑠加は北陽大学医学部の1年生である。瑠加が医者を目指す理由はただ一つ。父親に認められたいからだ。

娘としてはもう諦めている。だからせめて医師として認めて欲しい。

瑠加は本当の父を知らない。

物心付く前に病気で亡くなっていた。

だから瑠加にとっての父とは桐野宗一郎だけであった。


瑠加には恋人がいる。

同じ医学部の同級生、時田篤哉である。

篤哉は母一人子一人である。

篤哉の母は看護師をしている。

息子の教育の為にはお金を惜しまない。

住んでいるのは6畳2間のアパートだった。

篤哉とは高校1年の秋から付き合っているのでもう2年半になる。


「瑠加の方が俺よりよっぽど強い意思を持っているよ」

篤哉はそう言って少し燻んだ笑顔を見せた。

「俺なんて死んだ親父が医者だったからって単純な理由だもんな」

「単純なんかじゃないよ。お父さんみたいになりたいんだよね」

篤哉の部屋で2人はお部屋デートをしていた。

今はレポートをまとめている。

母親は仕事中だ。

「瑠加。分かってくれるといいな。親父さん」

篤哉は瑠加の髪を撫でながら優しく微笑んだ。

「うん」

篤哉の優しさに触れるたびに、瑠加の胸には鋭い痛みが走る。

瑠加には過去がある。

篤哉に出逢うまで、寒々しい家に帰るのが嫌で、夜遊びを繰り返していた。

男と関係して、金銭を貰った事もある。だが、それは絶対に秘密だ。

それが分かったら最後、この時間は無くなるだろう。

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