トンネルを抜けると

珊瑚水瀬

トンネルを抜けると

 分岐点。昼間の暗がり。誰もいない長いトンネル。微かな響きが一人でに抜ける間、彼は空を見上げてその先の景色を想像する事にした。ここは自己を表現するには壮大な物語で、トンネルの暗がりにある限界というものを知りながらひたすらに歩き続けている。誰かのこだまを聞くのに耳を塞ぐことさえ困難で矢継ぎ早に情報が行ったり来たりする。

 しかし、自分のありかを指し示す様に大地を踏み締めるアスファルトに紛れた砂利の音が耳元でなり続けるからそれだけは自分のものであると言い切る事を是とした。彼はその先の青空をまだ知らない。歩き続けたこのトンネルの中を緻密に手のひらで確認して全てに詳しくなったと結論づけ世界の限界を知る。

 彼は全てをつまらないと思い、先ほどから手のひらに残る冷たい感触をそのまま温める事をせず底冷えした余韻を残す。先っぽの冷え切った手をそのまま上下に振り切ると昔聞いたこだまの風を切る音が彼を支配した。何度も繰り返しているうちに無意味に思えてきて、その手をそのまま握った時、振り切った分の暖かさを感じた。

 ただ些細なもので一瞬で彼の暖かさは風と共に去っていく。虚しさを覚えながら一抹の願いを持つことに気がついた。そばに同じ様な孤独の若者がいたら握ってやるのにと。初めて他者を求めることを知る。

 暗がりで視界には映らない。だが、確かに誰かが存在している事を肌で感じる。ジリジリとその感覚を研ぎ澄ませて距離を掴み始める。この踏み鳴らす大地には彼と同じ様な人が存在していたことに喜びを見出し、それを埋める事が彼の役目であったかのように盲目的に彼を飾り立てる。 

 ふとした瞬間にしばしの喜劇は終焉がある事を知る。やはり、砂利の音だけが彼の在処を示す存在証明であって、結局一人で暗がりの中に取り残されているだけなんだと再び限界に気がつくのである。

 彼は全てを悟りながら、その引導を誰かに渡すかを迷うが、やはり歩く事を是としてそのまま進み続ける。その先に見えた暗がりの終わり、底冷えした風の止む音を聞いた。眩しさに目をくらませながら、空の青さと限界がない未来がある事を初めて知った。

あの時知った限界には終わりがある事を。

 そしてそれが、我が人生である事を。

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トンネルを抜けると 珊瑚水瀬 @sheme

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