クエスト4:君の勇者になる④

 階段を駆け上がり、扉を勢いよく開ける。

 罠が仕掛けられているとか関係ない。心が先に進めと促す。


「早かったですね」


 そこにいた女は深くフードを被っていた。背丈はあまり変わらない。そして女の下の地面に守宮さんがいた。床に転がされている。


「守宮さんに何をした!」

「ちょっと寝てもらっているだけです。ご安心ください」


 敵の言葉を信じたくないが、少し安心した。けれど油断してはならない。警戒しながら、コミュニケーションを図る。


「お前は、魔王の手先なの? 守宮さんを狙っていったい何がしたいの!」

「あー…………そういう反応ですか」


 敵が明らかにガッカリした。どういうこと? 頭が理解できない。


「何なの?」

「いえ、期待した私が馬鹿だったんです」


 わけがわからない。けど、理解する必要はない。理解できないんだ。考えなくていい。今は彼女の身の安全が最優先だ。


「守宮さんを返して」

「別に彼女は必要ありませんよ。けど、交渉材料には持ってこっ」


魂灯を弾けティレ・ルミエ・インフェ


 すかさず、火弾を手から放つ。牽制の意味もあり、彼女のいる地面は狙わず、上の方を狙う。女は大袈裟に避け、守宮さんを置いて逃げた。


「話し中ですよ。危ないな~。この子に当たったらどうするんですか」


 離れた。

 狙いは達成だ。守宮さんの元に駆け寄り、彼女の前に立つ。ちらりとみて様子を確認する。

 寝息をたて、安らかな顔をしている。目の前の女が言うように、眠っているだけみたいだ。


「あー人質とられちゃいました~」


 その物言いから、本気で人質にする気はなかったのだろう。守宮さんに危害は加えず、私が彼女に寄っても焦らなかった。

 狙いは、守宮さんの確保ではない。私をおびき出すことだ。


「もっと有効活用したかったですねー」

「黙ってよ、委員長」

「あら? フードを被ってもバレバレですか。トレードマークの眼鏡もないのに~」


 白々しく女、名前は水野理世、委員長は言う。


「何でこんなことしたの?」

「こっちのセリフですよ〜! ひどい悪戯ですね」

「そうだね、ひどい悪戯だよ。おかげでわかった」


 委員長は黒板の文字を消すときに言ったのだ。「こんなこと書かれて悔しいよね。許せない」と。


「悔しい、という言葉に引っかかったんだ。そこまで私に親身になってくれるなんておかしいと思ってさ。あれは、魔王に関係ある人だからこその言葉だと思ったんだ」


 クラスでこんなことが起きて、悔しい、という感情は大きすぎるだろう。せいぜい驚いた、びっくりした程度だ。あんな文章、勇者を虐める内容にもならない。

 けど、彼女は違った。魔王に関係するであろう委員長は見事に引っかかったのだ。


「なるほど、迂闊でした。けど、気づいていたならもっと早く行動すればよかったのでは?」

「ちゃんと話そうと思ったよ。その前にあんたが仕掛けてきた」


 放課後に時間をとって話そうと思った。

 ――穏便に。

 委員長だからと、甘く見ていた。友好的だと思いたかった。信じたかった。今までの会話も、かけてくれた言葉も嘘にしたくなかった。


「ね、委員長」


 違った。敵は何処まで行っても敵。転生しても変わらないんだ。

 彼女を害す者は敵。


「許さないよ?」


 魔力が跳ね上がるのが、自分でわかった。


 ガチャリ。


 しかし、すぐに邪魔が入る。私に近い屋上の扉が開いた。


「あれ? 黒須に……守宮さん! 大丈夫!?」

 

 そこにいたのは鈴木さんだった。わざわざ私を追ってきたのだろう。戦いの場には邪魔だと思ったが、今は好都合だ。

 守宮さんを持ち上げ、鈴木さんの元に運ぶ。

 

「鈴木さん! 守宮さんをよろしく。体調が悪いみたいなんだ。保健室に連れて行ってくれるとすごい助かる!」

「え、本当に大丈夫なの? というか、あのフードの怪しい人は?」

「いいから、お願い。任せたよ!」


 強引に寝ている守宮さんを担がせる。


「え、え、まぁ任されたけど、任されましたけど」

「ありがとう、感謝してる」

「素直に感謝されて気持ち悪いんだけど」

「いいから早く行って。守宮さんをお願い」


 何か言いたそうにしながらも、守宮さんの体調を考えてか素直に従った。扉が閉じる音が響く。

 鈴木さんは律儀だ、信頼している。私との約束を守り、守宮さんを保健室に連れていき、様子を見てくれるだろう。わざわざ屋上まで心配で来てくれたのだ。鈴木さんが側にいるなら守宮さんは安全だ。

 敵に向き直る。

 これで1対1で、気にすることなく戦える。


「私に情けをかけたの?」


 攻撃のチャンスはいくらでもあったのに、敵はわざわざ攻撃してこなかった。


「クラスメイトを傷つけるのは委員長としていかがなものかと思いましてね〜」

「何が委員長だよ」


 敵の実力はわからないが、強いだろう。余裕綽々だ。

 しかし今までは直接攻撃してこなかった。守宮さんに対する呪いだけだ。私同様に彼女も人に魔法を見られてはいけない。


「あなたと話したかったんですよ。結果は残念でしたが」

「私も残念だよ」


 きっと私が守宮さんと離れる機会を伺っていたのだろう。私が、勇者が一人になることは少ない。何度か話しかけられたが、じっくり話すには短すぎた。最近の私は守宮さんとずっと一緒で、狙うに狙えなかったのだろう。

 委員長が何やら棒を出した。指揮棒?

 指揮棒に魔力が纏わりつき、先端に圧縮される。

 そして、


震わせ轟けフェア・エレ・レトリック 」


 拡散された。マナは雷へと形を変える。雷撃だ。広範囲ではなく、雷の矢のように早く、直線的に向かってくる。事前に見えていなければ、避けれなかっただろう。


「くっ」

「さすが反応が早い! 見えているんですか」


 先読みしているようなものだ。ただ、集中しなければ避けるのは至難の業だ。何度も上手くいくとは、


震わせ放てデレ・エレエル・レトリック


 また、雷撃だ。さっきより勢いはないが、広範囲すぎるっ!


「いてっ」


 なんとか避けれた。が、むき出しの肌の部分がピりついた。

 どうしよう。このままでは確実に負ける。実戦経験が違いすぎる。

 記憶を引き継ぐ魔王の関係者と、記憶のない勇者。力はあっても経験値がなければ上手く扱えない。

 けど、虚勢を張るしかない。


「私には魔力の移動が見えているよ。だから容易に見破れる。どんな攻撃も私には当たらない」


 私の運動神経でも避けられているのは、事前に察知できるのと、攻撃タイミングがわかっているからだ。

 しかし逃げてばかりはいられない。こちらも反撃だ。

 あっちみたいに杖の代わりがないので、手のひらから発射するしかない。手のひらからだと魔法の発射する方向がわかりやすい。なら、相手よりもっと速度を上げろ。

 同じフレーズを、魔法回路を復習する。


震わせ轟けフェア・エレ・レトリック

「……っ!?」


 相手も手練れだ。攻撃は当たらなかった。

 しかし、表情は焦っているのが見えた。

 

「待ってください、待ってくださいよ! こっちの攻撃をすぐに使いこなすんですか!?」

「電気系は習得していなかったけど、いけるもんだね」

「やはり化け物ですね、さすが! 実戦経験が乏しくても侮ったら負ける。認識を改めましょう」


 指揮棒を空に向ける。まずい。直感で避けられないと悟る。


「読めても避けれない攻撃にするとしましょ~」


 魔法のタイミングがわかっても、魔力の移動が見えても、全部を覆えば意味がない。敵は屋上全体に魔法を放った。


この地に跪けコトン・デラ・グビラ


「ぐはっ」


 重さが上からのしかかる。重力の増強? 地面に足がくっついたように動かない。まだ立てているが、油断したら身体ごと持っていかれそうだ。

 しかし、そんな絶体絶命の状況を敵は逃すはずがない。 


穿て水の針よピエ・クル・アンラス

水の旅路の終末をヴォン・クル・ヤージュ


 氷柱つららのように鋭い水の矢が飛んでくるが、同系統の水魔法を駆使し、防ぐ。練習無しの実践本番の魔法ばかりで消耗が激しい。


「あははっははは、待ってくださいよ~。ここまでとは聞いていませんよ! 風魔法から急に色々と使えすぎじゃ、ありませんか?」


 今日は風魔法を一度も使っていない。あれは制御が利かず、被害が大きいのだ。それなのに敵は私の風魔法を言及した。

 やはりだ。委員長は映画館で会ったと言っていたが、それだけじゃなかった。


「やっぱり見られてたんだ」

「あんなに魔力を爆発させれば、普通の魔法使いは気づきますよ」


 昨日の今日じゃない。かなり前からバレていたのだ。


「けど、動けないならジリ貧です。私の勝ちです」


 消耗が激しい。このままでは相手の言う通り、私の負けだろう。


「くそっ」


 魔法が駄目ならと、物理的に携帯電話を投げる。

 も、当然のように委員長は躱した。


「やぶれかぶれの攻撃ですか、見苦しい」


 ゆっくりと私に近づいてくる。勝ち誇った顔。

 あんな風に笑うのだと初めて知った。邪悪で醜悪で恍惚とした表情。これが彼女の本当の素顔なのだ。


「あなたの負けです」


 けど、私は諦めない。諦めてはいけない。


魂灯を弾けティレ・ルミエ・インフェ


 それに、諦めてなんていない。

 手から炎弾を放つ。

 が、避けることもせず、相手は手で握り潰した。魔力が小さいのだ、簡単に消してしまえる。


「だから、見苦しいですって。素直に従えば」


魂灯を弾けティレ・ルミエ・インフェ


 声が聞こえた。あらぬ方向から。


「なにっ!?」


 炎弾が相手の背から迫り、ぶつかり、そして弾けた。

 相手は完全に油断していた。

 私は何も口にしていないが、魔法がさく裂したのだ。


「今だっ!」」


 重力魔法が解除され、足が動く。

 体力が尽きそうでフラフラだ。しかし、攻撃を受けてばかりの相手なら何とかなる。


「うおおおおおお」

「ぐはっっ」


 勢いままにタックルする。女はもろにダメージをくらい、吹き飛ばされた。そのまま地面に転がり、呻く。すかさず、前のめりに倒れた彼女の背中に乗る。動きを封じるのだ。


「チェックメイトだよ」


 そして、彼女の背中に手をあてた。いつでも魔法を撃てるという脅しだ。

 勝った。

 敵との初めての戦いは私の勝利で終わった。

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