ペーパー勇者ちゃんと、前世嫁の守宮さん
結城十維
第一部:ペーパー勇者ちゃんと、前世嫁の守宮さん
クエスト1:勇者様ですか? いいえ、違います人違いです
クエスト1:勇者様ですか? いいえ、違います人違いです①
人生は第1印象がすべてだ。
『人生』って言いすぎじゃない? と思うかもしれないが、電車の窓に貼られた広告に太文字で書いてあった。すべてじゃないにしても、第1印象が極めて重要な意味を持つことは確かだ。
――高校1年生。4月。新生活。
わざわざ知り合いのいない高校に進んだ私にとって、第1印象がその後の高校生活に大きく影響することは明らかだった。
失敗してはならない。
けれど、張り切りすぎて浮いてはいけない。
ほどほどに、ふつうに、しかし良い印象を与えるように、友達になりたいなと思われるように。……無難よりは少しプラスが難しい。ちょうど良い匙加減というやつだ。
ともかく! 始まりが肝心だ。
「はい、あいうえお順で端の席から自己紹介を始めようか」
入学式も終わった教室でずっと話していた教師が、生徒たちに出番を譲る。
黒須、カ行の私まで少し時間がある。その間、自分の今までの歴史が走馬灯のようにざっくりと流れだした。
私の人生を漢字ひとつで表すと『無』だ。
幼稚園の頃は一人で砂場で夢中に遊んでいた子だった。今日はどんな城を作ろうか、毎日楽しみに幼稚園に向かい、園内遊びの時は真っ先に飛び出し、作品が完成しないとを帰るのを嫌がる子だった。部屋内では積み木を一人で挑戦し、他の子が邪魔すると積み木を投げて怒った。幼稚園の先生に「芸術家になるのが楽しみですね」と親はよく言われたそうだ。嫌味なのかはわからないが、小さい私は一人の世界に閉じこもるのが好きな子だった。
小学生の私はだいぶマシになり、社交性を持とうとした。
「アイダン面白いよね」「今年の戦隊は違うよ」と家で夢中になっていたテレビ番組の話題を振った。しかし、その趣味はどっちかというと男の趣味で、周りの女の子と話が合わず、しだいに口を閉じていった。だって「誰誰ちゃんが好き」とか「習いごとのバイオリンが~」とかどうでもいいのだ。話の次元が違う。
なら、皆もやっているモンスターゲームの話をすればいいと思ったが、うちではゲームが禁止だった。悲しい。ゲーム禁止の反動は大きく、私は古本屋で漫画を買い、親の入っているストリーミングサービスでアニメを漁りまくった。また一人で閉じこもるようになったのだ。
小学校を卒業する頃には、立派なオタクの出来上がりだ。中でも転生して異世界を冒険するアニメにハマった。万能で、活躍する主人公に憧れ、自分も異世界で活躍したいと自己投影して楽しんだのだった。
中学1年生のオタクの私は、その溢れる気持ちをアウトプットする側になろうと文芸部に入った。入ったのはいいが、一人ぼっちだった。所属人数5名のはずが4人は名ばかりの部員、幽霊部員だったのだ。
周りの生徒が部活仲間で楽しくやっているなか、私はいつも文芸部の部室に一人でお古のパソコンを使い、物語を書いていた。私を模した人間が異世界を冒険し、大活躍する物語で、Webに投稿し続けた。反応はほぼなく、今は読み返したくない黒歴史である。その時できたWeb友達はいまだSNSで繋がってはいるが、リアルで話す友人はいなかった。
クラスメイトに名前を覚えられることもなく、青春の1ページも、卒業アルバムの寄せ書きのページは真っ白のまま終わった。
「中学生の頃はテニス部に入っていました。強豪のここでもテニス部に入って……」
だが、一人ぼっちは今日で終了だ。
高校生になった私は違う。今日から「無」の人生ではなく、「有」意義で、存在感の「有」る人間になるのだ。
クラスメイトに認識されたい。友達に名前を呼んでほしい。
何も人気者になりたい! という話ではないのだ。休み時間に話す友達がいて、一緒に帰る人がいて、休日もたまに遊ぶ。映画を見て、どこが面白かった、ここが微妙だったと語り合うのだ。本屋に行き、おススメの本を紹介し合うのも素敵だ。駅ですれ違った時には挨拶だけじゃなく、世間話ができる人が欲しいのだ。
それでいい、人生にちょっとしたプラスが欲しい。
私の人生は、今日この日から変わる!!
「彼女募集中でーす、なんつって。……どうも、よろしくお願いします」
前の席の人が盛大に滑っていたのを戒めに、ゆっくりと立ち上がる。
私の番だ。
落ち着け、噛まないで、でも陽気すぎないように、けど笑顔はつくって、
「こんにちは。
「……勇者さま?」
私の自己紹介に、思わぬ妨害が入った。
「勇者さま……勇者さまですよね!」
勇者さま……?????
声はすぐ近くから聞こえた。隣の席の人が驚いた眼で私を見ている。
女、女の子。
色素の薄い金色のような煌びやかな髪が、昼の光を浴び、いっそう輝きを増している。
美少女だ。
けど、今はそんなこと考えている暇はない。彼女の容姿など関係ない。思わぬアクシデントもプラスにしていかないと私の高校生活がここで終わっ、
「勇者さま、また会えるなんて感激です……! 私はずっと待っていました。この日を待ち焦がれていました。嬉しいです、生きてきて良かった。この再会をエルアレクの神に感謝を」
「へ?」
演技にしてはできすぎていて、揶揄うにしては真剣すぎて、戸惑う。
私の聞き間違いではなく、隣の美少女が私の手をぐっと掴み、早口で、でも情感たっぷりに語った。
今にも泣きそうなほどに潤んだ大きな瞳。
こんな場面でなければ、「どうしたの話聞くよ?」とうっかり優しくしてしまいそうだが、違う! 今じゃない! 私の自己紹介!! なに、エルアレクの神って、勇者って!
「人違いです! 私は勇者じゃありません! ただの学生です!!」
「そんな! 勇者様、お忘れですか!」
「そもそも知らないです! 勇者じゃないです!」
「……あんなに私と愛を誓い合ったのに忘れたのですか」
「愛を誓い合ったっ!? あいっ!?」
突然の「愛」の言葉に動揺しすぎて、口がうまく回らなかった。
動揺は周りのクラスメイトも一緒だった。けど、誰も止めない。様子をただ見守っている。
先生も口をぽかーんと開けて固まっている。見守らなくていいんだよ、誰か止めてくれ。
「愛です、勇者さま」
そんなに愛を連呼しないでほしい。
そもそも可笑しいのだ。
「勇者さまって、私女なんだけど! 勇者って男じゃないの」
「そうですよ」
「あっさりと認めた! じゃあ違うじゃん、私は勇者じゃない」
「私にはわかるんです」
「なんで!」
「愛です、心でわかるんです!」
「話にならない!」
言葉の応酬に、周りのひそひそ声も大きくなる。
まずい、このまま終わってはならない。前に向き直し、精一杯の声をあげ、宣言する。
「私、黒須小陽は普通の学生で、勇者じゃなくてっ、ぬうう!?!?」
頬に湿った感触がした。
それはあまりにも突然で、私にはきっと初めてのことで、唇同士じゃなくてよかったなんて冗談も言えず、私の人生に終わりを告げた。
終わった。
「お忘れですか」
「なにを……」
唇を離した美少女が私を艶やかな目で見つめる。私は文字通り崩れ落ちた。椅子も支えきれず、床に無様に尻もちをついた。
え、何をされた? 右頬を触るとまだ湿り気が残っている。
「わぁぁぁぁぁぁ」
「えーっと、じゃあ次の人、自己紹介よろしく」
先生は無慈悲に次に回した。
なかった、ことにされた。
私の自己紹介は、今見たことはなかったことにされた。まだ私、床に座っているのだけど!
「えーっと、高校でもバスケ部に入り、頑張りたいです」
けど、忘れられるわけがないだろう。
なかったことにできない。
クラスの自己紹介で、私は「勇者様」と頭のおかしい美少女に言われ、そしてキスされたのであった。
「うわあああああああ」
「黒須、落ち着け。はい、次の君、自己紹介続けて」
無慈悲すぎる!
私の高校デビューは、一日目にして大失敗に終わった。
終わりの始まり。
派手すぎるアピールは、その日のうちに1年生のほとんどが知ってしまった。
――もちろん、第1印象は最悪だ。
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