第23話 思い出を香りに乗せて
翌日。ミモザは新たなフレグランスのレシピを考案して、エクレールの前でプレゼンした。前回と同様に、黒板に書いたピラミッドを指さしながら説明をする。
「フレッド様のお話をもとに香りのレシピを組み直してみました。トップノートは、オレンジスイート。ミドルノートは、ベルガモット、クラリセージ、ファーマルローザ。ラストノートは、バニラとパチュリを選びました」
まずは使用する精油の種類を伝える。エクレールは腕組みをしながら頷いた。
「ミドルノートでは、どんな香りを表現しているの?」
この質問が来ることは、あらかじめ想定していた。ミモザは、緊張を纏いながらも落ち着いた口調で解説をする。
「ミドルノートでは、複数の精油を組み合わせて紅茶の香りを再現しています。アールグレイの香りづけにも使われるベルガモットに、爽やかさと甘さを併せ持つクラリセージ、そこにダンジョン産のファーマルローザを加えて華やかさをプラスしました」
意図を説明をすると、エクレールは納得したように何度も頷く。
「やっぱり紅茶だったのね。その組み合わせからそうじゃないかと思ったわ」
さすが天才調香師というべきか、ミモザの考えは読まれていたらしい。一通り説明をすると、エクレールは白衣を羽織った。
「さっそく試作をしてみましょう」
相変わらず淡々とした物言いだが、その表情は前回よりも柔らかく感じた。
「はいっ!」
ミモザは元気よく返事をしてから、白衣を羽織った。
~*・*~
作業机の前には、ミモザの選定した精油が並べられている。その他にも、精油を希釈するエタノールや試香するためのムエットも用意していた。
「調香の仕方は前回と同様よ。ミドルノート、トップノート、ラストノートの順に調香して、最後にそれぞれを組み合わせて」
「はいっ」
手順は頭に入っている。分量もあらかじめ計算済みだ。ミモザはビーカーを手に取って調香を始めた。
前回は、探り探りで調香をしていたが、今ははっきりと見える。香りの織りなす物語が。
プロローグは、オレンジの香りだ。アスター家の庭に植えられていたオレンジの木をモチーフにしている。
爽やかな香りに包まれながら遊んでいると、ふわりと紅茶の香りが漂ってくる。甘い香りに誘われて、二人はテラスに走った。テーブルの上には、焼きたてのケーキと紅茶が並んでいる。二人は瞳を輝かせながら席についた。
お菓子と紅茶の香りと共に過ぎていく、穏やかな午後のひととき。幼き日の幸せな時間を香りで再現した。
トップノート、ミドルノート、ラストノートの調香を終えると、あらかじめ計算した分量で混ぜ合わせる。ビーカーの中に注いだ後、ガラス棒で攪拌した。透明な液体を見つめながら、ミモザは願いを込める。
『忘れないで。貴方を想っている人がいることを』
カリーヌの笑顔を思い浮かべながら攪拌する。すると、ビーカーの中身がオレンジ色の光に包まれた。
初めて調香した時にも起こった現象だ。心なしか、前回よりも光が強くなっているように思える。精神を研ぎ澄ませながら攪拌する様子を、エクレールは誇らしげに眺めていた。
「スキルが発動しているようね」
その声は、集中しているミモザには届くことはなかった。液体が均等に混ざり合うと、ガラス棒を取り出す。
「できました」
「そしたらムエットに浸して試香してみましょう」
指示された通り、完成したフレグランスにムエットを浸す。軽く振ってアルコールを飛ばしてから香りを確かめた。
最初に感じるのはオレンジの香りだ。すっきりとした香りに包まれていると、後からほのかに紅茶の香りが伝わって来る。時間が経つにつれ、紅茶の香りは鮮明になった。最後に残ったのは、甘くて濃厚なバニラの香りだ。始まりから終わりまでイメージしていた通りの香りだった。
「これがカリーヌ様に相応しい香りです」
ムエットを、エクレールに差し出す。目を閉じて香りに浸っている様子を、ドキドキしながら眺めていた。何度か呼吸を繰り返すと、エクレールは目を開く。
「いいんじゃないかしら」
「それは、合格ということですか?」
「合格かどうか判断するのは、依頼人であるカリーヌ様よ」
エクレールからは素っ気なくあしらわれる。褒められることを期待していたから、ちょっとがっかりしてしまった。しかし続く言葉で、ミモザの気持ちは回復する。
「お客様のことを想いながら香りを作り出す。それが私たちの仕事よ。悩みながらも、お客様に寄り添おうとしている貴方は、私の見込んだ通り調香師の素質がある。これからも頑張りなさい」
エクレールはミモザの肩を叩くと、調香室を出ようとする。相変わらず淡々とした物言いだったが、褒められていることに気付くと嬉しさが溢れ出した。
「ありがとうございます!」
ミモザは熱を込めてお礼を伝える。すると、エクレールは白衣の裾を揺らしながら振り返った。
「ちなみに、その香りの名前は決めているの?」
それもあらかじめ決めてある。ミモザは、晴れ晴れとした表情で頷いた。
「はいっ!」
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