第二章 旅の始まり

第13話 鉄道の旅

 リューキの町を離れたミモザ達は、隣町のイサキの町までやって来た。ここまで移動するだけでも一時間近く馬車に揺られている。悪路が続いたせいでお尻が痛い。


「あのー……マシヴァまでどうやって行くんですか? 馬車……ですかね?」


 正面に座るエクレールに尋ねる。ここから王都マシヴァまではかなり距離がある。馬車で移動するとなると何日もかかるだろう。


 この後も馬車に揺られ続けることを想像すると、気が重くなった。ミモザの隣に座っているロイも、窮屈そうに脚を縮めている。


 ミモザが質問すると、エクレールは表情ひとつ変えず淡々とした口調で答えた。


「馬車なんかで移動したら、三日はかかるでしょう。もっと早い移動手段があるじゃない」


「早い移動手段?」


 ミモザが首を傾げたところで馬車が停車する。するとエクレールが馬車の扉を開けた。


「行くわよ」

「あ、はいっ!」


 エクレールが馬車から降りたところで、ミモザも慌てて後に続く。石畳の地面に降り立った瞬間、ミモザは翠色の瞳を輝かせた。


「高速鉄道だぁ!」


 煉瓦造りの駅舎には、臙脂色の鉄道が停車している。蒸気機関車を思わせる車体だが、この世界では魔法石を燃料として動いている。ミモザも高速鉄道の存在は知っていたが、実際に目にしたのは初めてだった。


「これに乗ってマシヴァまで行きましょう」


 エクレールの言葉を聞くと、「わぁ!」と両手を合わせる。前世では電車に乗る機会は何度もあったが、転生してからは初めてだ。この世界の鉄道がどのようなものなのか興味があった。


 期待に胸を膨らませる一方で、懸念点もある。


「でも、高速鉄道のチケットって高いんじゃ……」


 高速鉄道は、庶民が気軽に乗れるものではない。乗車するには高額なチケットを購入する必要がある。そのため貴族御用達の乗り物として知られていた。ミモザが懐事情を気にしていると、エクレールは涼し気な顔で答える。


「お金の心配はしなくていいわ。あとで経費精算すればいいのだから」


 そう告げると、エクレールは颯爽とチケット売り場へ向かう。ミモザもその後を追いかけた。


「一等席のチケットをいただけるかしら」

「いい、いっ、一等席!?」


 チケットを購入するエクレールの真横で、ミモザは大声をあげる。高速鉄道のチケット自体が高額なのに、一等席を購入するなんて信じられない。


 エクレールは経費精算すればいいと言っていたため、交通費はギルドが負担してくれるのだろうが、一等席のチケットを出してくれるほど気前がいいものなのか?


 口から魂が出そうなほど放心していると、エクレールは涼しげな顔で説明した。


「私、鼻が良いから大勢の人でごった返している車両だと気分が悪くなるの。鉄道は個室以外は考えられないわ」


 なんとも贅沢な主張だ。とはいえ、鼻が商売道具の調香師にとっては必要なことなのかもしれない。ミモザもエクレールと同じく鼻が良いため、大勢の体臭が籠っている空間にいると気分が悪くなる。個室で移動したい気持ちもよく分かった。


 納得していると、エクレールはチケットを差し出す。


「はい、貴方の分のチケット」

「いいんですか?」

「ええ。王都に着く前に教えておきたいこともあるから」


 そういうことなら有り難く受け取っておこう。ミモザが大切そうにチケットを握りしめていると、隣にいたロイも手を伸ばす。


「俺、一等席に乗るなんて初めてだ。楽しみだなぁ」


 表情を緩ませていたロイだったが、すぐに期待を打ち砕かれる。


「何を言っているの? 貴方は三等席でも構わないでしょ?」


 エクレールは表情一つ変えずに、「はい、これ」とチケットを差し出す。受け取ったのが三等席のチケットだと分かると、ロイは笑顔を引っ込めた。


「なにこの格差……」


〜*・*〜


 悲壮感を漂わせるロイに別れを告げ、ミモザとエクレールは一等席の車両へ向かう。細い通路を進み、先頭車両までやって来たところで、目的の個室を見つけた。


 扉をスライドして個室に入った途端、ミモザは再び瞳を輝かせる。


「これが一等席? 椅子がふかふか! テーブルもある! これは食事のメニュー……もしかして食事も出てくるの!?」


 個室には、布張りの椅子が向かい合わせに設置されている。椅子の間には木製の机があり、食事や書き物ができるようになっていた。


 椅子の真横には大きな窓があり、外の景色が一望できる。一等席の名にふさわしい、豪華な客席だった。


 ミモザがふかふかの椅子を堪能していると、エクレールが正面に座る。彼女は一等席に乗り慣れているのか、特段はしゃいでいるようには見えなかった。


 しばらくすると汽笛が鳴り響き、列車が動き出す。高速で流れる景色を見て、ミモザは興奮気味に声をあげた。


「わぁ! 速い速い! こんな大きな列車が魔法石で動いているなんて信じられない!」


 窓に額をくっつけて景色を眺めていると、エクレールは苦笑した。


「貴方、本当に楽しそうね……」


 エクレールから呆れられていることに気付き、ミモザは慌てて椅子に座り直す。子どもっぽいところを見せてしまった。恥ずかしくなって、背中を丸めた。


「すいません。はしゃいでしまって……」

「まあ、初めて高速鉄道に乗ったのなら、無理もないわね」


 そう片付けると、エクレールはトランクケースに手を伸ばす。その中から分厚い本を取り出して、テーブルに置いた。


「だけど貴方を一等席に連れて来たのは、快適な列車の旅をさせるためじゃない。王都に着くまでに勉強してもらうためよ」

「勉強?」


 ミモザがきょとんとしていると、エクレールは本の表紙をトントンと指先で叩く。


「これは精油の特徴が書かれた辞典。マシヴァに着くまでにすべて覚えなさい」


 ミモザは本を手に取って、パラパラとページをめくる。そこには精油の名称、香りの特徴、効能、使用上の注意などがびっしり書かれていた。これをすべて覚えるのは、骨が折れそうだ。


 普通の人なら音を上げたくなるような課題だが、ミモザは違った。


「こういうの欲しかったんです! ありがとうございます! 移動中に暗記します!」


 ミモザは、鉄道に乗った時以上に瞳を輝かせた。香りの勉強をしたいと願っていたミモザにとっては、実に興味深いものだ。勉強をすること自体が楽しくて仕方がなかった。


 本を開くと、先ほどまではしゃいでいたのが嘘のように黙読する。その集中力は、凄まじいものだった。


 エクレールは驚いたように目を見開いていたが、しばらくすると口元に手を添えながらくすっと笑った。


「これは、期待できそうね」

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