番外編
六人の仲間の話1
アルマ。名字はない。田舎でのうのうと育った男だ。剣が使える。それくらいである。
適当な年齢になった頃から、ふらふらと旅に出るようになった。適当に、海の臨む町に住みついた。日雇い仕事でふらふらと過ごした。子どもも大人に混じって働くような場所のため、アルマのような若者でも気にせず雇ってくれた。いい町だった。
人間より魔物を殺す方が手ごたえもあったし、なぜか自分に向いていた。だから冒険者となった。魔物を狩る依頼があれば、彼らの大地どこへでも足を踏み入れた。
その旅のなか、遺跡に落ちていた呪われし道具みたいなの――アルマに学はないのでそうとしか言いようがない――を暇つぶしがてら拾ってみたら、呪われて毛髪が青くなった。確かにアルマがただの動物であったら、よほど目立つ毛皮である。敵に狙われ、すぐ狩られてしまっただろう。
が、アルマは人間で、かつ冒険者である。よく目立つようになったが、たいして問題はなかった。目は生まれつき青かったのだが、髪が青くなったのにはこういう間抜けな経緯がある。
とにかく、適当に、ふらふらするのが好きだった。その程度の、ただの剣士の男だった。
イータと出会ったのがこの頃である。鋭い口笛にふらふらと向かってみたら、海の者がいた。同い年くらいの少年だ(後で知ったが彼に性別はなかった)。海の者なのだから親しすぎるのもどうかと思って、「どうも」と声をかけた。
彼はアルマの青い髪と目を気に入って、アルマもとりあえず喋るのは嫌いではなかったから、交友を結ぶ。会えば話すし、会わなければ話さない。
イータはだいたい、陸の人間と大差ない。アルマの髪が青くなった経緯を話したら、吹き出して岩を叩いてげらげら笑っていた。
腹が立ったので、蹴飛ばして海に落としてやった。
アルマはもっぱら、自分の仕事のことを話す。それ以外は特に面白みもないと思ったからだ。イータは予想以上に食いついてきた。好奇心の強い奴だと思った。
気づいたらたまに一緒に行動することとなっていた。
人が増えるといいこともある。交通費を筆頭にその他諸経費が安くなる。旅人にとっては重要なことだ。ちょっと離れたところにも、ちょっと稼ぎに行ってみようか、という気になる。
出先が増えれば、出会いも増えた。
アルマとイータは、ゾーイと出会った。
異国から来たらしい浅黒い肌の人間で、深い魔力の残滓をイータが嗅ぎつけた。
彼女(及び彼女の選んだ者だが、そんな者は存在しなかった)にしか使えない蛋白石の杖がある。それを握りしめ、街路の影でじっと蹲っていた。そのときのアルマには、彼女は少年にしか見えなかった。痩せっぽちで、落ち窪んだような、死んだ目をしていた。深くかぶったぼろ布から、濁った眼がのぞく。その額にも、大ぶりの蛋白石がつやつやと虹色の輝きに喜んでいた。
「それに生気でも吸われてるみたいだぞ」
イータの気遣いの欠片もないクソみたいな発言。アルマは冷静に「それはどうかと思う」と言ったが、ゾーイは楽しげに笑った。乾いた唇が割れ、血が滲んでいた。
「ボクもそう思う」
出会った当初からしばらくのあいだ、ゾーイは男のように髪を短くしていた。この方が落ち着くし、安全とのことだった。
彼女がその灰褐色の髪を熱心に伸ばし、手入れするようになるのは、まだ先のことである。
こうして仲間は三人となった。イータは帰郷でいたりいなかったりした。ゾーイも落ち着いてからは一人で依頼を受け始めたから、いたりいなかったりした。
『剣士アルマ』の名前が少しずつ売れ出し、大きな仕事もくるようになっていた。大きな仕事があれば、予定を調整して三人で出かけることにしていた。
騎士クレメンスと出会ったのは、その大きな仕事の一つだった。
依頼はなかなかに単純で、帝国貴族がかつて住んでいた田舎の別荘に魔物が巣くっているので、退治してくれとのことだった。
クレメンスは、その家の三男坊だった。武勇に優れ、頭はそこそこ。性格が直情的で、声がでかい。人々には好かれるらしいが、それはともかく。
「こいつが剣士アルマか? この弱っちそうなのが?」
小物臭い発言である。クレメンスはいい奴なのだが、そういうところがある。
ゾーイが真っ先に食ってかかっていって、クレメンスに突き飛ばされた。ちなみにクレメンスの名誉のために言うと、彼はゾーイのことを、有名な冒険者一行の一員で、『男』だと思い込んでいたのだ。
後々、突き飛ばした相手が女性だったと知ったときには、汗をだらっだらかいていた。その後二人がどのようなやり取りで仲直りをしたのか、アルマは知らない。
ちなみにそんなやり取りの間、イータはクレメンスのところの優秀な厨房係の女を口説いていて、他の話は何も聞いていなかった。彼は有能な人物であれば、なんだって称えるのだ。
ともかく騎士クレメンスも、その依頼についてきた。彼はゾーイと派手に喧嘩をしたり、アルマに絡んできたり、イータに「うちの勤め人を口説くな」という真っ当な説教をしたり、なかなかに忙しそうであった。
そんな忙しない貧乏旅の何がよかったのか、依頼完遂後も、たびたびアルマ達の冒険についてくるようになる。
ちなみにゾーイが髪を伸ばし始めたのは、この頃からである。
仲間内で最年少の少女、ウリララがアルマ達の前に現れるようになったのは、いつの頃からかはよく覚えていない。とにかく初めて遭ったのは、クレメンスと出会った後である。
帰郷したイータを除き、アルマとゾーイ、クレメンスが、荒れた山で一息つき、だらだら話していたときだった。
その子どもはふらっと現れて、三人の話題に入ってきた。何にでも興味津々といった風体で、その割にあまり人には寄り付かない、冷静な警戒心を持っていた。やがて彼女はまたふらっとどこかへ消えていった。
直後、「空にドラゴンの影が見えた」とゾーイが呟いたのを、クレメンスが「眠さで見間違えたんだ」と馬鹿にしてスネ毛を焼かれていた。こいつはそういうところがある。
それから時たま、ウリララはアルマ達の前に顔を出すようになった。
彼女がドラゴンとともに遍く空を駆けるドラゴンライダーであると知ったとき、アルマは本当に驚いた。そんな人間がいること自体知らなかったためだ。ただの田舎出身ののんき者であるため、アルマには知らないことも多い。
ウリララはアルマの危機にドラゴンとともに駆けつけてくれた。逆にこちらが、ウリララを助けることもあった。
ドラゴンライダー・ウリララが仲間らしく共に行動するようになるまではかなり時間がかかったが、それでも彼女達は、確かに仲間の一員であった。
名士アスランは、アルマ達に――というより、冒険者という職に興味を持ち、声をかけてきた。彼は土地持ちの領主で、己の人生にも多少は慣れてきただろう中高年だった。それらしく凛々しく鷹揚な雰囲気で、特に人生に問題があるわけでもない。
しかし、もう隠居したいのだという。
「冒険者に憧れていてね」
土地を継げないであろう貴族の三男クレメンスは、彼に対して複雑そうであった。部族の王の子イータは呆れ、その弱さを馬鹿にしていた。
ゾーイは、「あんなクソみたいな奴らに囲まれてたら嫌になるのもしょうがないよ」、なんてしみじみ頷いていた。確かにアスランの周りの人間は、なるほどクソみたいな奴らばっかりだった。しかし冒険者自身『クソみたいな奴ら』筆頭なところがあるため、アルマとしては肯定も否定もし辛いのである。
アルマは、まあ隠居でもなんでもいいんじゃないかな、といった感じだった。自分だってふらっと来て、ふらっと冒険者になった。仲間も皆、似たようなものである。似たような知り合いが一人増える、それくらい、別にいいんじゃないかなと思ったのだ。
だから
「私は、領主をやめることも考えてるんだ」
と、俯き、呟くアスランに、「いいんじゃないですかね」と返した。
「また適当な……。そう気楽に隠居できるほど、領主も楽じゃないんだよ」
「じゃあ領主やりながら冒険者やったらいいんじゃないですかね」
別に雇われて魔物を殺すくらい誰にだってできる。傭兵にだって、乞食にだって、領主にだって、誰にだって。冒険者だとか職業だとか、そこまで気にすることもない。
名士アスランは黙ってしまった。
彼はその後、領主兼冒険者として活躍していたが、しばらくして本格的に一線を退くと、アルマ達に同行するようになった。
そんなこんなあったが、クレメンスとゾーイの関係は進展しない。
「俺は貴族だ。彼女とは決して結ばれない。だからこそ、手を出すわけにはいかない。それに、あいつには今のまま、自由に生きてほしいんだ……」
「分かってるよ、クレメンスは貴族だって。ボクみたいな女が、近づいたらダメな人なんだって、ちゃんと理解してる」
でもアルマは、クレメンスとゾーイがいっちゃいっちゃしているのを知っていた。
お前らそんなこと言いながら陰でいっちゃいっちゃしているのを俺は知ってるからな、と内心思っていた。
彼らは互いに手も触れないのだが、傍目にも分かるほど色々と圧倒的なのである。甘ったるいオーラが出ているのである。触れてないのにウルトラスーパーいちゃいちゃ感を醸し出してくるのである。
二人は、二人のこのじれったい感じはアルマしか知らないんだろう、なんて思ってたみたいだが、仲間は皆知っていた。ヒトの感情に頓着しない、ウリララのドラゴンですら察していた。
「……クレメンスがゾーイを気に入るのは分からなくもない、彼女の魔力は虹のごとく霧のごとく、やわく美しく靡いている」
イータは技術や実力ある、あるいは見目麗しいなど、単純に評価する点がある者を好む。この点、人間よりも遥かに分かりやすい。
「だがゾーイがクレメンスを気に入る。これが分からない」
「やめてやれよ」
クレメンスはいい奴なのだが、やはりこういうところがある。
仲間が全員揃ってからも、ただの六人の冒険者チームだった。剣士アルマ、海珠使いイータ、マジプシャン・ゾーイ、騎士クレメンス、ドラゴンライダー・ウリララ、名士アスラン。
一緒に旅に出たり、出なかったりする、どこにでもいる六人である。
ある日、六人揃って出かけた遺跡で、『遺産』を見つけた。ブーツである。擦り減っても戻る、傷ついても直る。それだけだが、使い勝手のよさそうなブーツである。アスランにサイズがぴったりだったので、彼が履くことになった。
アスランはそれを帰郷したときに自慢した。謎のダンスを踊ってステップを踏み、それでも擦り減らないところをアピールして、周囲からかなりの顰蹙を買ったらしい。
彼はそれをこちらにも披露してきたが、なるほど酷いものだった。ダンスも歌も惨たらしい。
「うわあ……」
終了してすぐの静寂のなか、素直なウリララが思わず漏らした一言がすべてを物語っている。
しょんぼりしたアスランは、アルマの横に腰掛けた。
「……たまに思うんだ。私には、領主以外の才能がないんじゃないかって」
「分かる」
アルマが同意すると、アスランは少し泣いていた。
お陰でアルマは、年長者を重んじるところのあるクレメンスに叱られたが、彼もアスランのパフォーマンスはフォローできていなかった。
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