第20話 全能と契約

【全能】と【全能無効】。


 多鍵のスキルはこれがすべてだ。

 あらゆる耐性も、【全能】さえあればどうにでもなる。

 【全能】による攻撃は、【全能無効】で防ぐ。

 この二つさえあれば、他にいくらスキルがあろうと、差などない。

 誰もが同等で、誰もが超える事などできない。

 互いに不干渉で、それぞれが自分の世界で「神」として存在し続けられる。


 シンプルイズベスト。

 

 だからこそ、つまり。

 【全能無効】を貫通するスキルがもし存在してしまえば――

 彼女に、身を守るすべなどない。


 だから、無理くりひねり出した理論をでっちあげ、システムをなだめすかし脅して手に入れたのが――疑似全能だ。


 ***


「今ので終わった、つー事なのか……?」

「何か、全然そんな感じしないのですけれども」

「えっと、なんかこう……今一瞬のすごい攻防とかあったんです?」

「ないよ、相手が動く前に【疑似全能】を叩きこんだだけ」

「それだけ?」

「だからつまんねえんだ。全能同士の戦いは」


 不意打ちなり早打ち全能を当てれば、多かれ少なかれ一瞬で決着がつく。

 何の駆け引きもない、つまらない戦いだ。


「ふふ……強いね、やっぱり、あなたは。」


 倒れこんだまま、多鍵が顔を上げる。

 

「……。と言うか、弱くなってるなお前は」

「そう?」

「【全能】も昔と比べて弱体化してるんだよ。昔のお前なら、考えた瞬間対象を滅茶苦茶にすることなど造作もなかったはずだ」

「そうだっけ? 昔の事なんて思い出せないや」

「あと、昔のお前ならもう少し頭も回ったはずだ……そんな、アホみたいな事する奴じゃなかった」

「100年あなたの事ばかり考えてボケちゃったのかもね。」

 

 彼女は、笑う。満足そうに。

 自分の人生の理不尽を、思い通りにならない事を、楽しむかのように。

 

「さてと、言う事を聞いてもらう。その【全能】――もう使えないようにしといたから」

「……えっ?」


 急に焦りだす。

 先ほど疑似全能を叩きこんだ時、一緒に命令を脳に刻み付けてやった。

 ……桜なら全能を使わなくても同じことが出来るのだろうけど。


「えっとですね。」

「うん」

「ちょっとその、流石にそれはちょっと本格的に全能じゃなくて無能になってしまうので何とかしていただけないでしょうかな、と。」


 息継ぎ一つ無く言い切る。


「全能は、耐性を兼ねてる訳だし紳士協定にも反してるかな、と。」

「……俺も、人のスキルを完全に使えないようにするのは本意ではない」

「……じゃあ?」

「いいだろう。シン日本の物に対し全能を適応しない。全能を利用したもので、シン日本を破壊しないという条件付きでどうだ」

「シン日本? なにそれ……ああうん、この国の事ね。ふふ、ならいいよ。」


 全能は全知でもある。そのくらいの知識は得られるか。


「あとシン日本から出るな」

「えー。……ま、その位なら、ね。……別に、全なる私も人様をどうにかしようという気はないし」

 

 全能大戦以後、全能は大分スキルとして劣化した。

 昔は世界一つどうにかできたスキルも、人の視界の範囲、人の思考できる速度の範囲、現実的に対処可能な程度のスキルでしかない。

 いまや、全能はちょっと何でもできる程度のスキルでしかない。

 人様に迷惑をかけなければ持っておいてもいいだろう、という判断だ。

 ……流石に一般人に迷惑をかけられても困るから、制限はつけさせてもらったか。


「へえ、現代日本を再現した国なんだ。ふふ、楽しそう。案内してくれない?」

「ヤダ」

「えー」


 不貞腐れてそっぽを見る。

 その先の奴と、目が合った。 


「じゃあ、アレは?」


 氷状態になり四肢を固定され動けなくなりながらも、憎々しげにこちらをにらんでいる公正明大を指さす。


「は?」

「……まあいいが」


 シン日本を破壊しようとしている人間がシン日本の物であるものか。

 

「え、はぁ!?」

「ちょっとそこのあなた。生きたお人形にさせられたくないなら椅子になりなさい」

「何、私を洗脳でもして、無理やりいう事を聞かせるつもり!?」


 わなわなと体を怒りで震えさせながら、叫ぶ。

 

「無理やりじゃないよ。あなたが、勝手に、全なる私の椅子になるのよ?」

「誰が言う事聞くもんですか、貴方が、【全能】なんてスキルのせいでが世界を無茶苦茶に……!」

「ふーん、あなた、アンチマキナ団……システムを打倒する、ね。面白いね。でもあなたはね、スキルが支配する世界の下で生きてるの。」

「だからシステムを滅ぼそうって言うんでしょ!」

「なら、全なる私にもあらがって見せなさい?」

 

 俺は、その姿を横で見ている。

 止める事はせず、一言だけ言う。

 

「多鍵、そいつを操ってシン日本を破壊するとかは無理だからな」

「ふふ、わかってるよ。」

 

 公正は、多鍵をにらみ続ける。

 

「あらがって見せましょう……! たとえどんな目に合おうとも、自分の意志でお前に従わないわ……!」

「そ。」


 パン、と手を叩くと、公正明大は一瞬にして消える。

 その足元には、彼女の姿が描かれた一枚のカードが残っていた。


「……見事なり」


 カズマさんがぽつりとつぶやいた。

 全能相手に、ああも啖呵を切るとは。覚悟は見た。

 何の意味もなかったが。

 

 俺は、そのカードを拾う。

 

「……100年経つ前には出してやれよ」


 と言って多鍵に押し付けた。


「紗城さん!? そのアンチマキナ団を野放しにしておくつもりですの!?」

「ギルドで持ってたってアンチマキナ団が取り返しに来るだけだろ、意味ねーだろ」

「矛先を人に押し付けようって事? あら酷い」

「ふふ、もらってあげる。」


 アンチマキナ団からしても


「で、全なる私が動くにはどうしたらいいと思う?」

「……全能とやらで勝手に移動する乗り物でも出せばいいんじゃないの?」


 桜が興味なさそうに言う。

 

「その手があったか。」


 全能でどこからともなく車いすを出し、這って座る。


 

 そして、一言。


「さて皆さま改めまして。哀れにも敗北した前回のラスボス、多鍵と申します。以後よろしくね。」


 

「……大丈夫、なんだよね?」


 円が不安そうに言う。

 

「うん、シン日本の人間であるあなた達に、全能は使えないことになったし」

「ホントぉ?」

「うん、だって……」


 手の平の上に、どこからともなく紙飛行機が現れる。

 それを俺に向かって投げ、当たる瞬間それは粉々に砕け散った。


「全能で作るモノに対しても、シン日本の物を傷つけてはいけないというものが適応されるみたい。」

「……あれ、じゃあその車いす動かせないんじゃね?」


 タイヤが動くたびに摩擦で地面を押し、それはわずかに地面を削る。

 つまりシン日本の地を破壊することにあるのでは……

 

「……そうかも?」


 タイヤを回す。

 ミリも動かなかった。


「どうしよ」

「浮かせれば?」

「その手があったか。」

「いつまで自分で決めたルールのシステムハックしようとしてるんですかー!?」


 ステラちゃんが業を煮やして叫ぶ。


「とは言ってもなー、人様に迷惑をかけないようにはしたいが日常生活を行えないほど不便であってほしくはないというか……」

「なんだかんだ言ってそいつに甘いよねKくん……」

「ふふ、嬉しい。」

「というか、呼吸するだけでも風が吹いてまわりまわってシン日本を傷つけるとか考えたらキリがないと思いますわよ……」

「……。まあ、その辺はシステムが上手い事何とかしてんだろ」


 「全能でシン日本を破壊しない」というアバウトな決め事に、良い感じのラインを引くのもシステムの役目だ。

 






 と、その時だった。

 

「人任せにしてんじゃねー!!!!」


 何処からともなく声が聞こえる。


 空を見る。

 一匹の小動物が空から落下してくる。

 兎の形をしているが、中身は別物。


 システム:ティラだった。

 

 着地し、小さな目線からこちらを見上げる。

 

「……。一つ言いたいことあんだけど良い?」

「いいけど?」


 

「あのさあ……物事には順序がある訳でさあ……段取り用意してたのにさあ、色々とイベント飛ばしてさあ……何してくれてんの!!!!!??!!?」


 

 システムがキレた。

 やったぜ。

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