第6話 ~影の女王と五人の歌姫~ 標的はアイドル(その一)
薄汚れた窓から差し込むイルミネーションの光が、エミリアの顔をぼんやりと照らし出す。
今日は、薄いピンクの柔らかなニットに黒の細身パンツ、足元はベージュのパンプスという、女性らしい装いだ。
首元には、小さなダイヤモンドのネックレスが光を反射し、白い肌に上品な輝きを添えている。
雑居ビルの一室。
薄暗い部屋の中央には、使い込まれたデスクが置かれ、その上には、いくつものモニターが所狭しと並んでいる。
まるで、デイトレーダーの巣窟だ。
モニターの一つには、数日前に解決したばかりの「悪徳弁護士事件」のニュースが映し出されていた。
松田刑事の依頼を、タダ働き同然で解決した上に、高額な情報料まで支払わされたことに、エミリアは軽い苛立ちを覚えていた。
「まったく、警察の連中は」
彼女は、舌打ちしながら、別のモニターに視線を移す。
そこには、いつものように、仕事仲介アカウントからの依頼通知がずらりと並んでいた。
しかし、今回、エミリアの目に止まったのは、いつもとは違う依頼だった。
差出人は、エミリアが普段から利用している仕事仲介アカウントの運営者本人。
そして、依頼内容は、なんと、アイドルグループ「Berurikku(ベルリク)」で有名な芸能事務所の警備だった。
「アイドル?」
エミリアは、少し意外に思った。
だが、メッセージを読み進めるうちに、彼女の表情は真剣なものへと変わっていく。
メッセージには、運営者の熱い想いが綴られていた。
彼は、「Berurikku(ベルリク)を運営する会社の社長のファンであり、親会社のアイドル軽視の経営方針に強い憤りを感じていた。
そして、独立してまでアイドルたちを守ろうとする事務所社長の姿勢に深く共感し、陰ながら応援していたのだ。
しかし、独立を阻止しようとする親会社からの嫌がらせは、日に日にエスカレートしていく。
その嫌がらせの内容に、エミリアは眉をひそめた。
メッセージの最後には、こう書かれていた。
「どうか、エミリアさん。藤宮社長を守ってください。手数料は今回はいただきません!」
エミリアは、モニターに映し出されたメッセージを、静かに見つめていた。
そこには、仕事仲介アカウントの運営者本人の、熱い想いが綴られていた。
普段は淡々と仕事をこなすだけの彼が、ここまで感情を露わにするとは。
エミリアは、少しだけ心を揺さぶられた。
彼女は、静かに立ち上がり、モニター画面に映る東京の夜景を見つめた。
きらびやかなイルミネーション、どこまでも続く高層ビル群、そして、その下に広がる深い闇。
「面白そうじゃない」
エミリアは、妖艶な笑みを浮かべながら、呟いた。
その瞳の奥には、危険な光が宿っていた。
夜の帳が下りた都会の一角、静寂に包まれた元喫茶店。
仄暗い照明の下、エミリアはカウンター席に腰を下ろしていた。
左横には、白いボタンダウンシャツにベージュのチノパン、そしてネイビーのローファーを合わせた佐藤。
カジュアルながらも清潔感漂う彼の姿は、どこか安心感を与える。
テーブルの上には、湯気が立ち上る和風ハンバーグ。
香ばしい醤油の香りが、ふっくらとしたハンバーグの肉汁と絡み合い、食欲を刺激する。
それは、二人の間に流れる穏やかな時間に、温かさを添えるようだった。
「まさか、仕事仲介の人が、あんな熱狂的な人だったとはね」
佐藤は、ナイフとフォークを器用に使い、ハンバーグを丁寧に切り分ける。
「ええ、私も驚いたわ。いつも淡々と仕事をこなしていたから、AIが運営しているのかと思っていたくらいよ」
エミリアは、フォークでハンバーグを口に運ぶ。
肉汁が口の中に広がり、彼女は至福の表情を浮かべた。
「しかも、今回は仲介手数料を無料にするって言うのよ」
「それは、よっぽどのことだな」
佐藤は、真剣な表情で頷いた。
「よほど、あのアイドルグループが所属する会社の社長に思い入れがあるのだろうね」
「そうね。きっと、並々ならぬ覚悟で、私たちに仲介してきたのだと思うわ」
エミリアは、佐藤の顔を見ながら、静かに言った。
「で、僕たちは具体的に何をするんだ?」
佐藤は、ハンバーグを完食し、エミリアに視線を向けた。
「私の名前で、裏の世界を利用した嫌がらせを抑制する、ってとこかしら」
エミリアはフォークを置き、ホットミルクを一口飲んだ。
「エミリアが護衛についたから、手を出すなってことか」
「そういうこと」
「でも、エミリア。普通、名前だけでプロが引き受けた依頼を中止するなんて、考えられないぞ」
佐藤は、疑問を呈した。
「そうね。そういう状況判断ができない二流は、高い授業料を払って、一流になるのよ」
エミリアは、冷たく言い放った。
「ちなみに、エミリアから授業を受けた二流は、全員一流になれるのか?」
佐藤は、少し意地悪そうに尋ねた。
「健ちゃん。死体袋に入ってから一流になっても意味ないでしょう?」
エミリアは、ニヤリと笑った。
「エミリア、そういう笑えない冗談はやめてくれ」
佐藤は、苦笑した。
「健ちゃんも私の特別授業を受けてみる? 健ちゃんには、特別に優しくするわよ」
エミリアは、妖艶な笑みを浮かべた。
「僕は、エミリアの特別授業を受けるには素人すぎるから遠慮しておくよ」
佐藤は、慌てて断った。
次の日。
白いコンパクトカーは、 軽やかにアスファルトを滑り、雑居ビルが立ち並ぶエリアへと入った。
コインパーキングに車を停めると、エミリアと佐藤は顔を見合わせる。
「こんな場所に、芸能事務所があるなんてね」
佐藤は、少し不安そうに呟いた。
「まぁ、アイドルの処遇で独立問題になる芸能事務所よ。こんなものじゃないかしら」
エミリアは、軽く肩をすくめた。
二人は、車から降りると、ビルの入り口へと向かう。
エミリアは、黒のテーラードジャケットを羽織り、足元は黒のアンクルブーツで引き締めていた。
インナーには、光沢のあるシルクのブラウスを合わせ、細身のパンツでスタイリッシュな印象を与えている。
シルバーのネックレスとピアスが、彼女のクールな美しさを際立たせていた。
佐藤は、ネイビーのジャケットに、パリッとした白シャツとベージュのチノパンを合わせていた。
足元は、ダークブラウンの革靴で、きちんと感を演出している。
ネイビーのネクタイと、白いポケットチーフが、彼の誠実な人柄を反映しているようだった。
エミリアは、古びたビルの手動ドアの前に立つと、軽く息を吸い込んだ。
「さあ、行きましょう」
彼女は、軋む音を立ててドアを開けた。
薄暗い廊下には、埃っぽい空気が淀み、どこか懐かしい、それでいて、哀愁漂う香りが漂っている。
華やかな芸能界、可憐なアイドル。
そんなイメージとはかけ離れた、この殺風景な場所に、エミリアは一抹の寂しさを感じた。
佐藤は顔をしかめて、露骨に嫌悪感を示した。
だが、エミリアは違った。
この埃っぽい匂い、どこか懐かしい。
それは、かつて彼女が過ごした戦場の、塹壕の匂いを思い出させた。
「そうか、だから」
エミリアは、心の中で呟いた。
仕事仲介アカウントの運営者が、なぜこの事務所のアイドルに肩入れするのか、その理由が、少しだけわかった気がした。
老朽化した雑居ビルの、薄暗く狭いエレベーター。
ガタガタと音を立てながら上昇していく様子に、佐藤は不安げな表情を浮かべていた。
しかし、エミリアは落ち着き払っている。
最上階に到着すると、目の前に現れたのは、意外にも真新しいドアだった。
そこには、『株式会社エリジウム・コード』と書かれた小さなネームプレートが輝いている。
だが、ドアの前には、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
女性が、床にひざまずき、必死にドアを磨いている。
汚れの原因は、人間の排泄物らしかった。
鼻をつまむ佐藤とは対照的に、エミリアは冷静に状況を観察していた。
彼女は、この悪質な嫌がらせの裏に、何者かの意図を感じ取っていた。
「酷いわね」
エミリアは、静かに呟いた。
佐藤は、エミリアに視線を向ける。
彼女は、小さく頷いた。
「すみません、お約束していた佐藤と申しますが」
佐藤は、ドアを磨く女性に声をかけた。
女性は、慌てて顔を上げた。
「広報担当の田中美鈴です! す、すみません。お客様がいらっしゃる前に、綺麗にするつもりだったのですが」
田中美鈴は、顔を赤らめながら、謝罪した。
洗練されたスーツを身に纏っているが、その裾は汚れてしまっている。
それでも、彼女は懸命にドアを磨き続けていた。
その姿は、健気で、そして痛々しかった。
エミリアは、そんな田中美鈴の姿を、静かに見つめていた。
「こちらへどうぞ」
社長自らの案内で、エミリアと佐藤は応接室へと通された。
窓は全て開け放たれ、換気扇もフル稼働している。
それでも、漂う嫌な臭いは、完全に消しきれていなかった。
重厚な扉が開き、二人は室内へと足を踏み入れる。
白を基調とした清潔感のある応接室。
大きな窓からは、都会の喧騒が嘘のような、穏やかな光が差し込んでいる。
エミリアと佐藤は、向かい合わせに置かれたソファに腰を下ろした。
目の前には、社長の藤宮美奈が座っている。
彼女は、名刺を差し出しながら、にこやかに微笑んだ。
「はじめまして、エミリア・シュナイダーさん、佐藤健さん。私は、エリジウム・コードの社長を務めております、藤宮美奈と申します」
その言葉に、エミリアと佐藤は、自然と背筋を伸ばした。
藤宮美奈。元国民的アイドルグループのセンター。
アイドル引退後、自ら芸能事務所を設立し、辣腕社長として手腕を振るっている。
年齢を感じさせない美貌、華やかな服装、そして、キラキラとしたオーラ。
彼女は、まさに『元トップアイドル』の風格を漂わせていた。
「どうぞ、よろしくお願いいたします」
エミリアは、少し緊張した面持ちで挨拶を返した。
佐藤は、藤宮の美しさに目を奪われ、言葉を失っていた。
エミリアは、佐藤の放心状態に、内心では苦笑していた。
だが、同時に、胸の奥にチクリと刺さるような痛みを感じていた。
『自分は、佐藤の恋愛の自由を奪っていないかと』
彼女は、その思いを振り払うように、藤宮社長に視線を向けた。
「藤宮社長、現在の状況を詳しくお聞かせいただけますか?」
藤宮社長は、少し戸惑ったような表情を見せた後、静かに語り始めた。
「独立問題が表面化した当初は、親会社との間で多少の意見の食い違いがあった程度だったのですが。それがエスカレートし、スラップ訴訟にまで発展してしまったのです」
藤宮社長の声は、疲れを隠せない様子だった。
「裁判では、私たちが勝訴したのですが。その後から、先ほど田中が掃除していたような、嫌がらせが始まってしまったのです」
彼女の言葉に、佐藤は顔を曇らせた。
「酷い話だな」
彼は、呟くように言った。
「民間の警備会社に依頼したり、警察に相談したりはされなかったのですか?」
エミリアは、冷静に質問した。
藤宮社長は、申し訳なさそうに答えた。
「お恥ずかしい話ですが、民間の警備会社に依頼する余裕はありませんでした。警察には相談しているのですが、パトロールの隙間を突いて嫌がらせをされるので」
藤宮社長の言葉に、エミリアは深い闇を感じた。
「わかりました。一つ確認したいのですが、私たちの事は誰から聞きましたか?」
エミリアは、藤宮社長の言葉に真剣な眼差しを向けた。
「実は、私がアイドルとして活躍していた頃から、匿名で支援をしてくれる方がいるのです。その方が、自分たちの世界で一番の人に頼んだから安心してと言ってきたのです」
藤宮社長は、少し照れたように答えた。
「つまり、今回の依頼料は、その昔から匿名で支援してきた人がお支払いしたのですか?」
エミリアは、鋭く尋ねた。
「はい。とにかく自分に任せてと。私が聞いているのは、それだけです」
藤宮社長の言葉に、佐藤は驚きを隠せない。
エミリアもまた、ポーカーフェイスを維持するのが精一杯だった。
『あの仕事仲介アカウントの人。仲介手数料を無料にするって言うのは、自分が依頼料を支払うからで、それだけのことをする筋金入りの藤宮社長オタクか!』
エミリアは、心の中で叫んでいた。
彼女は、改めて、この世界の広さと、人の心の複雑さを感じた。
抜けるような青空が広がり、燦々と降り注ぐ太陽の光がアスファルトを照りつける。
東京の私鉄沿線、穏やかな風が街路樹の葉を揺らし、心地よい午後のひとときを演出していた。
エミリアは、コインパーキングに停めた車の中で、佐藤に指示を出した。
「佐藤、家に戻って、いつものセットを持ってきてくれる?」
助手席に深く腰掛けたエミリアは、佐藤に視線を向ける。
その表情は、普段の飄々とした様子とは異なり、どこか真剣だった。
「いつものセットか。了解」
佐藤は、バックミラー越しにエミリアと視線を交わすと、ハンドルを握り直した。
「あの雑居ビル。古い建物だけど、防火基準と耐震基準は最新の基準に準拠してるみたいね。しばらく、エリジウム・コードの関係者には、あそこに泊まってもらうわ」
「了解。しかし、近くに交番があるのに、よくあんな嫌がらせができるものだな」
佐藤は、眉をひそめた。
ビルの入り口には、まだ、うっすらと汚物の跡が残っている。
「交番が近いからこそ、あの程度の嫌がらせで済んでいるのよ」
エミリアは、意味深な笑みを浮かべた。
その言葉には、裏社会の事情に通じた者だけが知る、深い闇が潜んでいるようだった。
「それは、また怖い話だな」
佐藤は、背筋に冷たいものを感じた。
「私は、藤宮社長と打ち合わせをして、エリジウム・コードの関係者を雑居ビルに泊める準備をするわ」
「わかった。じゃあ、僕は雑居ビルを要塞化するための機材を一式持ってくるよ」
佐藤は、力強く言った。
「佐藤。おそらく雑居ビルのオーナーからは設置許可は下りないと思うから、置くだけの機材だけ持ってきて」
「設置許可、どうして下りないと思うんだ?」
佐藤は、エミリアの言葉に疑問を覚えた。
「普通、嫌がらせをするなら、それくらい根回ししてあるでしょう」
エミリアは、冷めた口調で言った。
佐藤は、エミリアの言葉に、はっと息を呑んだ。
エミリアは、雑居ビルを見上げながら、不敵な笑みを浮かべた。
その瞳の奥には、冷徹な光が宿っていた。
佐藤を見送り、エミリアは再び雑居ビルへと足を踏み入れた。
薄暗い廊下、埃っぽい階段、そしてどこか懐かしい、あの塹壕の匂い。
「まったく、面倒なことに巻き込まれたわね」
エミリアは、小さく呟きながら、社長室へと向かった。
社長室のドアを開けると、藤宮社長は窓の外を眺めていた。
都会の喧騒を背に、彼女の横顔は、どこか寂しげに見えた。
エミリアは、ソファに腰掛けながら、切り出した。
「藤宮社長、今後のことについて、少しお話を」
「はい」
藤宮社長は、エミリアに視線を向けた。
「この雑居ビルで、しばらく寝泊まりすることになるけど、大丈夫かしら?」
「ええ、私たち社員は事情を説明すれば納得してくれると思います。でも、アイドルたちには」
藤宮社長は、言葉を濁した。
「特に、未成年のアイドル候補生たちには、大人の汚い世界を見せたくないのです」
「なるほど」
エミリアは、頷いた。
「それなら、会社の独立記念コンサートに向けての強化合宿ということにするのはどうかしら?」
「合宿ですか?」
「ええ。今から手配すれば、寝具や生活必需品くらいは、すぐに揃えられるわ」
「でも、その費用は?」
藤宮社長は、申し訳なさそうに尋ねた。
「大丈夫よ」
エミリアは、不敵な笑みを浮かべた。
「あなたを支えたい人がいるみたいだから」
エミリアは、スマートフォンを取り出すと、仕事仲介アカウントの運営者に連絡を取った。
追加費用の件を伝えると、すぐに返信が届く。
「了解しました。必要な金額をお支払いします」
その言葉と共に、エミリアの口座には、見たこともない額の仮想通貨が、複雑なルートを辿って振り込まれた。
「ここまでしてくれるとはね」
エミリアは、驚きを隠せない。
「よっぽど、藤宮社長のことが好きなのね」
彼女は、仕事仲介アカウントの運営者の並々ならぬ熱意に圧倒されていた。
佐藤は、両腕にずっしりと重い段ボール箱を抱え、エリジウム・コードの入居する雑居ビルへと戻ってきた。
すると、先ほどまでの静寂とは打って変わり、活気のある声が飛び交っている。
「こっち、こっちー!」
「了解!」
紺色の制服を身につけた若者たちが、大きな荷物を抱え、ビルの中を忙しそうに行き来している。
彼らは、エミリアが信頼を置く何でも屋のチームだ。
「佐藤さん、こんにちは!」
明るい声が佐藤を呼ぶ。
振り返ると、そこには、チームリーダーの紅麗華が立っていた。
彼女は、メンバーたちにテキパキと指示を出し、現場を仕切っている。
「紅さん、こんにちは。これは、エミリアからの依頼ですか?」
佐藤は、段ボール箱を床に置くと、尋ねた。
「ええ、そうですよ。寝具やアメニティ一式の設置、それに清掃と洗浄ですね」
紅は、笑顔で答えた。
佐藤は、ビルの入り口から中を覗き込んだ。
すると、先ほどまで薄暗く埃っぽかった空間が見違えるように綺麗になっている。
「すごいな。まるで、別の場所みたいだ」
佐藤は、驚きの声を上げた。
「当然ですよ。私たちはプロですから」
紅は、自信満々に胸を張った。
その言葉に、周りのメンバーたちも、誇らしげな笑顔を見せた。
「ところで、エミリアさんから伝言を預かっています。佐藤さんが到着したら、すぐに機械の設置を始めてほしいそうです」
「了解。それで、エリジウム・コードのオフィスは、もう掃除が終わってるの?」
「ええ、優先的に終わらせました。でも、まだアメニティの設置作業が残っているので、邪魔にならないように気をつけてくださいね」
「それにしても、ずいぶん大掛かりだな。一体、何を設置しているの?」
佐藤は、不思議そうに尋ねた。
「シャワーと追加のトイレですよ。20人近くが寝泊まりするそうなので、必要な設備を仮設で設置しているのです」
「エミリアも、無茶な注文をするなぁ」
佐藤は、苦笑した。
「大丈夫ですよ、佐藤さん。私たちは、無茶な注文を可能にするプロですから」
紅は、ウィンクしながら言った。
「頼もしいね」
佐藤は、感心した。
「あ、でも、洗濯機と乾燥機だけは、スペースと電源の関係で設置できませんでした。コインランドリーを使ってくださいね」
「了解」
佐藤がエリジウム・コードのオフィスに足を踏み入れると、エミリアが待ち構えていた。
「おかえり、佐藤」
エミリアは、佐藤に駆け寄り、笑顔で迎えた。
「ただいま、エミリア。って、あれ? こんなに綺麗になってる」
佐藤は、オフィスの変貌ぶりに目を丸くした。
「ええ、紅さんたちが頑張ってくれたのよ。さて、早速だけど、紅さんと協力して、機械の設置をお願いね。もうしばらくしたら、アイドルたちも合宿に参加するから、先に顔合わせを済ませておいて」
「合宿ってことで、今回の護衛対象を一か所に集めたのか?」
「ええ、そうよ。その方が、警備もしやすいし、何かと都合がいいでしょう? 佐藤も、そのつもりでアイドルたちと接してね」
「了解。で、エミリアはこれからどうするんだ?」
「クロガネに会って、霧島さんに今回の件の協力を頼むわ」
「クロガネに会うのはなんとなくわかるけど。霧島さんに協力を頼むのは、意外だな」
「この前の連続女子大生失踪事件の報告書を改めて読んでみたら、値段の割には丁寧な仕事ぶりだったから、使うことにしたのよ」
エミリアは、少しだけ照れくさそうに言った。
「なるほど」
佐藤は、エミリアの意外な一面に、少しだけ心を揺さぶられた。
「あ、健ちゃん」
エミリアは、佐藤にいたずらっぽくウィンクした。
「霧島さんに手を出したら、今度はただでは済まないわよ」
「エミリア、僕は女性に飢えてるわけじゃないよ」
佐藤は、顔を赤らめながら反論した。
エミリアは、楽しそうに笑いながら、佐藤の肩を軽く叩いた。
「冗談よ、冗談。じゃあ、頼んだわね」
「ああ、任せて」
佐藤は、エミリアの言葉に、決意を新たにした。
紅麗華率いる何でも屋のチームが、汗だくになりながらアメニティ施設の設置を終え、それぞれの帰路についた。
佐藤もまた、家から持ってきた機材の設置を終え、一息ついていた。
すると、事務所のドアが開き、アイドルたちが次々と入ってきた。
彼女たちは、華やかなステージ衣装とは異なる、ラフな私服姿で、どこか親しみやすい雰囲気を漂わせる。
「皆さん、こちらへどうぞ」
藤宮社長は、アイドルたちをダンススタジオへと案内した。
「今日は、皆さんに紹介したい人がいるんです」
社長の言葉に、アイドルたちは興味津々に顔を見合わせる。
「会社独立を記念するコンサートまでの間、私たちに協力してくれる佐藤健さんです。佐藤さん、どうぞ」
藤宮社長に促され、佐藤は少し緊張しながらも、アイドルたちの前に進み出た。
「初めまして、佐藤健です。えっと、これから、よろしくお願いします」
佐藤は、ぎこちない様子で挨拶をした。
「それでは、まずはこちらの5人です。彼女たちは、まだデビュー前のアイドル候補生なんですよ」
藤宮社長が笑顔で紹介すると、5人の少女たちが一斉に頭を下げた。
彼女たちは、レッスン着姿で、それぞれの個性に合わせたウェアを身に纏っている。
「天野光です! いつも笑顔がモットーです! いつか、Berurikkuさんのような、素敵なアイドルになりたいです!」
光は、元気いっぱいに自己紹介した。彼女は、鮮やかなピンクのスポーツブラに、白いショートパンツという、健康的な姿だ。
引き締まったウエストと、すらりと伸びた脚が、彼女の若々しさを際立たせている。
「海野美波です。えっと、私は、歌もダンスも、まだまだ未熟ですが、いつか、皆に認めてもらえるように、頑張ります!」
美波は、少し恥ずかしそうに自己紹介した。
彼女は、黒のタンクトップに、グレーのレギンスという、シンプルな服装だ。
だが、その服装からは、彼女の抜群のスタイルが隠しきれない。
「森彩乃です。私は、歌が好きで、いつか、自分の歌で、たくさんの人を笑顔にしたいです」
彩乃は、静かに自己紹介した。
彼女は、淡い水色のワンピースのような練習着を着て、清楚な雰囲気を漂わせる。
「山吹沙羅です。私は、ダンスが得意です。いつか、世界で活躍できるような、ダンサーになりたいです」
沙羅は、自信に満ちた表情で自己紹介した。
彼女は、体のラインがくっきりわかる、紫色のレオタードを身につけ、そのしなやかな肢体を強調している。
「橘柚葉です! 私は、お菓子作りが得意です! いつか、皆に、私の作ったお菓子を食べてほしいです!」
柚葉は、可愛らしい笑顔で自己紹介した。
彼女は、黄色のフリルのついたトップスに、白いミニスカートという、アイドルらしい服装だ。
「そして、こちらが、現在活躍中のソロアイドルたちです」
藤宮社長は、誇らしげに3人の女性を紹介した。
「水瀬月夜です。私は、シンガーソングライターとして、自分の歌で、たくさんの人に感動を与えたいと思っています」
月夜は、落ち着いた様子で自己紹介した。
彼女は、水色のロングワンピースのような練習着を身につけ、神秘的な雰囲気を漂わせる。
「火野麗です! 私は、歌って踊れる、エンターテイナーを目指しています! いつか、大きな施設でライブをするのが夢です!」
麗は、エネルギッシュに自己紹介した。
彼女は、オレンジ色のスポーティーなウェアを着用し、その躍動感溢れる姿が印象的だ。
「風間紫です。私は、大人の魅力で、皆さんをドキドキさせたいと思っています」
紫は、妖艶な笑みを浮かべながら自己紹介した。
彼女は、深紫色のタイトなトップスに、スリットの入ったロングスカートという、セクシーな服装だ。
「そして、こちらが我が社の看板アイドル、『Berurikku(ベルリク)』の皆さんです!」
藤宮社長が誇らしげに紹介すると、5人の少女たちが息の合った動きで一礼した。
「初めまして、佐藤健さん。私たちは、Berurikkuです!」
リーダーの星宮凛が、笑顔で挨拶する。
彼女は、真紅のスポーティーなトップスに、黒のショートパンツという、活動的な服装だ。
その姿は、まさにグループのリーダーにふさわしい、華やかさと力強さを兼ね備えている。
「星宮凛です! 赤色担当です! よろしくお願いします!」
凛は、はきはきとした口調で自己紹介した。
「月島葵です。青色担当です。今日は、お会いできて嬉しいです」
葵は、クールな表情で挨拶した。
彼女は、鮮やかなブルーのノースリーブに、黒のレギンスという、スタイリッシュな服装だ。
すらりと伸びた長い手足が、彼女のダンスの実力の高さを物語っている。
「花咲陽菜です! ピンク担当です! 佐藤さん、仲良くしてくださいね!」
陽菜は、人懐っこい笑顔で手を振った。
彼女は、フリルがたっぷりついたピンクのトップスに、白いミニスカートという、可愛らしい服装だ。
「緑川楓です。緑担当です。今日は、よろしくお願いします」
楓は、おっとりとした口調で挨拶した。彼女は、ゆったりとした緑色のTシャツに、グレーのレギンスという、リラックスした服装だ。
「紫堂愛です。紫担当です。佐藤さん、お話できて嬉しいです」
愛は、落ち着いた様子で挨拶した。
彼女は、深みのある紫色のワンピースのような練習着を身につけ、大人っぽい雰囲気を漂わせる。
「どうですか、佐藤さん! 皆、魅力的でしょう! 」
藤宮社長は、少しいたずらっぽく微笑んだ。
佐藤は、目の前に並ぶ5人の美しいアイドルたちに、すっかり魅了されていた。
「は、はい」
彼は、言葉を詰まらせながら、頷いた。
都会の喧騒を遮断するかのような重厚な扉の奥に佇む隠れ家のような喫茶店。
知る人ぞ知るその静寂の空間で、エミリアは遅刻魔のクロガネを待っていた。
「ご注文は、いかがなさいますか?」
昔ながらの制服を纏った清楚な店員がにこやかに尋ねる。
「ブラックコーヒーを一つ」
エミリアは、短く答えた。
「かしこまりました」
店員は、軽く頭を下げるとカウンターの中へと消えていく。
エミリアは、テーブルに置かれたスマホを手に取った。
「さて、そろそろ連絡しておきましょうか」
彼女は、霧島玲奈の連絡先をタップし、短いメッセージを送信する。
「協力して欲しいことがある。至急連絡を」
すぐに、霧島から返信が届く。
「了解しました。詳細をお聞かせください」
エミリアは、簡潔に用件を伝える。
株式会社エリジウム・コードの独立問題に関して、ネット上で情報収集をしてほしいと。
「費用は、このくらいでしょうか」
霧島から提示された金額は、エミリアの予想通りだった。
彼女は了承し、慣れた手つきで仮想通貨を送金する。
「この前の事件の件、改めてお礼を言っておきます。ありがとう」
エミリアは、そう付け加えると、スマホを伏せておこうとした。
その時、画面が通知を示す。
「あの、もし差し支えなければ、調査結果を印刷したものをお渡ししたいのですが」
霧島のメッセージに、エミリアは少し驚いた。
直接会いたい、ということだろうか?
まさか、佐藤に会いたいからとか?
エミリアは、内心では戸惑っていた。
だが、霧島の申し出を断る理由も思いつかない。
「いいわよ。好きな時間にエリジウム・コードの事務所まで持ってきて」
エミリアは、返信を送信した。
「まったく、時間にルーズな男ね」
エミリアは、腕時計をチラリと見ながら、小さく呟いた。
約束の時間を30分も過ぎている。
クロガネの悪癖は、相変わらず直っていないようだ。
その時、重厚な扉が開き、クロガネが姿を現した。
相変わらずの威圧感と、鋭い眼光。
彼は、悪びれる様子もなく、いつものようにニヤリと笑った。
「やあ、待たせたな」
彼は、悪びれる様子もなく、エミリアの向かいの席に腰を下ろした。
「ご注文は、いかがなさいますか?」
先ほどと同じ、清楚な雰囲気の店員がにこやかに尋ねる。
「フルーツパフェを頼む。特大ので」
クロガネは、メニューも見ずに即答した。
いかつい風貌の男が、嬉しそうにフルーツパフェを待つ姿は、どこか滑稽だった。
エミリアは、そんな彼を冷めた目で見ていた。
「それで、俺を呼び出して、何を頼みたいんだ?」
クロガネは、パフェが来る前に、エミリアの用件を聞き出そうとした。
「話すことは、色々とあるわよ」
エミリアは、意味深な笑みを浮かべた。
「どれくらい長くなるんだ?」
クロガネは、少し面倒くさそうに尋ねた。
「まあ、そこそこね」
「なら、パフェを食べながら仕事の話をするのは遠慮したいな」
クロガネは、そう言うと、エミリアに視線を向けた。
「この前の悪徳弁護士の車のフロントガラスの助手席側に、コンパスで描いたような綺麗な円形の弾痕が残っていた事件。あれは、お前の仕業だろう?」
「あら、何のことかしら? 私は、今朝何を食べたかも覚えていないわ」
エミリアはとぼけた。
「高速道路を法定速度ぎりぎりの速さで走っている車の助手席側のフロントガラスに、あんな正確な射撃ができる奴が、他に何人いるって言うんだ?」
クロガネは、エミリアの言葉を信じない。
「世界は広いから、数千人はいるのじゃないかしら?」
エミリアは、肩をすくめた。
「お前は、自分の実力を過小評価しすぎだ」
クロガネは、呆れたように言った。
その時、店員が、運ばれてきたパフェをクロガネの前に置いた。
「お待たせいたしました。特大フルーツパフェでございます」
店員が、運ばれてきたパフェをクロガネの前に置くと、にこやかに微笑んでカウンターに戻っていった。
クロガネは、目の前にそびえ立つパフェに、目を輝かせた。
「悪い、先にパフェを片付けるわ」
クロガネが特大フルーツパフェを一心不乱に頬張る姿を横目に、エミリアは物思いに耽っていた。
もし、クロガネじゃなくて、佐藤とこうして喫茶店で過ごしていたら。
エミリアは、ふと、そんなことを考えた。
佐藤と一緒なら、この古びた喫茶店も、少しは違った景色に見えたのだろうか。
あのパフェを美味しそうに頬張る姿も、きっと、微笑ましく見えたに違いない。
答えのない問いを繰り返すうちに、クロガネはあっという間にパフェを平らげてしまった。
「で、何を頼みたいんだ?」
クロガネの鋭い視線が、エミリアを捉える。
その眼光は、まるで獲物を狙う獣のよう。
だが、エミリアは怯むことなく静かに口を開いた。
「噂を流して欲しいのよ」
「どんな噂だ?」
「私が、エリジウム・コードの警護をしているって噂。それで、嫌がらせを止めさせたいの」
「そりゃまた、大胆な作戦だな」
クロガネは、紙ナプキンで口元を拭いながら言った。
「で、この話は、シャドウクイーンにでっかい貸しってことでいいんだな」
クロガネは、嬉しそうにニヤリと笑った。
エミリアに貸しを作れることが、よほど嬉しいらしい。
エミリアは、そんなクロガネを横目に、遠くを見つめながら呟いた。
「最近ね、黒木剛って言う浮気ばかりしている男に、とびきりきついお仕置きができないかって女の人から相談を受けているのよ」
エミリアの言葉に、クロガネの顔色が変わった。
彼は、冷や汗を流しながら、目を泳がせている。
「ねぇ、クロガネ。これって、どれくらいの貸しになるのかしら?」
エミリアは、妖艶な笑みを浮かべながら、クロガネに囁きかけた。
その姿は、まるで獲物を捕らえる蜘蛛のように、美しく、そして恐ろしかった。
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