4-3:収穫祭


 人工衛星サニーは、その日『快晴』を予報した。小高くなった丘から、サニーは子爵領の広場を見下ろす。

 収穫祭は、始まる前から大盛況だ。

 見事な秋晴れの下、ロータリー型の広場には農夫や行商人、それに果物や焼き物の屋台が集まっている。みんな晴れ着で着飾って、村いっぱいに花を敷き詰めたみたいだった。

 広場の中央には、天気予報を掲げる看板と、百葉箱が置かれている。来訪者は箱の気圧計や温度計、そして添付されたこんな予報を興味深く眺めていた。


 ――今日は1日、穏やかな秋晴れが広がり、気圧も安定するでしょう!

 ――収穫祭をお楽しみください!


 もっとも、もてなし役の子爵家は大変だ。サニーが丘を降りると、リタや使用人が動き回っている。


「そちらのお客様は、お屋敷にっ」

「儀式の杖を――」

「お皿、足りてますかぁ!?」


 裏方はまるで大嵐だ。

 手伝いたい気持ちもある反面、今日は――特に『今の恰好』じゃ、ダメだろう。

 やがて拍手が起こり、ハロルド・クライン子爵がヒゲを撫で撫で広場の壇上へ進んだ。青空の下、子爵はよく通る声で挨拶する。


「今年も、この季節がやってきた。領地に実りがあること、そして安全な通行ができること、山々と全能神に感謝したい」


 すらりと流れ出る挨拶に、すごいなぁ、などと思う。

 儀式を執り行う司祭なども順々に話を終え、最後に急拵えの鐘が打ち鳴らされた。


「では! 皆様、クライン子爵領の実りを楽しんでくれっ」


 予定通り、正午に収穫祭は始まった。

 一応、サニーの公的な立場は『子爵家の客人かつ若様の助手』。

 いずれアルバートと合流して、錬金術絡みの来客に応対することになるが――その若様も最初は子爵家として、貴族や富商の応対に駆り出される。いつもリンデンにいる義兄達も勢揃いだ。


(どこで待ちましょう……)


 などと思っている間に、どどっ子爵らに来客が押し寄せた。

 峠道を管轄するクライン領は規模の割に重要度が高く、他所の貴族様や商人などがひっきりなし。


(こ、これは近くにいない方がいいですね……)


 アルバートに離れると目で合図して、サニーはさっと人混みに紛れる。


「おお……!」


 それならそれで、屋台に並ぶ季節の産物が目に飛び込んできた。

 蜂蜜漬けのリンゴと似た果実に、とれたてのブドウ類。ミルクと小麦粉たっぷりの焼き菓子。寒冷地のためかソバのような救荒作物も栽培されており、前世でいうそば粉のクレープ――『ガレット』も売られていた。

 とても食べたい。

 とても。

 だが、腰を締めるコルセット、それにお役目を思い出し、ぎゅっと手を握りしめて我慢する。

 今は若様を待つのが優先だ。

 ベアトリスや素材屋も訪れるらしいから、そうした協力者にも挨拶したい。

 きょろきょろしていると、知らない男性が近づいてきた。


「申し訳ない、クライン子爵令息アルバート様は――」

「若様でしたら、広場の奥で子爵様と一緒におられます」

「ありがとう。あなたは?」

「わたしは助手の――」

「なんと、ではあなたが『お天気令嬢』!?」


 男性が声をあげると、周りから視線が集中した。


「なるほど、あなたが」

「これはお美しい」

「貴族のお方なのですか?」

「ぜひお話を――」

「え、あの……」


 戸惑ってしまう。

 行商や研究者の間で広まり始めた通り名――『お天気令嬢』。注目された時の逃げ文句は考えてあったが、大勢で来られると咄嗟に口が回らない。


「助手にご用ですか」


 長い手が、サニーと男達を隔てるように差し込まれた。

 錬金術師アルバート・クラインは、今日は黒を基調とした盛装である。肩口くらいの銀髪は優雅に整えられ、自信のある微笑が近づいてくる男性らを静かに圧した。

 もとが美形であるため、服装を変えるだけで魅力も迫力も段違いだ。


(若様、いつもと違います――)


 今なら、若様を見に診療所に来る女性の気持ちが少しわかる。アルバートは男達に紳士的に応対し、サニーを紹介し、和やかに場を終えた。

 女性らの視線も集まってきたので、奥へ場所を変える。


「すまない、少し来るのが遅れた」

「いえ――」


 いつもと服装が違う、それだけでなんだかドキドキする。デートの時も着飾ったが、パーティーである今日は比にならない。

 それはもちろん、サニーも同じ。


「サニー」

「! はいっ」


 若様は、サニーの服に目を落とした。

 金髪に合わせた薄く黄色がかったドレスで、腰を青いリボンで締めている。靴も、歩きやすくもやや踵が高いもので、いつもよりアルバートの顔を近くに感じた。


「とても、よく似合っている」

「――はっ!? わ、若様も素敵です!」


 相手を褒め忘れていたことに気づき、慌てて褒めるサニー。

 2人で見つめ合い、互いに笑った。着飾っても、中身はおんなじだ。


「行こうか。気象研究の協力者も、来ているはずだ」

「はいっ」


 2人でお客に応対していく。ベアトリスや素材屋も訪れていて、久しぶりにこの人達ともゆっくり話せた。どちらも、いなければ天気予報の広まりはもっと遅かったはずだろう。

 もっとも、『お天気令嬢』というわかりやすい通り名が広まってしまったのは、素材屋の功罪だが。

 やがてサニー達の前に、50歳ほどの壮年男性が現れた。


「久しぶりだな、アルバート」


 髪に白いものが混じるが、真っすぐな背筋で、佇まいは若々しい。


「師匠……」


 サニーは口に手を当てた。


(この方が……若様の?)


 持っている杖は、魔法の道具かもしれない。旅装も似合い、足が不自由とは思えなかった。

 一礼する若様。


「師匠、王都からご足労を?」

「いやなに、旅のついでさ」

「子爵様にご案内します」

「確かにお会いしたいが……まずは君とだ」


 アルバートは、サニーにも紹介する。


「この方が私の師匠、錬金術師クレメンス様だ。師匠、こちらは私の助手、サニーです」


 ぺこりと頭を下げるサニーに、師匠は嬉しそうに頷く。星々のように冴えた理知的な眼差しは、アルバートにも似ていた。

 あれ、とサニーは思う。

 なぜか近くに赤髪巨体の行商人――素材屋が現れ、師匠をちらりと見やったのだ。


「こちらの領地で、気象研究を続けているようだな」


 頷くアルバートは、少し緊張が伺えた。


「論文は読んだ。気圧を嵐の予測に使おうとしていると――」

「まだ道半ばです」

「くく、公開実験の話も聞いたぞ?」

「それは――論文だけでは、納得させられませんでしたので。お聞きの通り、なんとか前に進んでいる最中です」


 言葉を切り、若様はサニーを見やる。


「私の力だけでなく、理論にはサニーの協力がとても大きい。それに、大切なことを気づかせてもらいました。試行錯誤しながらでも、人に伝えようとするのが大事だと」


 胸を張って語る若様に、師匠クレメンスは目を細めた。


「確かに、正しいことと、受け入れられることはまた別だよ。学会では私も、君をかばいきれずに済まなかったが……この地で研鑽は続けているのだな」


 懐かしむように言った。


「君は、理論や技術のみを追い求めるきらいがあった。研究を取られる恐れ、先に発表される焦り――研究には色々な苦労があるが、協力してやることを学んだようだな」

「……はい」


 エメラルドの瞳がサニーに向けられる。


「『お役に立つ』――大切な気持ちを思い出させてくれました」


 ほう、と息をつく師匠。


「……今の活躍が続けば、学会に戻してやることもできるが」


 アルバートは少し目を見開いたが、首を振った。


「過分でしょう。処分は処分、実績は実績です。それに気象は私だけの功績ではありませんし、サニーや、観測に協力してくれる錬金術師、全員のもの」

「ふむ――」

「私が戻れば、また波風が立つこともあるでしょう。気象研究は、子爵領のような峠や、海の上でこそ活かされます。都にいない方がむしろいい、とさえ思っています」

「――本当に、変わったのだな」


 老錬金術師は顎を撫で、少し離れた位置にいた素材屋を手招きした。


「今だから言うが、あそこにいる『素材屋』とは私も懇意にしていてな。子爵領にゆくというので、様子を見るように頼んでおいた」

「……なるほど、それで」


 歩み寄ってきた素材屋は、帽子を取った。


「探るようなことをして、申し訳ありません」

「――気にしないでほしい。私こそ、ずいぶん多くの人に気苦労をかけていたようだな」


 師弟は頬を緩めあう。


「あなたにも礼を言うぞ、お嬢さん」


 クレメンスはサニーへも微笑した。


「わたしは、なにも――」

「謙遜を。この偏屈屋の弟子が、こうも変わったのはきっとお嬢さんのおかげだろう。人を変えるのは……たいへんな仕事だ」


 そこまで語って、ふとクレメンス師は首を傾げた。


「しかし、聞けばこちらのお嬢さんも相当に優秀だのう。その割に、学会では噂を聞かなかったが」


 笑顔をなんとか保ったが、内心はちょっと焦った。彼女は、都でアルバートの弟子になった――という設定なのである。

 師匠はにやっとした。


「訳ありか。ま、いいだろう。魔法の才能は、色々な者に宿るから面白い」


 咳払いするアルバート。


「面白いかはわかりませんがね」

「ふむぅ? ふふ、まぁよい。アルバートはな、ふらっと研究で姿を消すことも多かった。その時に、お嬢さんを密かに見いだしていた――うん、にしよう」


 言い残して、師匠と素材屋は子爵への挨拶に向かう。


「寛容な方だ。おそらく、何かあったら口裏を合わせてくれるだろうさ。……思わぬところで、心配が一つ消えたな」


 確かに、サニーの身分は少し宙ぶらりんなところがあった。都からアルバートが呼んだという事情にしているが、保証は子爵家だけである。

 師匠も味方してくれるなら、心強かった。


(一人に見えても、人は――色々な人と結ばれているのですね)


 大切にした繋がりは、そうそう切れないものなのだろうか。気づけば、サニーの周りも、こんなにも賑やかで。

 また、鐘が鳴る。


「行こう、子爵家が儀式を行う」


 若様がサニーの腕を引いた。


「古くからこの地に伝わる――『峠守』の儀式だ」

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