第10話 決戦前

「なるほど。これがキララのマジックショーなのね」

 カナもライもウールフも少し呆れてその様子を見ていた。ちなみに黒全員、認識されないように欺いている。それでも今日はいつも以上に盛り上がりが起きていた。バウバウ家と貧民街の亜人が全員来ていたからだ。そのため広場に人が収まりきらず道端までたくさんの人が溢れかえっていた。

「皆あ。今日は七時から王城の近くでやっるよー。ちゃんと許可はもらったから絶対来てねー。今日は観客が多すぎるからチップの受け取りは止めるね。でも、夜は別の方法で準備するからその時はよろしくねっ」

 拍手喝采が起こり観客からは「ずっと応援してるからなあ!」「可愛い」「夜も来るよ」などなど黄色い歓声がしばらく鳴り止まなかった。

「やってることは凄いことではあるけど、皆、欺かれてるのよね。意外と計算高い女なのね」

「ですね」

「だなあ」

 キララのマジックショーを初めて見た三人は感心しているが、呆れてもいた。観客がぞろぞろと帰る中バウバウ家と昆虫の亜人が残った。

「壁を壊し、我々の考えを変えたのは君か、それともあの日、横にいた別の女といちゃついている彼か?」

 バウバウ家当主ジャン・バウバウが一歩前に出て代表して話しかけて来た。ツリトはカナに左腕を抱き着かれていてお互いに暇だったため、ほっぺたを突っついていた。キララは分かっていたがマジックショー中だったためツリトといちゃつけなかった。ツリトは立ち上がりキララに並んだ。今日、この時間帯に、ここに黒六人が集まったのはこの挨拶の機会を狙っていた。

「キララ、俺たちを認識させろ」

「うん」

 一斉に驚きの声が漏れた。中にはわなわなと膝が震えているものもいた。

「あんたたちをまともにしたのは俺だ。あんたらは操られていた。今日、王様を殺しに操っていた奴が来る。今から命がけで王様に仕えろよ。具体的にはキララの夜のマジックショーに来て王様の避難経路を全力で作れ。期待してるぞジャン・バウバウ」

「君は…。分かった。全力で王様に仕えよう。そして、貧民街の亜人の面倒は私が必ず見る。恩に着る。ツリト殿」

 ジャンは操られていたとはいえ亜人たちを操っていたことを黙ってくれたツリトに深い深い礼を長く長くした。

「励めよ」

「はい」




「ツリト君。これで貧民街の壁を壊した英雄だね」

「キララの功績は黙ってくれてありがとう。あんまり目立ちたくなかったから」

 カナとキララはツリトの腕に抱き着いている。サルシアたちは悪い笑みを浮かべた。

「それにしても、偉そうだったね」

「ですです。凄い上からでしたね」

「それにしてもお、よく、こんな作戦を思いついたよなあ。昨日の今日でバウバウ家を利用しようだなんて。さすがの俺でもこんな罪滅ぼしをさせようなんて考えられないぜ」

「仕方ないだろう。異空間の方が安全なんだから。それに絶対役に立つから」

「ツリト君のそのSっけをカナたちにも向けて欲しいな」

「キララも体験してみたい」

「はあ。昼ご飯食べに行くか」

「あっ!話逸らした。カナは怒ったよ。ちゅっ」

「ズルッ!キララも。ちゅっ」

「カナはキララより多くないといけないから。ちゅっ」

「はあ。ツリト。僕たちは僕たちでゆっくり食べるよ。行こっか」

「ツリトさん。楽しんでて構いませんよ」

「俺はあ、胸焼けする」

 サルシアたちは本当に三人でゆっくり昼ご飯を食べに行った。キララのおかげで認識できないように欺いてもらっているから気付かれたり目立つことはないだろう。

「俺たちもどっか行くか」

「うん。こっち来たら行ってみたいところがあったのよね」

「どこどこ。カナさん?」

「もしかして、わざと三人になるようにした?」

「さて?」

「やれやれ。両方とも計算高いな」

 昼はカウンターの高級焼き肉店だったため久々に自由に食事を取ることができた。

 ああ。自分で食事を取れるってこんなにも嬉しいことだったんだ。




 先にホテルに帰ったツリトたちは存分にいちゃついていると五時ピッタリに三人は瞬間移動して来た。

「はあ。作戦を始めるよ」

「ですです。今のところ異常はありませんでしたよ」

「俺から見ても大丈夫だった」

「そうか。だったら種を撒き始めるか」

 六人はそれぞれ自分が使う黒シリーズエージソン6アルファーを持ってサルシアの瞬間移動で王都の壁の外に移動した。

「さて、僕たち野郎三人は壁の外を見張る。ツリトたちはデートを楽しんでくれ」

「はいよ。じゃんけんはどっちが勝った?」

「今からよ。ツリト君。カナが絶対お姫様抱っこしであげる!」

「キララの方がいいでしょ。ツリト?」

「「最初はグーじゃんけん、ポイ!」」

 キララがパーでカナがチョキだ。ツリトの目にはカナがキララの手の動きから予想してチョキを出したように見えた。

「やったね。カナの勝ちっ。ツリト君、持ち上げるよ」

「むう。どうして、キララが負けたの。クッ」

 カナは神速のライフルの早打ちをするために動体視力は人一倍鍛えて来た。実はオーラを纏っていなくても一キロ離れている小さい文字が見えるほど目が良い。この鍛え上げた動体視力によりキララの手の動きを読んだ。

 カナはツリトをお姫様抱っこすると上空を軽く走り王都の真ん中で止まった。キララも浮遊してついて来ている。

「じゃあ、まずキララから扇子を使ってくれ」

「うん」

 キララはオーラを纏い扇子を広げると王都全体に広がるように弧を描いて扇いだ。

「見えない結界設置完了。これで王城に王都にいる人全員が避難するよ」

「よくやった。扇子を返してくれ」

 キララはツリトの顔の前に頭を向けて来たため撫でた。

 しかし、我ながらどういう体勢で頭を撫でてるんだ。

 ツリトはキララから扇子を受け取るとオーラを纏うとカナに向きを変えてもらいながら四回扇子を扇いだ。

「ありがとう。カナ」

「どういたしまして」

「じゃあ、避難誘導頑張ってくれ」

「うん。行って来る」

「キララがヤバそうになったら必ずすぐに行くから危険人物が入って来たら俺が来るまで宜しく頼むよ」

「うん」

 キララは左手の指輪をわざとツリトに見せて微笑んでから王城に向かった。

 カナはキララが完全に後ろを向いて王城に近づくのを見てからツリトの体をわざとに上に上げた。そう。下乳を当てたのだ。もちろん下着を着けているが柔らかさは健在だ。

「カナも指輪を着けてるからね。キララより優れたものを。見せて上げよっか?」

「止めて。今、放されると地面に真っ逆さまだよっ!それにキララの指輪は右に、カナの指輪は左に着けてるから。カナだって右手に着けてるじゃないか」

「まあね。次はカナの狙撃ポイントに移動しよっか」

「だな」

 カナは空中を駆け上がっていった。地上から十キロ離れたところだった。尚、キララのシックスセンスでカナを五人以外は認識できないようにしている、さすがにオーラを纏わなかったら寒いためオーラを纏っている。

「カナは基本野郎ども三人とツリト君の援護だからね」

「俺も野郎どもに入らないのか?」

「ツリト君にはカナの夫って肩書きしかないよ。キララは愛人だから」

「ははは。我ながら恐ろしいな」

「ホントだよ。女王様の夫に愛人がいるなんてね」

「ふう。また扇子を扇ぐ。ちょっと体勢変えていい?」

「逆駅弁?」

「そうだけど言い方を考えてくれ。扇子の効果が届きそうにないからだから」

「今度、二人の時にしてよ」

「考えとく」

「落とそっか?」

「勘弁してください。俺が悪うございました。なるべく希望に添えるように努力しますので、どうか、どうか、それだけは、それだけは」

「約束だよっ。ちゅっ。首に腕回して。うん。大丈夫だ…よ!ツリト君てばっ」

 ツリトは顔を赤く染めて真下に扇子を振って扇いだ。カナに向きを変えてもらい何回かして準備はできた。

「じゃあ、俺を地上に運んでくれ」

「この体勢でいいの?高さにビビった子供みたいだよっ?」

 小さな子供がお母さんに抱っこされているように見えている。しかも子供は母の首を絞めるんじゃないかと思えるほどギュッとしていた。

「お姫様抱っことトントンだろ。恥ずかしさで言ったら」




「で、どんな感じ?」

「もう少しいちゃついてて良かったよ」

 時刻は五時半、ツリトは壁を外周して扇子を振って扇ぎまくっていた。そして、一周してからサルシアに進捗状況を尋ねた。

「今のところ異常なし。王都内も含めてね」

「そうか。俺は準備は整った。オートでいつでも斬れる」

「そうか。最悪な事態は免れるかな」

「ああ。任せとけ」

 三十分経過。六時。

「こりゃ、もうちょっといちゃつけてたな」

「王城周辺に観客が大分集まってるね。バウバウ家はあの後すぐに当主が出向いて着々と準備を進めていたみたいだ」

「それは良かった。騎士たちも結構心持ちが楽になったんじゃないか?」

「だね。実は新人で金の騎士を近衛騎士に召集したから更にとんでもない集団になっているよ」

「それは頼もしいな。真っ向勝負だと不安なしだ」

「ああ。そのためにも僕たちが踏ん張らないとね」

 三十分経過。六時半。

「一時間いちゃつくことができてたな」

「だね。やっぱり七時に合わせてきそうだね」

「ああ。おそらく俺への報復も視野に入れるとしたら当初の予定通りにするわな。でも、先に潜伏するとか何かあるかなと思ってたんだが」

「僕もちょっと拍子抜けだった。よっぽど自身があるんだろうね」

「だろうな。七時ピッタリに仕掛けて来るのかな」

 七時一分前。

「さて。本腰入れようか」

「作戦通りにな」




 モーニングを食べ終わり本格的に作戦を立て始めた。ツリトはアイスコーヒーのおかげで少し眠気が醒めてきている。相変わらず両手は塞がっていて顔を近づけてストローを吸うしかないが。

「ツリト君はエージソンはどれぐらいの規模を持っていると思う?」

「正直、分からん。規模なんて。考えるだけ無駄だと思う。だが、エージソンは発明家であり研究科でもある。実際に生きているから適切ではないが生前エージソンはよく『俺がもっといたらいいのに。そうしたらあらゆる分野に手を出せて俺を更なる高みに連れて行ってくれるのに』と言っていたらしい。他にも発明した黒シリーズについても『俺のオーラがもっとあればもっと凄い発明品が作れるのに』とも言っていたらしい。その願望は結果として叶っている。そこから考えるとエージソンは今、人生を謳歌していて、いろんな分野を研究して、その知識を生かして発明をしているだろう。俺が見たのは六人だったがもっと大人数で作っている黒シリーズもあるだろう。そして、俺が聞いた人体実験というワード。エージソンは普通の人間じゃない。実際に俺が斬り刻んでも死ななかったし。それにエージソンは非人道的だからもっとヤバいことをしているだろう」

「なるほどね。ホント恐ろしいわ。この推測は間違いなく当たってると思うから」

「でも、ツリトはもう敵に回しちゃったよね」

「元より王様暗殺を企てたんだ。僕は良かったと思ってるよ」

「ですです。ツリトさんの行動は英断でしたよ。僕は人体実験されると嫌ですから」

「俺もお、人生を延長しているのは気に食わないなあ」

「今回、どれぐらいの規模で報復あるいは王様暗殺を企てると思う、皆は?」

「そうだねえ。僕は人類を抹殺しようとは考えないと思うよ。エージソンにインスピレーションを与える存在が減るのは彼がやろうとしていることに反すると思うから。だから、イキシチ王国ジン王様をとりあえず攫ってから殺すと考えるね。おそらくそのためには一般人を殺すことに躊躇はしないとも」

「僕もそう思います。サルシアさんとツリトさん二人がいながら王様を攫われて殺されたとなると世間からのバッシングが止みませんしね。そうなるとまだ姿を現していない黒が台頭するかもしれませんから」

「俺はあ、ワンチャン俺たちもいるって想定されてると考えるぜえ。というかそう考えて向こうが行動する可能性はかなり高いと思う」

「カナもそう思うな。でも、そしたらカナたちにとっては隠し玉、エージソンたちにとっては予想外のキララをどう生かすかが鍵だね」

「そっか。キララは皆の前でしか姿を見せてないもんね。もちろん一番姿を見せてるのはツリトだけど」

 キララはツリトの右腕に頬を擦り付けた。カナはそれを見てツリトの体を引き寄せた。

「うん。なるほど。じゃあ、この方向で考えて行こう。どんな感じの力を使う奴がこっちに来ると思う?」

「そうだね。まずツリトが言ったように僕たちの布陣は壁の四方に野郎ども四人。援護でカナがどこかにいるとエージソンたちは考えるだろう。これを前提にして推測するとまず、カナの上位互換となる神速のライフル使いはいるだろう。そして、僕たち四人だがそれぞれの弱点を突くような奴が来るんじゃないか。僕の場合はそうだなシックスセンスを使えなくするとか」

「それでしたら僕は僕より速いか、近づけないかですね」

「俺はあ、殺せない奴かな。なんたって宗教国ショワの王様だからな」

「じゃあ、俺は何だろうな。水とか煙とか斬撃を視覚化する奴かな?」

「うーん。それもあり得るけど、違うんじゃない?ツリト君の斬撃は避けれないでしょ。カナなら結界を張ってもらって外から狙い撃つかな」

「僕ならシックスセンスを弾いて戦うな。瞬間移動と組み合わせて」

「僕ならオーラを弾きながら雷刀で斬ってやります」

「俺はあ、とりあえず狼に姿を変えて後は運だな」

「キララは虚を突くように欺けたら後はちょちょいのちょいだよ」

「皆、俺を殺そうとしてる⁉すぐ殺す方法を返答してるじゃん!」

「キララ以外は皆、プライドを粉々に折られてるから」

「そのキララも答えてるんだけど、カナ⁉」

「あら、そうね。何でかしらね」

「とにかく俺のシックスセンスを無力化しようとするわけね。じゃあ、次は配置をどうするかだね。野郎どもの」

「それについては僕に少し考えがある。おそらくどこにいても不利な相手と戦うこととなるからどこでもいいと思う。だが、万が一に備えてツリトは僕の隣にいて欲しい」

「何で?」

「開幕一発。遠距離から神速のライフルが撃たれた時のためさ」

「なるほど。カナの位置をバラしたくないのね」

「そういうこと。ツリトには準備して欲しいことがある」

「あっちょっと待って。俺も準備しときたいことがある。さっきざっくりな作戦を伝えたじゃん。キララが王都全体に結界を張るために扇子を使うんだけど、その時俺も使う。ついでにカナのポイントからも王都に向かって扇子を使おうと思ってるんだ。だから、多分、防げるかもしんない。でも、神速のライフルを使って来たら俺を狙撃手のもとに瞬間移動で飛ばしてくれ」

「分かった。ツリトを信じよう」

「ああ、信じてくれ。それと今思いついたんだが、避難民の安全のためにバウバウ家を利用しよう」




 かくして、この七時になるまでの一分は勝負の時だった。

「「すうーーーーーーー、はあーーーーーーーーーーーーー―――」」

 深呼吸をシンクロして行ったツリトとサルシアは同時にオーラを纏った。もちろん首にはオーラ増量ネックレスを掛けている。ツリトは右目に片眼鏡を掛けて紳士服と紳士ハットを着せられた。

「残り三十秒。全員オーラを纏ったな」

 扇子で自分のオーラを空中の広範囲に霧散させているためツリトにはそれが分かる。サルシアがツリトの肩に左手を置いた。腰には二種類の黒シリーズの剣を携えている。

「ツリト。予想が当たったら、一瞬で仕留めてくれ。できなくても神速のライフルは無効化あるいは奪ってくれ」

「おう。だが、壊せないことは知っているだろう?」

 エージソンは自分の作品、発明品が壊されるのは酷く嫌うため黒シリーズにはその念が強く込められている。ましてや数が増えたものとなるとその念を破るのは大抵の人には無理である。それに奪った方がカナがさらに強くなるためベターだ。

「そうだね。でも、ツリトなら壊せるんだろう?」

「まあな。残り十秒。そういえばサルシアって寝たの?」

「僕には白のオーラがあるからね。疲れを取るためのシックスセンスはあるんだよ。残り三秒」

「覚えとけよ、テメエ!」

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