第4話 これはとある因習学園の物語
「元々、この学園はレンフィーマ卿が打倒魔王を掲げて作った学園というのは知っているね」
どこか試す様にベダは言う。リガッタは頷いた。
「はい。レンフィーマ・アカデミーの創立理念は知っているつもりですが」
リガッタは乾いた喉で、懸命に声を張った。一応、入学に当たり基礎知識は頭に入れてきたつもりだった。だが、それでも、どうして女人禁制なのか、女が入ったらどうなるのかの正確な情報はなかった。ただ、間違いなく死ぬという、不吉な噂だけがリコットを震え上がらせるだけ。
「語られない事実、というものがある。何せ、この学園に女性が入園した時のペナルティは現在の王国の法律とでは、調和しないからね」
「法律と、調和しない?」聞きなれない言葉に、リガッタの体が冷える。
「そう。そもそもこの学園がどうして勇者を生もうとしたのか。それは、当時のレンフィーマ卿の長女、シャイカ・レンフィーマ様の婚約者、ジボール・ベリコン様が魔王討伐に出立すると決まったことが始まりだ。ジボール様を深く愛していたシャイカ様は、婚約者の身を案じ、彼が魔族から身を守り、かつ周囲にもそれができる人を望んだ。そこで学園を作り、人を集めて徹底的に教練するように働きかけた」
リコットにとって、この話は初耳だった。
「だから、当然、ジボール様に会うため、シャイカ様は学園に入る必要がある。だけど、自分以外の女性が学園に入ることは絶対に許されなかった。女性が入ることを禁じる魔術はできるけど、それではシャイカ様が学園には入れない。だから、学園はあくまで書類上のチェックのみで生徒の性別を管理することになった。それに、女性がこの学園に入ったら、そのうちボロが出てばれるに決まっているし。それにさ、貴族や有名な騎士の家系の生徒を募集しているのに、身包み剥がしてチェックするのは、疑うってだけで彼らの家名を傷つけることになる。だから、この学園は女人禁制だけどチェックは書類だけだ。伝統だよ」
「……それで、ばれたら、どうなるんですか」リガッタは一番大事な質問をした。
「最初の不正入園を果たした女子生徒は、当然ながら処罰された。魔術師としても優秀だったシャイカ様は前から用意していた魔術と儀式を使い、生徒達に掛けた呪いを起動した。まず学園の男子生徒全員を、その女子生徒を使って『男』にした」
「えっ」いきなり処罰の方向性が重く、リコットは喉が潰れたような声を出した。しかも、『まず』これである。つまり、続きがあるのだ。
「その後、処罰対象の彼女の髪や毛、爪、歯を一つ残らず一つずつ抜き取り、そうして出来上がった何も残されていないぼろぼろの女子生徒を、裸にして磔にして、火にくべました」
「か、火刑ですか……」リコットは何故かむず痒く感じ、こっそり肩や首を摩った。この学園で女とばれたらあまりにもあんまりな目にあわされた挙句、拷問紛いの方法でさらに傷つけられたうえ、火炙りとは。
「違うよ、リガッタ君」
だが、彼の言葉にベダは首を振った。リガッタは首を傾げた。火刑にして終わりではないのか。
「焼き加減はミディアムレア」
「ひょーーーーー」リガッタの喉から口笛のような悲鳴が出た。冷や汗が勝手に噴き出る。まだ刑罰は終わりではないのだ。
「皮膚が焼け落ち、肉がいい感じに焦げて神経が剥き出しになったあたりで、シャイカ様は、その女子生徒へ、眠ったり意識を失ったりすることを禁じる魔術を掛けて、男子トイレの中に彼女を磔にしました。男子生徒達は用を足す場合は必ずそこで行うように呪いに掛けられ、そうして処罰対象の彼女は、死ぬまでの三日間、終わらぬ尊厳の破壊と屈辱を受けながら、男達の排泄物を受けつつ、虫や鼠、鳥に齧られて死にました。お墓は構内の端に設置されて、二度と家族に会うことすら許されない。墓石には名前よりも大きく『淫売婦』と刻まれて、ね」
リガッタはしばし絶句した。しかし、なんとか言葉を捻りだす。
「……そんな、あまりにも法律違反じゃないですか? 人権は? もっとこう、手心というか、そこまで悪いことのようには……」
何せ、王国の死刑ですらここまで惨くはない。彼の疑問に、ベダは自嘲気味に笑う。
「そう。その通り。でも、もうこれは呪いとして固着しているからどうしようもない」
そんな呪いあってたまるか、そんな言葉を何とかリガッタは飲み込んだ。
「それに、現行法とは合致しない魔術や呪いも、魔王討伐以前のもので、当時は許されていた場合にのみ『伝統』とする、と法律で定められている。だから、この魔法は今でも『伝統』なんだ」
「そ、そ、そ、そうですか、勉強になります……」
もう、帰りたかった。こんな所に長居するわけにはいかない。だが、リガッタは顎を揺らしながら質問した。
「でも、呪いって薄れますよね。今では少し緩くなっていたりとかはあるんじゃないですか」
リガッタには希望が必要だった。呪いは五百年以上前のもの。今はもう、その効力は薄れているから安心していい、そう言ってもらえなければ、彼の脂汗が止まりそうにはなかった。
「この呪いが最後に発動したのは五十年前。これまでに六十五人がこの呪いで一生以上の辱めを受けて死んでいる。創立以来、この呪いが薄れたという記録はない」
「意味が分からん」意味が分からなかった。リガッタは口を押えて色んなものを封じなくてはならなくなった。
「わたしも、生きている間にこの呪いが動くところは見たくないと思っているよ。だけど、気になってもいる」
ふふ、と、何故かベダは愉快そうに息を漏らす。そして、リガッタをたっぷり見下ろして、言う。
「六十六人目、それが誰なのか、そんなことをね」
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