Reunion 再会

1

 〜〜〜


「ハッ!?イッツツッ!」


 歩希は急に意識が覚醒し、思わず勢いよく上半身を起こした。その際、左肩に少し痛みが走った。左肩を押さえた時、どうしてか自分の息が上がっており、服も汗でグッショリしていた。


「……やっぱり、またあの夢か」


 歩希がボソッと呟いた後、自分の辺りを見回してみた。全く知らない部屋であった。

 どうやら個室のようで、壁や床はログハウス調で統一されていた。今いるベッドの他には、家具は小さな机と椅子の1セットしか無く、あとは扉が一つあるくらいしかなかった。

 歩希はベッドから立ち上がり、徐にその扉を開いてみた。すると、そこには玄関が広がっていた。外へと繋がっているであろう扉と、左側に磨りガラスの扉がある。興味本位で歩希は磨りガラスの扉を開いてみた。すると、その中はユニットバスとなっていた。


「丁度良い、シャワーだけでもしておこうかな」


 そう言って、徐に服を脱ぎ出し、全身のありとあらゆる汗を洗い流した。垢を洗い流した訳では無い為、十分に満足したとは言えないが気持ちサッパリした。汗を洗い流した歩希は近くにあったバスタオルで全身の水滴を拭き取り、同じ場所に何故か置いてあった服を身に着けた。

 全て自分のサイズに合うのが、妙に気持ち悪く感じてしまったのはここだけの話である。


 ここにはもう用はないと思った歩希は、意を決して玄関の扉を開いて外へ出てみた。すると眼前に広がるは白と黒を基調とした、無機質な通路へと繋がっていた。左右にはどこまでも続く通路があり、ある一定間隔で扉が備え付けられていた。異様に明るく、そして静かであった。


「ここ、何処なんだ?」


 歩希がまたボソッと言うと、それに呼応したかのように、前方の扉が急に開け放たれた。そして、中から現れたのは一人の青年であった。

 髪は明るい茶髪に染まっており、毛の一本一本が立つくらいには短かった。背格好は歩希と同じ程度で、顔はかなり幼く見えた。多分、歳も歩希と近いであろう。


「あっ」

「おっ?」


 通路へと出て来たその青年は、目の前に歩希が立っているのを見て少し驚いた。


「お早いねぇ、歩希君」


 青年の口調は少々軽薄そうに思われるものであった。しけし、どことなくその口調に嫌味は無く、寧ろ親しみやすさすら感じた。


「えっと……おはよう、ございます」

「うん、おはよう」


 歩希が咄嗟に挨拶をすると、相手も笑顔でちゃんと返してくれた。何故だか心の中で、歩希はこの目の前にいる青年は安全な人だと感じた。


「その感じだとー……うん、シャワーと着替えは既に済ませているみたいだね」

「えっ……あ、はい」


 歩希がまだ何も言っていないにも関わらず、青年は的確に言い当てた。もしかしたら偶然言い当てた可能性もあるが、それでもこの青年にはある程度の観察眼があると見受けられた。


「それじゃあさ、一緒に食堂に行こうか。腹減ってるだろ?付いて来て!」


 青年は歩希の返答を待たずに、スタスタと右の通路へと歩き始めてしまった。どうするべきかと少しあたふたしながら考える歩希であったが、結局青年の後ろを追う事にした。


 食堂へ向かう途中、青年は一方的に話しかけてきた。

 青年の名前は"叶井かない 飛鳥あすか"と言い、歳は歩希よりも3つ上であった。職業は探偵をしており、特技に関しては二つあるという。一つ、飛鳥は相手がどんな人でも気さく話すことができ、そしてどんな人でも仲良くなれるという。

 そしてもう一つ、それは誰よりも鼻が効く、とのことである。これは探偵をやる上では必須な技術スキルだと豪語していた。正直、どこまで本気にすれば良いのか、歩希には分からなかった。


 通路を歩いている途中、飛鳥がある一つの扉を指差した。その扉は他の扉よりも少し大きく、重厚感のある鉄扉であった。


「歩希君、この部屋知ってる?」

「いえ、知らないです。そもそも、こっちに来るのが初めてです」

「そっかそっか、まぁ昨日来たばかりだから知らないのは当たり前だよな。良いかい、ここが"救護室"だよ」

「……救護室?」


 歩希は直ぐに昨日の美々杏たちの会話を思い出した。


『ただ、かなり時間が経っていますので、このままだと悪化しかねません。救護室までお運びいただければ私がしっかりと治療致します』

『分かったわ。マコ、人を呼んで来てもらっても良いかしら』

『あぁ、問題ない』


 この会話に嘘がなければ、この部屋の中で在影は治療を受けているはずなのだ。少々心配そうに歩希が鉄扉を見ていると、飛鳥が優しく言った。


「彼の事なら大丈夫だって話だよ」

「えっ?」


 飛鳥の発言に歩希は顔を振り向かせて驚いた。


「詳しい事は俺も知らないけど、傷がそこまで酷くないって恵先生が言ってたよ。なんでも全治二ヶ月くらい、だってさ」

「そ、そうなんですね。……はぁ、良かった」

「ま、そもそも恵先生が診てくれてるんだから、何も心配する事ないさ」


 飛鳥は少し控えめに笑っていた。ホッと胸を撫で下ろしている歩希を見て、自分も良かったと感じているのであろう。


 救護室を通り過ぎ、更に奥の扉を開いてみると、そこは昨日歩希たちも来たエントランスに辿り着いた。昨日と変わりなく、部屋全体が煌々と輝いていた。少し眩し過ぎるくらいである。二人は特に会話はせず、その反対側の扉へと向かい通り抜けた。その先の通路は救護室の前と同じく、白と黒の通路であった。


「さぁ、あの奥に見える扉の先が食堂だよ。今日はどんな料理なんだろうなぁ」


 そんなに料理が楽しみなのか、飛鳥ら手揉みをしながら食堂へと歩いて行った。なんとなく、その歩くスピードが早くなっているのを歩希は感じた。

 食堂に近づけば近づく程、なんだか食欲をそそる匂いが漂って来た。思わず歩希のお腹がぐうぅとなってしまった。その時、自分が暫く何も食べていない事に気付いたのだ。


「さすがに何か食べないとな……」


 飛鳥同様、歩希の足も次第に速くなったのである。


 食堂へ入ると中はとても広く、長机と椅子が数え切れない程に置かれていた。そして、既に二十人程が食事を楽しんでいた。


「佐々木さん、おっはようございまーす」


 急に声を張り上げて飛鳥が挨拶をする。そして、もはや駆け出していた。歩希もその後に続いた。

 食堂の左側にはキッチンが備わっており、今現在、その中に一人男性が居座っていた。しかし、その男性をみて歩希は雷にでも打たれたかの様な衝撃を受けた。

 その男性は異様にガタイが良く、ウェイトリフティングの選手だと言われても不思議には思わなかった。明らかに料理人の体躯をしていない。


「お、その声は叶井少年だな!おはよう」


 男性も気前よく挨拶をしながら、何やら皿に料理を盛り付け始めた。途端に良い匂いが辺りに充満した。飛鳥が突然、スンスンと嗅ぎ始めた。


「うーん、これは……チキン南蛮ですね?」


 自信満々に飛鳥が答える。すると、男性は盛り付けが終わって、飛鳥の目の前にスッと差し出した。


「畜生!今日も私の負けだ」

「よっしゃ!」

「流石だな、叶井少年」

「へっへへぇ」


 皿の上には肉汁溢れるチキンが綺麗に置かれており、その上に卵がたっぷり入っているタルタルソースが掛かっていた。もう見た目だけで美味しい。

 飛鳥は更に男性からご飯を貰い、横に置いてある箸を一膳だけ取った。


「佐々木さん、ありがとうございますね」

「あいよぉ!」


 飛鳥はそれだけを言うと、トコトコと歩いて行ってしまった。

 目の前の男性がもう一度、皿に同じチキン南蛮を作って歩希の目の前にドンッと差し出した。


「さぁ、どうぞ。望月少年」

「あ、ありが──えっ?」


 歩希は再び驚いた。今、この目の前にいる男性は、歩希の苗字を言ったのだ。どうして初めて会った人間が、自分の名前を知っているのか。不思議でならなかった。


「ふっふっふ。どうやらその顔、どうして私が君の名前を知っているのか、不思議なんだろ?」

「……はい、そうです」


 自分の考えている事が全て見透かされていると思い、歩希は素直に白状した。


「正直で大変よろしい。答えはとても簡単だよ。ここではあらゆる情報が共有されているんだ。だから、君や龍ヶ崎少年の事は知っている、て言うことさ」

「な、なるほど」


 なんだか、ここだけを聞くとプライバシーが無いようにも聞こえて、あまり良い気分とは言えなかった。


「どうやら、納得してくれたみたいだね」

「えぇ、納得せざるを得ない程度に、ですが」


 歩希は少し皮肉めいた言葉で返した。既に自分や在影の情報が共有されているのであるから、こう言う他無かったのであった。


「それにしても、叶井少年。ちゃんと伝えないとダメだろう。これじゃあ、望月少年が不安になるばかりではないか」


 男性は腕組みをしながら、飛鳥の方を向いた。その口調はとても柔らかいものであったが、その言葉から察するに少々怒っているのが伺えた。

 すると後方から突然、飛鳥の大声が聞こえて来た。


「すみません、お腹が減っていたもので!」


 どうやら料理を食べて元気が出た様である。男性はやれやれというポーズを取りながら、「まったく……」とぼやいた。しかし、その表情からは少し喜んでいるようにも見えた。


「あぁ、そうだ!」


 目の前の男性が何かを思い出し、突然大声を出した。あまりに唐突な出来事に、歩希は身体をビクンと震わせた。


「そうだったそうだった。私の名前を言って無かったね。私の名前は"佐々木ささき 岩二郎がんじろう"という。今後ともよろしく頼むよ、望月少年」

「はい、よろしくお願いします。佐々木さん」


 二人は互いに固い握手を交わした。佐々木の手はやはり大きく、改めてなんで料理人をしているのだろうと考える歩希であった。


 歩希は飛鳥の対面の席に座り、小声で「いただきます」と挨拶をした。チキンを一つ摘み、それを口の中に放り込む。すると、口の中でチキンの味とタルタルソースの絶妙な調和が生まれた。今まで食べて来た中で、佐々木の作ったチキン南蛮はダントツ一位に君臨した。


「佐々木さんの料理、美味しいだろ?実はあの人、ある三つ星ホテルの料理長を務めてたらしいよ」

「……んぐっ!だからこんなに美味しいんですね」


 食べる事を止められず、歩希は早口で言い終えて、再びチキン南蛮を放り込んだ。もはや岩二郎の料理の虜になっていた。


「隣、失礼するぞ」


 二人が食べている最中、誰かが飛鳥の隣に急に座った。その声は歩希が知っている声であった。歩希は一度食べるのを中断し、その座って来た人物の答え合わせをしてみた。当たりである。


「あ、天笠さんっ!」


 叫んだのは飛鳥であった。その叫び声は食堂全体に響き渡り、どこか少し怖がっているような声であった。


「叶井君……もう少し静かに出来ないかね」


 誠が耳を塞ぎながら、不愉快極まりない表情をしながら指摘した。すると、飛鳥は小さく「ごめんなさい」と言いながら身体を萎縮させた。

 どうやら、飛鳥にとって誠という存在は畏怖べき存在なんだろうと、歩希は一瞬で理解した。


「それで天笠さん、どうしたんですか?」


 何も言えなくなってしまった飛鳥に代わって、歩希が誠に訊いてみた。すると、誠はチキン南蛮を一齧りしてから話し始めた。


「実は君たち二人に話がある。特に望月君のはとても重要なお話だ」


 そう言われ、二人は生唾を飲み込んだ。一体、どんな事を言われるのだろうか。


「まずは叶井君、今日は新宿方面のパトロールを頼みたい」

「えぇ〜、今度は新宿ですか?俺昨日、玉川だったんですよ」

「仕方ないだろ、俺たちのパトロールは都内全域なんだから」

「だからって、なんで俺に頼むんですか?俺、一応探偵っていう仕事やってるんですよ」

「君、いつも客が来ない客が来ないって嘆いていたではないか」

「それはそうなんですけどぉ……はぁ、はいはい、分かりましたよ。行けば良いんですよね、行けば」

「よろしく頼む」


 誠はそう言って飛鳥に頭を下げた。そして、今度は歩希の方を向いて話し始めた。


「そして、望月君。これは俺からではなく、ビビからの伝言だ。今日一日、メグの所で身体検査を受けて欲しい、との事だ。健康状態やその他諸々を知っておきたいとの事だ」

「分かりました。何処に行けば良いですか?」

「救護室だ。場所は分かるかい?」

「はい、大丈夫です。ついさっき、叶井さんから教えてもらいました」


 歩希がそう言うと、飛鳥は胸を張ってフンとドヤ顔をした。大した事はしていない。


「そうか、それなら説明は不要だな。それじゃ、二人ともよろしく頼むよ」


 それだけを言い残すと、誠は椅子から立ち上がり、いつの間にか空になった皿を持ってその場から立ち去った。

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