Intermission 幕間

2

 辺りが酷く騒がしく感じる。機械の駆動音や物が焼ける音。人の喧騒や足音。歓声、怒声、そして悲鳴。実に多種多様な音で溢れ返っていた。それにしても、さすがに五月蝿い。

 ふと上空を見上げてみると、吸い込まれそうになるほどの黒に、それぞれが煌々と存在感を示す星が散りばめられていた。どうやら夜であるのは間違い無い。

 一体ここは何処なのだろう、と思考を巡らせてみる。

 しかし、結果は分からない。それどころか、どんなに考えても纏まらない。頭が働かないのだ。

 ……ん?頭が働かない?

 つい最近、そんな出来事があった様な。確か能面の子供が……。

 もう少しで思い出そうとしたその時、後方から背中を強く押された。前方へと大きく吹き飛ばされ、急いで後ろを振り返ってみると、そこには大勢の人集だかりが出来上がっていた。人集りが次々と追い抜いて行く。

 どうやら考えている暇など無かったらしい。仕方なく、この人混みに乗ってみる事にした。

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 ・

 ・

 どれ程歩いただろうか。からこれ10分は歩き続けている気がした。足に疲労こそ無かったが、人混みは徐々に増えていく一方である。非常に歩きづらい……。

 ふと何気なく上方を見上げてみる。左右には形は違えど、大きな建物がズラッと綺麗に建てられている。ここが都会である事は、どんな田舎者でも理解するであろう。

 一体、ここは何処なのだろうか。もう一度、思い出そうと試みるが、やはり何も思い出せなかった。意識が自然と散漫し、集中する事が出来ない。疲れた……気が滅入る一方だ。

 何処か分からない場所を、ただひたすら人の波に乗る他無かった。


 また暫く歩いていると、目の前に大きな横断歩道があった。信号が赤になっており、今まで順調に歩みを進めていた群衆が一切に止まった。身体と身体がぶつかり、足を踏まれたりする。

 止まっている間、人の声がより大きく聞こえる気がした。悪口や罵声、下世話な話ばかり。非常に不快である。耳を塞ごうにも、どうしてか腕が上手く上がらなかった。今にも胃液が込み上げてくる……。

 漸く信号が青に変わると、水を得た魚のように人の波が動き始める。一緒になって横断歩道を渡り切った。その時──


「私のことは……忘れて……」


 一瞬、幻聴が聞こえたかと思った。辺りの騒々しい声は全て消え、その幻聴だけが頭の中で木霊した。ふと何処かで聞いた事がある声だと気付く。

 後ろを振り返り、人混みを掻き分けた。すると、横断歩道の真ん中に例の子供が一人佇んでいた。相変わらず能面を被っており、その素顔は未だ分からない。だが確実に間違いなく、あの子供である。

 子供は前の時と同様に、口だけが見える様に能面をずらした。


「私のこと……どうか思い出さないで……」


 薄紅色の小さな口から確かにそう聞こえた。その声はとてもか細くて、小刻みに震えていた。よく見ると、前と同じく頬に一筋の涙が伝っていた。

 忘れて……?

 思い出さないで……?

 一体、何を言っているのか理解出来なかった。

 そもそも、この子供の事を知らない。誰なのか一切分からないし、思い出せないのだ。それ故に『忘れて』『思い出さないで』と言われても困る話である。


(君はっ──!)


 声は出なかった。いや、正確には口を開いて言葉を出そうと喉を震わせたのだが、声として空気に振動しなかったのだ。もう一度試してみたが、やはり言葉は声として乗らなかった。

 どうして……どうして、声が出ないんだ?

 喉を押さえながらも考える。次第に呼吸が乱れるのを感じる。焦っているのか……?

 纏まらない頭の中でそんな事を考えていると、突如右方向から強烈なエンジン音が鳴り響き、眩い程のライトが照らされた。

 車である。猛スピードで車が突っ込んで来ようとしているのだ。しかも、車の軌道は確実にこの横断歩道を通る。このままでは子供が轢かれるのは想像に容易い。


(あ、危ないっ──!)


 どれだけ声を荒げても、当然声は届かない。

 今度は身体を動かそうとしてみるが、どうしてか動かなかった。いや、動かせなかった。身体が鉄の塊にでもなったのか、足が全く動かせないのだ。

 その間にも車はジリジリと子供との距離を詰める。


(やめろっ!!!)


 自身の持つ最大限で叫ぶ。目を瞑る程に大声で叫ぶ。勿論、言葉は声として伝播しなかった。もうダメだ……目の前の子供が轢かれる。

 突然、フッと身体が軽くなるのを感じた。しかし、それは単に身体を動かせる様になった訳ではない。身体に力が入らないのだ。

 前方に身体が傾き始める。それと同時に意識が遠くなるのを感じる。倒れる最中、車のエンジンが右から左へと通過した。しかし不思議な事に、子供と接触した音は聞こえて来なかった。

 良かった、あの子は轢かれなかった……。

 安堵し、地面へと倒れる刹那、フッと息を吐いた。目の前が徐々に黒く染まり、やがて完全な闇へとなった。肉体と精神が完全に乖離した。

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