C.M.

齋藤 リョウスケ

Prologue プロローグ

1

 目を見開くと鬱陶しい程に眩い光が目に飛び込んでくる。思わず目を閉じて手で光を遮ると、耳が徐々に慣れて来るのを感じる。


『ママ、あれ買って!』

『ふざけんな!おめぇから当たって来ただろ!』

『ねぇ……みんなどこにいるのー!』


 人々の楽しそうな声や嬉しそうな声。中には怒声や子供たちの悲鳴が上がったりと喧々囂々けんけんごうごうであった。


 ファァァンッ!


 急に横から車のクラクションが鳴り響き、そのあまりの爆音に遮っていた手を今度は耳に押し当てる。

 瞼の裏からではあるが、さっきまでの眩しさは既に無かった。ゆっくりと目を見開いてみる。

 眼前には大勢の群衆が右往左往に行き交っている。老若男女問わず、外国人までもが歩いている。

 何かの催しだろうか。そもそも、ここは一体何処なのだろうか。

 頭を働かせようと試みる。しかし、どうも頭がフワフワしていて考えが纏まらない。いや、頭だけでない。身体も同じで妙にフワフワしており、動くことすらままならない。

 身体のありとあらゆる場所を動かしてみる。首は辛うじて動かせるみたいだ。

 首をあらゆる方向に動かして辺りを観察してみた。だが、特に変な所は無かった。空が真っ暗であるのに対し、辺りは電光掲示板やLEDライトで煌々と輝いている。あとは大勢の群衆が四方八方に移動しているだけだ。仕方なく、首を前に戻す。

 すると、さっきまで居なかったはずの人物に気付く。

 その人物とは大体五歳くらいの子供であり、こちらに背を向けている。服装は蒼い浴衣に白いアネモネの花が散りばめられ、足にはピンクの鼻緒がよく映えた下駄を履いていた。

 その装いはまるでお祭りにでも来たかのような。

 ……お祭り?

 今、どうしてお祭りという言葉が?そもそも、ここは──

 やっぱり考えが纏まらない。どうしても頭が働いてくれない。

 子供が徐にこちらを振り向く。その顔は能面を被っており、素顔は一切分からなかった。それから子供が一歩、また一歩と少しずつこちらに向かって歩き始める。相変わらず身体は動かない。

 しかし、逃げようという気はこれっぽっちも無かった。寧ろ、何処か安心するような、心が安まる気持ちに陥った。

 子供がある程度こちらに近づく。距離にして大体20メートル位だろうか。しかし、どうしてかその歩みを突然止めた。そして、口だけが見えるように能面をずらした。

 薄紅色の子供らしい、小さくて可愛らしい唇が現れた。何処か懐かしく思えた。


 ……懐かしい?

 ──知らない。

 ……見た事がある?

 ──分からない。


 薄紅色の小さな唇が微かに動く。


「……ん………ご…ん……」


 子供の声はハッキリと聞こえた。しかし、所々でノイズが走っており、何を言っているのか分からなかった。首を横に傾げてみる。


「…………」


 もう一度、子供が何かを言った。おそらく、さっきと同じ文言であろう。しかし、ノイズは更に酷くなり、ただ口が動いているだけで何一つ理解する事が出来なかった。

 よく見ると子供は仮面の裏で泣いており、涙が頬から顎へと伝う。両側から流れ、やがて大きな粒となって滴り落ちた。

 しかし、涙の粒は地面へと落ちる事はなかった。

 途中で涙の粒はテレビのノイズのような、ベリノイズにへと変化したのだ。それを皮切りに群衆や風景も変化していく。

 騒がしかったあの喧騒も、次第にジージーという耳障りなノイズへと変わる。そして、視界が全てベリノイズへと変わり、不快極まりない目障りなノイズだけとなった。

 目を閉じ、両手で耳を塞ぐ。視界は暗くなってくれたが、耳障りなノイズはその手を貫通して聞こえて来た。ノイズは一向に収まる気配が無い。それどころか、激しさを増すばかりである。

 それでも尚、目を固く閉じて耳を塞いでみる。すると、急にノイズが一切無くなった。耳の奥で無音が鳴り響く。

 様子が変だと思い、目をゆっくりと開いてみる。そこには目を閉じている時と同じく、無限に広がる闇だけであった。

 次に耳を塞いでいた手を離してみる。やっぱりノイズは鳴り止んでいた。しかし、耳元で誰かの吐息がしており、生暖かい空気が耳を撫でた。

 そして、その吐息は浅い呼吸を一つしてから囁いた。


「お兄ちゃん」

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