第40話 首謀者探し
翌日
~定食屋 プトルカン~
今日も今日とて、俺は聖地(プトルカン)へとたどり着いた。
毎日アルミルの姿を拝めるこの生活。これこそが俺の人生のすべてであり、何物にも代えがたい幸福だ。
この先にどんな苦難が待っていようと、アルミルの笑顔さえあれば、俺は何度だって乗り越えられるだろう。たとえそれが、大魔王としての激務であろうと、結界突破のリスクであろうと。
カランコロン。
軽やかなドアベルの音と共に店に入ると、カウンターの一角に真新しいチラシの束が積まれているのが目に入った。
手書きの文字、そして躍動感あふれるイラスト。
これはまさか……!
俺は震える手で一枚を手に取った。
『祝・結成! アパアポ ファーストライブ開催決定!』
シャーッ!!!!
心の中で叫ぶ。ついに、ついに待ちに待ったアルミルの異世界初ライブが決まったんだな!
メンバーは、ボーカルのアルミル、ドラムのパインさん、魔法シンセのアスナさん……そして、ダンサーとしてポームも加入したのか!
ポームの身体能力なら、キレッキレのダンスで会場を沸かせること間違いない。仲良し4人組の異種族ガールズバンド。想像しただけで涙が出てくるほど尊い。
そしてチーム名が『アパアポ』。
一見すると間の抜けた響きだが、メンバーの頭文字(アルミル、パイン、アスナ、ポーム)を組み合わせたであろうこのネーミングセンス。覚えやすく、かつ彼女たちの飾らない絆を感じさせる。
凡人なら5周、6周回った挙句に「エターナル・メロディ」とか凝った名前を付けそうなところを、アルミルは1周目の直感で決めたに違いない。
そこに痺れる、憧れる。
さて、肝心の日程はいつだ?
俺は目を凝らしてチラシの下部を見た。
『4日後の 夜 開催!』
……ん?
夜?
夜? 夜? 夜?
ぬぁーーーーッ!!!
それだけはダメだーーー!!!
感動が一瞬で吹き飛び、絶望が押し寄せた。
夜ということは、俺は人間の姿を保てず、大魔王の姿に戻ってしまう。
大魔王(全長数メートル、禍々しいオーラ全開)が、結界バリバリの王都内で開催されるライブに参加する? 無理だ。結界に焼かれるか、討伐隊に囲まれてライブどころの騒ぎじゃなくなる。
なんとしてでも時間を昼に変えてもらわねばならない。俺の推し活生命がかかっているんだ。
一体全体、誰がこんな無慈悲なスケジュールを決めたってんだ?
ちょうどそこへ、エプロン姿のポームが現れた。
「ポーム。おはよう。ちょっと聞きたいんだが」
「兄上、おはようございます。ああ、そのチラシですね。私はダンサーなんてやるとは言ってないのですが、アルが勝手に私の名前を書いてしまったようでして……」
ポームは少し困ったように、でも嬉しそうに笑っている。
「いや、ポームの参加は大賛成だ。問題はそこじゃない。ここに『開始時間が夜』と書かれているが、これは誰が決めたのかな?」
俺が詰め寄ると、ポームは記憶を辿るように視線を宙に向けた。
「それは、確か……アスナさんが、『結界のメンテナンスを昼に行うから、夜の方が都合がいい』とかなんとか言っていたような気がします」
なるほど、アスナさんか。
彼女は結界魔法貴族の当主として多忙だ。だが、メンテナンスは定期的なものと言っていた。ということは、無理を言って日程をずらしてもらえる可能性もある。
カランコロン。
噂をすれば影。優雅な足取りでアスナさんが入店してきた。
「ごきげんよう、シュラ殿! 見られましたかな? ライブの日取りが決まりましたぞ! ぜひシュラ殿も来てください! ただ、ワラワは立場上顔を出せぬゆえ、仮面を付けての登壇となりますがの」
アスナさんは上機嫌だ。仮面をつけて演奏する貴族令嬢、属性が渋滞していて素晴らしいが、今はそれどころではない。
「アスナさん、おはようございます。国の要人は大変ですね。……ところで、このチラシに書かれている『開始時間が夜』という件なのですが、昼に変更できないかと思いまして。いかがでしょう?」
俺が単刀直入に切り出すと、アスナさんはきょとんとした。
「えっ? ワラワはどちらでもよいぞ。確か、その時間を設定したのはパインさんではなかったかのう。『昼はランチで稼ぎ時だから、店を閉じた夜であればライブ会場として貸し出せる』とか何とか」
なんだと? アスナさんじゃなかったのか。
パインさんの理由はもっともだが、交渉の余地はある。ワンドリンク制ならぬ「ワンランチ制」にして、昼の売り上げを確保すればあるいは……!
その時、厨房の奥からパインさんが顔を出した。
「おや、シュラ君いらっしゃい。見たかい? とうとう決まったよ! ラ……」
俺は食い気味に返事をした。
「ライブですよね! 楽しみです! ところでパインさん、開始時間が夜というのは絶対ですか? 昼に変更できないかと思いましてですね、いかがでしょう?」
必死の形相の俺に、パインさんは目をぱちくりさせた。
「ああ、アタイはそれでもいいよ。確か、アルちゃんからの提案でそうなったんじゃなかったっけ?」
まただ。たらい回しにされ続けているが、ついに本丸にたどり着いた。
やはりアルミルか。彼女さえ説得できれば、昼開催に変更できるはずだ!
ちょうどそこへ、2階からアルミルが降りてきた。
「シュラさん! おはようございます! あっ、そのチラシ! 昨日、徹夜で100枚手書きしたんです。シュラさんも是非ライブに来てくださいね!」
満面の笑みで誘ってくる推し。
行きたいです! 死ぬほど行きたいです! でもこのままだと物理的に死んでしまうんです、俺!
「あの~ですね、アルミルさん。お願いがあるんですが、もしよかったら、ライブの時間をお昼に変更していただけたりなんかしませんかね?」
俺が懇願すると、アルミルは少し困った顔をした。
「時間ですか? 私は全然いいですけど……」
えっ? アルミルもいいの?
じゃあ誰だ? 誰がこの「夜開催」を決定事項にしたんだ? 黒幕は誰だーー!!
俺の推し活を阻む、見えざる首謀者め、許さん!
「……シュラさんが決めたことなので」
「えっ? 俺っ?」
時が止まった。
アルミルが不思議そうに俺を見つめる。
「はい。だって、この前相談したときあったじゃないですか。
『お客さんをたくさん呼んで盛大にやりたいんですけど、時間帯についてどう思います?』
って聞いたら、シュラさんが自信満々に、
『そりゃあもう、盛り上がるのはナイトですね!』
って。だから夜開始にしたんですよ」
……ん?
記憶の糸を手繰り寄せる。
確かに数日前、アルミルからライブの相談を受けた。
だが、あの時の会話は……。
『お客さんをたくさん呼んで盛大にやりたいんですけど、(盛り上がりますかね?)どう思います?』
それに対して、ファン1号としての俺は、熱く答えたはずだ。
『そりゃあもう! 盛り上げないとですね!』
…………。
「誤解です! 誤解ですアルミルさん!
あの時は、『盛り上げナイト』じゃなくて、『盛り上げないと』!
つまり、ワクワクしますねって意味で言ったんですよぉぉぉ!!」
イージーミス! 痛恨の聞き間違い!
首謀者は俺だった!! 俺の舌足らずのせいで、危うく自分の首を絞めるところだった!!
ということは?
「じゃあ、昼に変更してもらっても……いい?」
俺がおずおずと尋ねると、アルミルはあっけらかんと笑った。
「はい。それはいいですけど、このチラシは全部修正しないといけませんね」
彼女の視線が、手書きのチラシの山に向けられる。徹夜の結晶だ。
俺の責任だ。これくらい償わせてくれ。
「それくらい、俺がやりますよ! 全部修正させてください! なんなら1000枚くらい増刷して配りますから!」
「ふふっ、ありがとうございます。じゃあお願いしますね」
あぶなかった。ギリギリで回避できた。
俺が胸をなでおろしていると、その様子を見ていたアスナさんが、不思議そうに首をかしげて質問してきた。
「でも、どうしてシュラ殿はそんなに昼にこだわるのだ?
それに、いつも夕方には慌てて姿を消してしまわれるようだし……。
もしかして、夜になると……狼にでも変身するのではないか? うふっふっふっ」
ギクゥッ!
鋭い。鋭すぎるぞアスナさん。
「狼」どころか「大魔王」に変身します、なんて口が裂けても言えない。
「そ、そうなんですよ~。ガオー! なんちゃって。あはははっ」
俺が引きつった笑顔で誤魔化すと、アスナさんは頬を赤らめて目を輝かせた。
「おおっ! なんと勇ましいこと。ワラワはそれでも一向にかまわぬぞよ……あいや、何でもない」
……ん?
前から薄々感じてはいたが、どうやら俺はアスナさんから妙な好意を抱かれているようだ。
狼男(だと思われている)でもOKって、懐が深すぎるだろ。
しかし、俺にはアルミルという絶対的推しがいる。
ごめんよアスナさん。魔族は平気で裏切っても、推しへの愛だけは裏切るわけにはいかないんだ。
俺は心の中でそっと謝りつつ、チラシの修正作業に取り掛かるのだった。
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