第26話 待望 ♪オフェンス乙女
「ええっ!? う、歌うだって!?」
アルミルの突拍子もない提案に、パインさんは素っ頓狂な声を上げてのけ反った。手に持っていた詩の書かれた紙が、パラリとテーブルに落ちる。
「そうですよパインさん! この詩には、メロディに乗せて響かせるべき『魂』が宿っています!」
アルミルがキラキラした瞳で詰め寄る。
その熱量に圧倒され、パインさんはタジタジと後ずさった。
「あはっ。え?! 褒めてくれるのはありがたいけど、アタイが歌うってのは無理だよ。うん、絶対無理! アタイはただの定食屋の女将だよ? 人前で歌うなんて、そんなガラじゃないさ」
しかし、我が推しアルミルは諦めない。彼女はパインさんの両手をギュッと握りしめ、真っ直ぐにその目を見つめた。
「パインさん。こんなに素晴らしい詩があることを、もっとみんなに知ってほしいんです」
「で、でもねぇ……」
「詩にメロディを乗せて歌うことによって、言葉は翼を得ます。さらにたくさんの人の耳に、パインさんの詩を聞いてもらうことができるんです。言葉だけでは届かない場所へも、歌なら届くんです。ですから、歌いましょう!」
アルミルの言葉には、不思議な説得力があった。それは彼女自身が、歌の力を誰よりも信じているからこそ出る言葉だ。
だが、パインさんの羞恥心の方がまだ勝っているようだ。彼女は顔を真っ赤にして首をブンブンと振った。
「もうっアルちゃんったら、大げさだよ。それにアタイは歌うのは絶対に無理ったら無理! そんなに言うんならアルちゃん歌っておくれよ」
「えっ? 私ですか?」
「そそ。『あいどる』なんだろ? 歌うのが好きなんだろ? だったら、この詩をアルちゃんの声で歌ってくれた方が、きっとこの詩も喜ぶよ」
パインさんの提案に、アルミルは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにふっと表情を和らげた。
そして、急に神妙な面持ちになり、静かに話し始めた。
「……わかりました。私が歌わせていただきます」
その瞬間、俺の心臓がドクンと跳ねた。
アルミルが歌う?
ってことは?
新曲っ?
ぬおぉぉぉーー!!
異世界でアルミルの新曲が聞けるだとぉぉぉーー!?
俺の脳内でファンファーレが鳴り響いた。
前世において、アイドルグループ『メータルンバ』がリリースした楽曲は全36曲。俺は常にその全てを頭の中でループ再生させながら日々を楽しく生きている。
ここ異世界へ来て、もう曲数が足されることは無いと覚悟していた。あの36曲を擦り切れるまで心で再生し続けるしかないと思っていた。
だが、まさかの新曲!
しかも、異世界の住人であるパインさんが作詞し、アルミルが作曲・歌唱するという、奇跡のコラボレーション楽曲だ!
楽しみだ! 楽しみだ! 楽しみだーーー!!!
「ちょっと待ってくださいね。音を決めますから」
アルミルはそう言うと、目を閉じてパインさんの詩を反芻し始めた。指先で虚空にリズムを刻み、小さな声でハミングを漏らす。
「ふふふーん……♪ ラララ……♪ うん、ここは跳ねる感じで……」
即興作曲モードだ。
アーティスト・アルミルが降臨している。俺とポームは、息を潜めてその様子を見守った。
ほんの数分、いや数十秒だったかもしれない。アルミルがパッと目を開けた。
「できました!」
もう?! 早っ!
さすがアルミル、仕事が早い。天才か。
「ただ、パインさんにはお願いがあります。これを使ってください」
アルミルが膝の上に乗せていた聖獣の子、コナッツオを隣のポームへ預けた。
ポーム喜んで受け取りその毛並みを楽しむ。
身軽になったアルミルは、席を立って部屋の隅へ向かった。そこには、昼間の「おつかい」で隣村の職人ヒノキンさんから貰った、あの大きな風呂敷包みが置いてあった。
「おみやげとして持ち帰ったこれ、実は楽器だったんです」
アルミルが手際よく風呂敷の結び目をほどく。
パラリと布が落ちると、中から現れたのは――皮張りの太鼓だった。
大小合わせて2個。艶のある革がピンと張られ、側面には職人ヒノキンさんのこだわりを感じる細工が施されている。
「太鼓……?」
パインさんが目を丸くする。
「はい。パインさんが厨房で料理しているとき、包丁でまな板を叩く音が、リズム感があってすごく心地よく聞こえていました。トントントンって、まるで音楽みたいに」
アルミルは太鼓を撫でながら微笑んだ。
「なので、パインさんはドラム演奏が向いているのかと思って、ヒノキンさんにお願いして、おみやげとしていただいてきました」
なるほど!
あの時、工房でアルミルが選んでいたのはこれだったのか。
確かに、パインさんの包丁さばきはリズミカルで、聞いていて気持ちがいい。あれは長年、何かを叩く(切る)仕事をしている人が身につけた、職人のビートだ。
それにしても定食屋の女将さんをドラマーにするとは、アルミルはいいところに目を付けたな。
「太鼓かい? やったことないけど……面白そうじゃないか。これならアタイでもできそうだね」
パインさんが興味深そうに太鼓に触れる。
歌うのは恥ずかしくても、これなら「料理の延長」として受け入れやすいのかもしれない。
「太鼓は私がセットしておきますから、パインさんは厨房から長くて太いお箸2本と、金属のお皿と、フライパンを持ってきてください」
「何に使うかわからないけど、あいよっ」
パインさんが厨房へ走る。
その間にアルミルは手際よく食堂のテーブルと椅子を重ね、高さを調節しながらドラムセットを組み上げた。
そこへ、厨房から戻ったパインさんが持ってきたお皿やフライパンを並べる。
完成したのは、異世界初(?)の即席ドラムセットだ。
バスドラムやスネアの代わりに大小の革太鼓。ハイハットの代わりに金属皿。クラッシュシンバルの代わりにフライパン。
「すごい……それっぽい!」
俺は思わず感嘆の声を漏らした。
アルミルは満足そうに頷くと、パインさんを椅子に座らせた。
「ではパインさん、まずはここに座って長いお箸を両手で持ってください。そう、菜箸ですね」
パインさんが菜箸をスティックのように構える。
「包丁で食材を切るように、ハイハットに見立てた金属のお皿を、チッチッチッチッと一定のリズムで叩き続けてください。後は私が歌うので、そのメロディーを聞いて、パインさんの思うがままに他の太鼓やフライパンを叩いてついてきてください」
「それだけでいいのかい? 面白そうじゃない。わかった。やってみるよ」
パインさんの顔つきが変わった。
羞恥心は消え、職人の目に変わっている。
アルミルが即席ドラムセットの横に立つと、詩の書かれた紙を片手に持ったところで、パインさんへ始めるよう目で合図した。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
その合図を受けたパインさんが、初めてとは思えないほど軽快でしなやかなリズムを刻み始めた。
チッチッチッチッ、チッチッチッチッ。
金属皿を叩く菜箸の音が、店内に響く。
正確だ。狂いがない。さすが、何十年も厨房でリズムを刻んできた腕前だ。
そこへ、アルミルの歌声が乗った。
「♪ ららら~ ふふふ~ ♪」
アルミルの透き通った声が、食堂内の空気を震わせる。
最初はハミングのような優しい入り。
それに合わせ、パインさんが太鼓を叩く。
ドンッ、タッ。ドンッ、ドンッ、タッ。
会話をしているかのように優しく包み込み、刻まれるビート。
素人とは思えない。パインさんの秘められた才能が開花している。いや、これはアルミルのリードが上手いのだ。歌声でリズムを誘導し、パインさんが叩きやすいようにガイドしている。
一番の歌が終わったところで、間奏をハミングで繋げるアルミル。
なんて素敵な詩とメロディーなんだ。
そして、歌の緩急を見事に表現したドラム展開。
サビに向かって盛り上がるところでは、パインさんがフライパンをカーン!と叩く。そのタイミングが絶妙だ。
それもそうだ、作詞者がパインさん本人なんだからな。
この歌詞に込められた感情の起伏を、誰よりも理解しているのはパインさん自身だ。
きっとアルミルはそこまで計算していたはずだ。「歌う」のではなく「叩く」ことで、パインさんの感情を解放させようとしているんだ。
間奏中、アルミルがパインさんへ声をかけた。
「いい調子です! このまま2番を歌いますね。パインさんはあともう少し、手数を増やしてみてください。怒りをぶつけるように!」
リズムに乗りながら笑顔でうなずくパインさん。
チッチッチッチッ……。
「♪ あなたをあなたを思う日々 でも待つのは嫌なのよ ♪」
始まった。2番の歌詞。
そして、その内容に俺は耳を疑った。
「♪ だからもう攻めるのみ 逆にあなたを不安にさせたるわ ♪」
「♪ マグマに漬けこんだフェニックスの卵 素手で掴み上げたるわ ♪」
か、過激!
歌詞がめちゃくちゃ攻撃的だ!
タイトルをつけるなら『オフェンス乙女』といったところか。
戦争に行ったきり帰ってこない旦那さんへの寂しさが、一周回って「怒り」と「強がり」に変換されている。
「♪ ブルードラゴンの臓物 引きちぎって 炙って食ったるわ ♪」
ドコドコドコドコ!!
パインさんのドラムが激しくなる。菜箸が残像に見えるほどの連打だ。
すごい。これが「定食屋の女将」のソウル(魂)か!
「♪ 私取り巻くすべての事が 憎いから 肉切って ヤキモキさせたい ♪」
「♪ 命を懸けて調理をするの そしたらこっちを振り向くかしら ♪」
カーン!!
フライパンの音が、ゴングのように響き渡る。
最高だ。泣けてくる。
寂しさを紛らわせるために、ひたすら料理に打ち込む女将さんの姿が目に浮かぶようだ。
この歌は、彼女の人生そのものだ。
俺は感動で震えながら、心の中でサイリウムを振り回していた。
尊い。エモい。
このライブを最前列で見られるなんて、俺はなんて幸せ者なんだ。
しかし――幸福な時間は唐突に終わりを告げる。
一緒に聞いていたポームが、俺の服の袖をグイっと引っ張り、小声で何かを知らせてきた。
「兄上! 大変です! 窓の外をご覧ください、もうすぐ陽が暮れます!」
「えっ!?」
俺はハッとして窓を見た。
西の空が、茜色から深い群青色へと変わりつつある。太陽の縁が、地平線に沈もうとしていた。
ま、まずい!!
俺は大魔王デールン・リ・ジュラゴンガ。日中は『変転ゲート』の効果で人間の姿をしているが、陽が沈むと魔法が解け、元の禍々しい魔王の姿に戻ってしまう。
ここで変身が解けたら、ライブ会場は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
でも……でも!
今はライブの最高潮だぞ!?
こ、こんないいところで? パインさんの定食もまだ食べてないし! 続きもまだ聞いてないし!
そんなー! あんまりだー!
「夕日に、沈むのは少し待たれよと伝えてくれ!」
俺はポームに無茶苦茶な命令をした。
「いくら兄上でもその命令は通りません! 早くお帰りを! あと数分で完全に沈みます!」
ポームが俺の背中を強引に押す。
チッチッチッチッ……。
演奏は続いている。アルミルが気持ちよさそうに歌い上げている。
帰らなきゃいけない。わかっている。
だけど、この空間から離れたくない!
「くっ……くそぉぉぉ!!」
俺は断腸の思いで席を立った。
演奏中の二人に気づかれないよう、でも素早く、店を出なければならない。
俺は歌の途中に泣く泣く席を立ち、音を立てないように裏口へと向かった。
背中でアルミルの歌声が響いている。
「♪ アタシの心を映すように お日様日照って大地カラッカラ ♪」
「♪ あなたが帰って来るか 私が壊れるか勝負をしてるわよ ♪」
ああ、いい歌詞だ。最後まで聞きたかった。
俺は涙で滲む視界を拭いながら、店を飛び出した。
夕日に向かって、俺は心の中で絶叫した。
バカヤロー!! 空気読めよ太陽!!
路地裏をダッシュしながら、俺は空を見上げた。
しかし、アルミルのライブではきっとこの歌も歌ってくれることだろう。
今日のセッションは、そのためのリハーサルだと思えばいい。
本番はこれからだ。
この店でのライブ。
その時こそは、誰にも邪魔されず、最初から最後まで、アンコールも含めて全部聞いてやる!
その時の楽しみができた。
なんとしてでも、アルミルの異世界ライブを成功させてやる!!
=========
~ オフェンス乙女 ~
歌:アルミル ドラム:パイン
あなたをあなたを思う日々 でも待つのは嫌なのよ
だからもう攻めるのみ 逆にあなたを不安にさせたるわ
マグマに漬けこんだフェニックスの卵 素手で掴み上げたるわ
ブルードラゴンの臓物 引きちぎって 炙って食ったるわ
私取り巻くすべての事が 憎いから 肉切って ヤキモキさせたい
命を懸けて調理をするの そしたらこっちを振り向くかしら
アタシの心を映すように お日様日照って大地カラッカラ
あなたが帰って来るか 私が壊れるか勝負をしてるわよ
キングポイズン大蛇の毒袋 パックにしてピーリング
私取り巻くすべての事が 忌々する日々 きりきり舞
命を懸けて美を磨くの そしたらこっちを振り向くかしら
いつでも帰ってきてもいいけれど 私が留守にしてたら何を思う?
都合のいい女は演じない 仕入れが止まればどこでも駆けつける
豪雪山の氷でできた橋 全力ダッシュで突っ切るわ
激流急流濁流 薄着で丸太で川下り
私取り巻くすべての事が ハラホロヒレハレ 崖っぷち
命を懸けて食材探すの そしたらあなたは帰ってくるかしら
=========
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます