第23話 合意
それは、『メータルンバ』の歴史が大きく動き、後の伝説として語り継がれることとなった『富士山2合目フェス』での出来事だ。
ライブの時はいつも、SDカードに保存された音源をスピーカーから流してパフォーマンスをしていたメータルンバ。
しかし、その音楽フェスに大きなスポンサーが付き、予算があったため、初めて生演奏を付けてくれることとなった。
それまでメータルンバは事務所には属さず、留波マネージャーと二人三脚で活動を行ってきていた。
まだ業界にコネは無く、バックバンドを依頼するようなツテも無いため、フェスの実行委員に依頼した。
しかし、フェス一週間前の音合わせ当日になって実行委員会が手配したバンドメンバーは、急遽キャンセルを申し出てきた。
しかたなくいつものSDカード音源でリハーサルを進めようとしたときだった。
前のセクションでリハーサルスタジオを使っていた人たちが、ギターやベースを抱えて帰ろうとするところへ、アルミルが声をかけた。
「あのー。みなさんって、他のアイドルグループのバックバンドさんですか?もしよかったら私たちの曲もお願いできちゃったりしますか?安心してください。報酬はちゃんとお支払いしますので」
その様子を遠目で見ていた留波マネージャーが、血相を変えて全力でその場へ駆け込んできた。
「ストーープ!アルミル!ストーープ!ゼェゼェゼェ。
彼らは今回の音楽フェスで大トリをお務めになられる、ロックバンド界大御所の『ビートサンダーキッス』さん!
僕は昔から大ファンで、留学していたアメリカのハリウッドにも手形が飾られているほどなんだ。僕は幾度となくお手を合わせに行ったもんだよ。
そんな方々にバックバンドを頼むなんてとんでもない!失礼だよ!」
留波マネージャーはアルミルを𠮟りつけ、ビートサンダーキッスのコータとナータとツータへそのまま謝罪した。
ビートサンダーキッスの3人へ謝罪する留波マネージャー。
「世間知らずな子で申し訳ございません。どうぞ無視してお帰りください。後で厳しくしかっておきますから」
すると、ビートサンダーキッスの3人はお互いの顔を見て笑顔でうなずきあい、無言で何かの合意をした。
マネージャーに叱られ、落ち込むアルミルの顔を覗き込んだリーダーのコータ。
「面白そうじゃないか!ちょうど母ちゃんからの小遣いが減っていたんだ。こちらこそお願いするよ」
伝説的ロックバンドから、まさかの承諾に留波マネージャの思考が止まった。
過去にヒット曲をいくつもリリースして、数億円と稼いでいる彼らが小遣い制であるはずもなく、冗談を交えて引き受けてくれたのだ。
アルミルは笑顔に戻り、早速3人をメータルンバのメンバーへ紹介した。
「なんと、日本ロック界の重鎮さん達が、バックバンドをしていただくことになりました。お手柔らかによろしくお願いしまーす!拍手!」
「俺たちが還暦近いからって茶化してない?はっはっはっ!こちらこそヨロシク!」
始めは緊張していたメータルンバであったが、気さくな彼らと仲良くなり、和気あいあいとリハーサルは進んでいった。
初めての生バンド、それも大御所と呼ばれる百戦錬磨のプロ。メータルンバのメンバーは今までにないほど、のびのびと心地よく気持ちよく歌えた。
そんな時、最終曲の音合わせで事件は起きてしまった。
それが、『
メータルンバメンバーは曲のコンセプト通り、ワイワイキャッキャとじゃれあいながらいつものように歌い上げたが、コータから見たそれは、ただふざけているだけのように見えてしまった。
普段は紳士的でユーモアがあり温和なコータは、音楽に関しては独自の世界観を持ち、真摯に向き合っている。
ここまでの楽曲は楽しそうに演奏していた彼が、『遠々々吠々々』のコンセプトにどうしてもなじめず、苛立ち始めた。
今までと違う表情で奏でられる音。その違和感に気付いたアルミルが、コータへぶつかりに行った。
「コータさん!何か言いたいことがあるなら言ってください。私たちは本気でやっているんです。私たちのチームの一員であればこそ、何でも言ってください」
いくつも年が離れた大御所に臆することなく発言するアルミル。
あこがれのビートサンダーキッスがバックバンドを引き受けてくれた現実をようやく受け入れ始めた留波マネージャーであったが、再度フリーズしてしまった。
コータがゆっくりとギターを肩から降ろしてスタンドへ立てかけると、アルミルのマイクを奪い取ってその場にいたメンバー全員に怒鳴った。
「そんなキャンキャン吠えるだけの仲良しクラブの歌ではオーディエンスは満足しねーんだよ!
ましてや何組も集まったフェスってのはな、目当てのアーティスト以外は見向きもしねぇんだ!
すべての客のハートをかっさらって虜にしてみろや!俺たち重鎮に牙剥けてビビらすくらい魂の底から吠えてみろや!」
コータはそのままマイクを床に叩きつけて部屋から出て行ってしまい、戻ることはなかった。
突然の
「みんな悪かったな。あいつは音楽が芯から好きなだけで、みんなの持つ可能性を広げたいと思っただけなんだ。
あんなに感情的になったのはいつ以来だったかな?なぁツータ」
「そうだなぁ。あれはたしか・・・ってついさっき、俺たちのリハでもああだったろ!ギターを手にすればいつもの事だよ!はっはっはっ!
俺たちはバックバンドだから、君たちのコンセプトを変えるつもりはないよ。引き受けた以上、フェス当日までにはコータを説得しておくから気にしなくていいよ」
そう言うと、ナータとツータも荷物をまとめてスタジオから帰っていった。その後すぐ、アルミルがメンバーを集めた。
メンバーは、復帰することなくフリーズしたままの留波マネージャーを横に置き、緊急会議を開始した。
『遠々々吠々々』のコンセプトについてだ。コータが打ち出したそれは、これまでとは真逆のものであり、それを受け入れるかどうかで話し合いをしようとした。
しかし、全員の心はひとつにまとまっていたようで、お互いの顔を見てうなずくだけで合意した。
それから一週間フェス当日までの間、基礎の発声練習と体力づくりを入念に行い、今まで以上の声量とパワーのレベルアップに努めた。
フェス当日、飛行機の遅延で予定していた時間から大幅に遅れて会場入りしたビートサンダーキッスの3人。
当日リハに間に合わず、ぶっつけ本番となってしまった。
フェスに参加する10組中、トップを飾るメータルンバ。といっても、前座みたいなもので、地元のアイドルということで特別枠としてねじ込んでもらったものだ。
気合を入れてステージ上に現れると、その後について会場入りしたばかりのビートサンダーキッスの3人がバックバンドとして登壇した。
突然のサプライズに驚く観客。
メータルンバをお目当てにしていた、俺を含むファンが会場前方を陣取っていたが、そこへビートサンダーキッスのファンも合流した。
いままでにない活気の中、ステージ上の彼女たちは最高のパフォーマンスを順調に披露し続けた。
そしてとうとう問題の最終曲、『遠々々吠々々』が始まった。
いままでのいきさつを何も知らない俺たちファンは、いつものように彼女らの最高の笑顔のワチャワチャ芸を見られるかと思っていた。
だが、曲が始まると同時に、怒りと絶望を身にまとい、闘争心剥き出しの鬼気迫る表情に変貌し、雄たけびのような、悲鳴のような声を上げだしたメータルンバ。
一体何が起きているのかと、状況を掴めずにおろめふためく俺たちファン。
いや、俺たちだけではない。バックバンドの3人も状況を掴めずにいるようだった。
それはまるで、メータルンバが大御所のビートサンダーキッスへ噛みつき、戦いを挑んでいるかのようにも見えた。
曲の滑り出しはいつも通りの4ビートで入ったが、メータルンバのパフォーマンスを見て状況を理解し始めたバックバンドは、急遽16ビートへ変更された!?
それに音の当たりが強くなり、ピッチも上がっている。さらには原曲をほぼ無視して、大幅なアレンジのリフも差し込んできた。
とにかく全力で唸り、ステージ上を走り回って吠え続けるメータルンバ。
それに呼応すかのように熱い鼓動で答えるビートサンダーキッス。
ぶつかり合うエネルギーはやがて嵐となり、俺たち観客席までその渦が広がると、ついには俺も体裁を気にせず吠え始めていた。
「ワオォォォーーーン!!
ワオォォォーーーン!!
ワオォォォーーーン!!」
満員の通勤電車。
通っている定食屋の値上がり。
無理難題を押し付けてくる客先。
引っ越しの時にできた壁紙の剥がれ。
そんなものはどうでもいい!
俺はここにいる!
俺はここで生きている!
俺はここで吠えているぞーーー!!
「ワオォォォーーーン!!
ワオォォォーーーン!!
ワオォォォーーーン!!」
抱えていた全ての不満や不安が浄化され、かき消されていく。
そして曲が終わった。
気が付くと、会場にいた全員がステージに向けて息を切らし、汗だくになっていた。
やがて始まる日常が好きになった瞬間だった。
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