第33話 串玉
二十日目。
今日も朝から唐揚げ効果で、順調に売り上げを伸ばしている。
久しぶりに串焼きが食べたくなってトリスさんにお願いしたのだが、食べ終わった串を見て「唐揚げ棒」なんてものがあったのを思い出した。
棒を削った後に綺麗に洗えば利用出来そうだし、子供の稼ぎの足しにはなるかもしれない。ただ、あの子が削る為の刃物を持ってるとは思えないのだが、一応説明だけしてみようと思う。
昼過ぎにはジョーさんがやって来た。
明日の朝、前回のように大量に用意して欲しいそうだ。
「あと、この唐揚げっての美味そう! あー、どうすっかな。今から帰って予算の話すんのもアレだしなぁ」
「正式なのは後日として、まずはジョーさんだけお試しってことにします?」
「んじゃ、そうすっかな」
今日のところは、一個だけ試食ってことで爪楊枝に刺して渡してあげた。
「うっわ! 何これ! 美味すぎ! 三個入りで五百か。今すぐ追加で食いたいけど、一人で食ったのバレるとユーリに何言われるか……」
「一応、明日の朝はユーリさんのも用意しておきますね」
「わかってんじゃん! 悪りぃけど、頼むわ。オレまだ死にたくねぇしよ」
そんなこんなで、明日の朝鮭おにぎりが二十とモニター用に唐揚げをいくつか用意することになった。
ジョーさんが帰った後も程々に売れて、気付けば閉店前。
子供がやって来たので串の話をすることに。
トリスさんのところで使っている串を使って、こんな感じのでも持ってくれば百本で五百ウィッチと説明しておいた。
単価は、葉っぱと同じ。もう少し高く買ってやりたいけれど、相場としてはこんなものだと思うので無難な価格にしてみた。
閉店後。
風呂に入っている時、もしかしたら他の店で使われた後に捨てられている串を持って来る可能性があることに気付いてしまった。
洗って乾かせば使えそうな気もするのだが、日本人としては気になってしまう。清潔に除菌などできれば良いが、現状そういった物は所持していない。
もし捨てられていた串を持ってきた場合、最初だけ受け取って再度説明を行い、次回からは断ることにするのが無難だろうか。
お金だけの関係って楽なんだと改めて感じた。
風呂の後にマジジャンで、一応包丁とまな板のセットを買っておいた。メニューが増えると、イケオジの時みたいに切って内側を見せる機会が今後もあるかもしれないし。
二十一日目。
少し早めに起きて、ジョーさん達に渡す分を用意する。
鮭おにぎりが二十個と鮭セットが二つ。セットに鮭おにぎりが入っているので、単体で二十も必要ないかもしれないと思ったが、元々の注文分とモニター分で別という考えでこうしておいた。
セットには爪楊枝を付けて、持ち運びには中サイズの紙袋を用意。
開店すると、今回も二人は向かいの壁際で待っていた。
挨拶の後、ユーリさんから新商品である唐揚げについて聞かれたので、いつものように答える。結構売れてるので、個人的には新商品という感じは薄れつつあるなと考えていると、ジョーさんが失言。
「ユーリこれがマジで美味いんだよ!」
「へぇ。なんでジョーが味のことまで知ってるの?」
昨日の味を思い出し、不意に出たジョーさんの一言で黙っていた試食の件がバレてしまったようだ。
正直に話していれば良かっただろうに、今までの関係で一人だけ美味しい思いをすると怒られるのが常態化していたのか、黙っていたのだろう。
まあ、こっちからするとカップルのイチャイチャにしか見えないわけだが……。
そういう関係なのかと思いつつも、一応フォローする。
「ジョーさんのリクエストで、ユーリさんの分もこちらのセットに新商品の唐揚げが入っています。是非またお二人で、調査をお願いします」
ジョーさんのリクエストという部分を強調して伝えてみると、ユーリさんは機嫌が直った。
何度か顔を合わせるうちに、この二人のことも何となくわかってきた気がする。
支払いを済ませ、商品を受け取ると二人は出かけて行った。
唐揚げの正式な調査は、次回以降にやってくれるらしい。今回は突発だったし、唐揚げってワードから効果が想像出来ていないのでゆっくりでいいかなと思っているので丁度良い。
ジョーさん達が去った後、子供がやってきた。葉っぱのみで串は無いようだ。
今回は持ってきていないので、串の再利用についての説明はやめておいた。
昼前に、唐揚げの累計売上が百を突破。
しかし、どうやら惣菜は百でレベルが上がらないようで変化がない。
惣菜からの派生は無いのかとも思ったが、売れ方を見ていると必要数が多いだけなのかもしれない。また、二百や五百付近で意識してみようと思う。
そろそろ時間かなと時計を確認すると、午後四時過ぎ。
慣れてきたのもあり、時計を見なくても大体の時間はわかるようになってきた。暇すぎると、思った以上に時間がたってなかったりするけどさ。
ぼんやりと店の前を眺めていると、午後は来ないかもと思っていた子供がやって来た。しかも、なんだか変な物を持っている。何かの実だろうか?
色は茶色で、大きさはバスケットボールくらいありそうに見える。
「なんだそれ?」
少しばかり重そうに、販売カウンターの上に載せようとするので確認してみた。
この子は喋らないので、まともな返事が来るとは思っていないが、誰だって聞くだろう。言葉自体は通じるし。
一度、手に持った謎の物体を地面に置いた後、少し考えるそぶりを見せ怪しい動きを始めた。
拳を口の前で引っ張り、口を動かす仕草を数回行う。そして、トリスさんの店を指さし、最後に拳をアピール。
俺も馬鹿ではないので、串に関係するというのはなんとなく理解出来た。
「それと串が何か関係あるのか?」
すると今度は、謎の物体を地面へと叩き付け始める。
呆気に取られて見ていると、カンカンという乾いた音が響いていたので隣からトリスさんが様子を見に出て来た。
「おいおい。何の騒ぎだ? って、これ串玉じゃねーか。おい、貸してみろ」
トリスさんは子供から『串玉』を受け取ると、一旦店に戻り少しすると割れた状態にして戻ってきた。
「ほらよ。専用の道具がねぇと割るの大変だろうが。次からは、ここでやるんじゃねーぞ。トーヤもわかったな?」
なんだか巻き込まれて一緒に注意を受けたので軽く経緯を説明すると、トリスさんは串玉の扱いについて説明してくれた。
なんと串玉の内側にあるトゲが、大きさも丁度良くそれなりの強度がある為、多くの場面で串として使われているらしい。
もちろん、トリスさんの店でもそうなのだとか。
今までは、職人がいて木材を加工してるのかと思っていたよ。
手渡された『串玉』の中を見てみると、説明通り内側に向かって多数の硬いトゲが生えている。
触ってみるとトゲと外の殻との接着面は案外脆いようで、少し力を入れてやると簡単に取れていく。やってみるとこの作業、地味だが取る時の感触が良くて癖になる。
夢中で子供と一緒にトゲを外すと、なんと一つの実から百本以上の串が手に入った。なんとも異世界らしい不思議植物である。
その後、約束通り交換を終え帰って行く子供の後ろ姿は、新たな食い扶持を見つけた為か少しだけ嬉しそうに見えた。
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