第12話 三日目の朝

 アラームの音で目が覚める。

 三日目が始まった。


 身体を起こし脱衣所に行き、顔を洗いタオルを使う。

 ここで洗濯のことを思い出したので、歯を磨いてからすぐに着替え、洗濯機を回す。  

 贅沢にも乾燥も行ってくれるタイプのようだ。まあ、現状干す場所がないのでこうでないと困るわけだが。


 部屋に戻り朝食の選択へ。

 今日もパンタイプを選んだ。理由は、名古屋のモーニングみたいにあんこが付いてたから。コーヒーは別料金なので少し違うけどね。あれはたしか、コーヒーのおまけがパンとかだったはず。

 久しぶりに、まともな甘い物を摂取出来て幸せ。ゆでたまごとミニサラダも付いているわけだが、これを崩してタマゴサンドを作りたくなる。ただ、今日のところはあんバターでトーストを楽しむ。


 しっかりと食べて満足。

 片づけをして、掃除を行い小休憩。ついでに塩おにぎりの召喚も行っておく。

 時計を見ると、午前七時。

「さて行くか」と呟きながら、玄関へと向かう。



 昨日と同じように厨房にて、塩おにぎりの保存状態を確認。

 常温保存の物は、すっかり青くなっている。表面も硬い。ただ腐ったような臭いはしない。

 ちょっとありえない色に困惑しているが、色からして食べるとヤバそう。おそらく、悪くなっているのを教えてくれているのだと考えられる。


 冷蔵庫の中は、あまり変化が見られない。ただ少しずつ劣化していっているのか、割ってみると硬い部分が増えている。色の変化はなしで、こちらも無臭。


 最後にホットショーケース。

 昨日の時点でわかっていたが、こちらの物は劣化しているように見えない。実験動物でもいれば、食べさせてテストしたいと考えたが少し残酷だろうか?

 とにかくこのまま放置を続けてみようと思う。さすがにスペースに余裕が無くなってきているので、初日と昨日の物だけにして以後は処分していくつもり。

 下段は、常に新しい物を入れておくように心がける。


 パパっと確認作業が終わったので、どうしようかと考える。

 昨日は子供が何時からいたのかわからないので、もしかしたら居るかもと少し思ってたりする。時間を決めて約束していたわけではないが、あまり待たせるのもかわいそうだ。


 なんだか悩むのも面倒なので、いっそ一回オーニングを上げてみて、いなければまた閉めるのもありだという結論に至り、実践する。

 オーニングが大きく開いてきたあたりで、近づいてくる子供が見えた。今日も手には葉っぱを持っている。


「おはよう。待ってたのか?」


 問いに対して、子供は黙って頷いた。

 そして、そのまま葉っぱを差し出してきた。

 とりあえず受け取る。


「あまり早くてもここ開かないから、明日以降は今ぐらいの時間に来るといい。そしたらあまり待たなくてもいいから。えーっと、八時前だな。わかるか?」


 首を横にふられたので、少し困る。

 もしかするとこちらの世界には、時計がないのかもしれない。十二時に鐘が聞こえるので午前、午後の概念はありそうだが。

 この子に聞いてもいいのだが、喋れないのか無言なんだよね。

 となると、あとでトリスさんに確認かな。


「じゃあ、今日くらいの時間ってのは覚えといてくれ。んじゃ、交換するか。数えるから待っててな」


 これには、頷いて理解を示してくれた。『時間』はわかるんだな。どうなってるんだろう。


 今日はちゃんと五十枚揃っている。

 昨日と同じようなやり取りを行い、温かい塩おにぎりを渡してやる。

 去っていく姿を確認して、一呼吸。

 子供との交換までが今後も朝の開店準備になりそうだと考え、少しだけ面倒と感じながらも笑顔の自分に気付く。


 こっちに来てからどこか不安だった心が、他人との繋がりが出来たことで喜んでいるのかもしれない。そう思うことにした。


 この数日で口癖だと判明した「さてと」を呟きながら、受け取った葉っぱを持って厨房へと行く。

 昨晩購入した干し網を使う時がきた。

 昨日交換した分もまだ全部が洗えているわけではないので、一緒に行う。といっても、葉っぱが大きいのでそれほど大量には干せない。綺麗に並べると九枚。風で飛んでしまうかもしれないが、上の部分に乗せて十枚か。

 洗濯機の乾燥が使えればいいのだが、食べ物をのせる葉っぱをそんなことは出来ない。たぶん乾きすぎて劣化したりするリスクもある。

 

 またお金が増えたら、干し網の数を増やすとしようと決意する。

 想像すると厨房が干し網だらけの酷い空間になるが、現状ほとんど利用してないし問題ないだろう。

 部屋にベランダでもあれば干しておけるのだが、無いものは仕方ない。


 残った分のいくつかも一緒に洗い、作業台の上に並べておく。

 これで一通り終わったかなという頃に、販売スペースから声がかかる。


「トーヤおはよう」

「はいはい。あっ、トリスさんおはようございます」

「今日もよろしくな。で、今日はアレ十個くれや」

「え? 購入ですか?」

「おう。串焼きと一緒に塩おにぎりを焼いてみたら、また違った感じになって良かったんだよ。軽くあぶる程度にしねぇとこげちまうけどよ」


 トリスさん、どうやら勝手に焼きおにぎりに辿り着いたらしい。

 醤油が無いだろうから、俺のイメージするものとは違うが。


「ありがとうございます。でも十個も食べれるんですか? 塩おにぎりって米で出来てるから、結構腹にたまりますよ」

「大丈夫食えるって。オレの方がトーヤよりデカいしな。ハハハッ!」

「じゃあすぐ用意しますけど、開店直後で全部温かいのは無理ですけどいいですか?」

「いいぜ。んじゃ、この皿によろしく」

「はい。おあずかりします」


 子供と交換した後で、朝召喚した分じゃ一つ足りない。てことで、残ってるメシポイント分をまとめて召喚しておく。

 必要分あずかった皿に乗せながら考える。

 こういう大量注文があると、現在のメシポイントだと対応しきれない場合も出てきそうだ。

 そのうち増えてくれるといいのだが。


「お待たせしました。全部で二千五百ウィッチです。いくつか交換とかじゃなくていいんです?」

「毎日うちの串焼きでも飽きるだろ? 金払うぜ」

「いやいや。串焼き美味しいし、毎回でも大丈夫ですよ」

「そうか? 昨日子供にやってただろ? うちの前通る時に目にしてよ。だからあんまり好きじゃねぇのかと思ってよ」

「あー、あれはあの子供が言ったことちゃんと守ってたので、ご褒美っていうかなんていうか……」


 どうやら見られていたらしい。


「ならいいんだけどよ。あんまりあぁいった子供に肩入れすると、面倒事に巻き込まれるから気を付けろよ。汚れた子供が出入りしてると、店の評判にも関わるしな」

「忠告感謝します。あ、そういえばこっちの世界って時計ってないんですかね?」

「時計? ちゃんとしたのは、領主や金持ってるやつのところだけだな。あと、教会か。俺達平民は、一日三度鳴る教会の鐘か日時計で判断してる。トーヤだと、十二時の鐘しか聞く機会がねえから気付いてなかったのかもな」

「十二時のは知ってます。あとは何時に鳴ってるんですかね?」

「十二時の他は、朝六時、午後六時だ」


 当たり前のように話してしまっていたが、トリスさんの話を聞くと一日二十四時間というのは、前の世界と同じっぽい。


「一日二十四時間てことで合ってます?」

「おう。そうだぜ。魔女様がそう定めたらしい。トーヤのとこでもそうだろ?」

「あー。たぶんそうなんですかね。気付いたら、そうなってたというか……」

「だろ? さすが魔女様だぜ。んじゃ、店に戻るわ。ありがとよ」

「ありがとうございました」


 咄嗟にトリスさんの会話に合わせたことで、嘘を付くことになってしまった。


 ちょっとした罪悪感を感じながら、レジを操作する。

 この世界で『魔女様』は絶対の存在なのだろう。だったら、あの返答で良かったのかもしれない。


 あくまで俺は、借金を返すまでの仮の住人に過ぎないのだから。

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