第45話 追跡 (4)





メイは頭が痛いのか、手をこめかみに当ててしばらくしかめっ面をしたが、すぐに再び気を取り直した。メイの目がミルと、ウズクマルタカに順に見つめて、そして私のところに留まった。ほんのしばらく、メイの茶褐色瞳が私をじっと見つめていた。


「ラフに強引に連れられて来たのは覚えている…… でも、なんで、どうしてあなたが私を…?」


「あいつ、ラフって名前だったのか。どにかく、いくらなんでも女の子が引きずられているのに、それを、あーそうですか、と見ていられるかよ。」


「女の子……って。」


メイの小さなつぶやきに、私は昼の時に交わした言葉を思い出した。


【「同じ女の子? ふざけないでよ。」】


【「どちらの小娘には妹や弟たちに何でも食わせるためにここで酔っぱらいたちの面倒をみているのに、同じ女の子だと?」】


また怒声が飛んでくるのかと思ったら、メイはただ首を下げているだけだった。


「そ、そして、その、ラフって奴から、あんたを救ってくれたのが、ここにいるウズクマルタカさんなんだ。」


「あ…… あ、ありがとうございます。」


「どういたしまして。あの不良な野郎が嬢ちゃんに手を出すところを見たら、我慢できるもんか。」



「最初は、ラフが黙ってついてくれば、弟たちには手を出さないって…それで従って来たのに…ここで急に…売り渡すって…私を、それで…しく…」


メイは話しているうちにまた感情がこみ上げてきたのか、悔しそように涙をぽろぽろ流した。握り締めた彼女の拳の上に、ビー玉のような涙がしきりに流し落ちた。


「もしかして、どこへ行くとか、誰かに会うんだとか、そういうことは言わなかったんですか?」


「いいえ、そういう話まではしていなかったんです。」


あのラフって奴がもうちょっとおしゃべりだったらよかったのに、残念ながらそうではなかったようだ。


「それじゃ、また話は元通りだね。」


メイの気がついたのは幸いなことだが、これからどう動けばいいのかは、依然として解決されていないままだ。


ミルはどうやら追撃を続けたい様子だった。警備隊としても責任感があるだろうし、また個人的にも女性だけを狙いさらって売り渡すイマヌエールのやからが憎くないはずがない。


「ここで帰りましょう。」


しかし、私の考えは全く違った。


「いまだにも警備隊の本体は来る気配がない。ということは、そちらの方でも何かが起こっている可能性が高い。」


もうかなり時間が経ったが、いまだにバレンブルク市の側では何の連絡も知らせてない。 言葉を伝える過程で外れることもありえるし、私たちが予測できない別の問題がおきるのもありうる。 それに…


「それに、今はメイの安定が真っ先でしょう。」


平凡な食堂のウェイトレスであるメイに今日一日迫ったことはすでにショックが大きすぎるだろう。ほら、今もそんなに不安な目でこっちをじっと見ているじゃない。


私の意見を聞いたミルは、じっくりと考え込んでいた。 冷静なミルなら、いくら血が頭の先まで登ってもすぐ私的な感情は置いといて利害得失を十分に考えるだろう。 むしろ、ウズクマルタカの方が、なんだか今すぐにでも攻め込もうと言うんじゃないかな。今朝もギルドですぐむかついてたし。


「俺もホウジの意見に賛成だ。」


「…えっ?ウズクマルタカさん?」


「……何だ。ホウジよ、 その目つきは。俺が頭の中まで筋肉で、後先考えずに今すぐ攻め込もうと言うとでも思ったのか。いくらホウジだとしても、それはちょっと失礼だが。」


「あ、ご、ごめんなさい。 そこまで考えてはいなかったんですが…」


「(実はそこまで考えた。)」


「いずれにせよ、この人数でこれ以上進むのは意味がない。

偵察をするには精鋭じゃないし、追跡をするには人が多すぎるし、殲滅させるには人が少なすぎる。」


ウズクマルタカの正論的な言葉に私たちは皆納得する雰囲気になった。


「じゃ、それではこの辺で撤収しましょうか。」


「おーっと、『商品』が勝手に帰ってもいい?ダメじゃん、そりゃ。」


しなやかな声が飛んできた。


その美声にふさわしくない、耳障りなこのくどい言いぐさを私は知っている。


その中に隠されている卑劣な毒気と下品な心性までもブルーレイのようにまる見えた。


声の主は林道から少し離れた小高い丘の上から、こちらを見下ろしていた。その横には、さっきまで私たちが追っていた短い金髪の不良、ラフが卑屈におやの顔色を窺いながらこちらをにらんでいた。


ぺろぺろと唇をなめているその顔は、見るだけでも本能的な拒否感が生じ、鳥肌が立つ。歯をくいしばりすぎて嫌な音が出た。


きっと瀬戸先生に癒されたはずの、わき腹がズキズキする。


私は彼の名前を呼んだ。


「イマエール…」




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