第39話 メイ (1)





ウズクマルタカを送ってからそのまま何のこともなく立っていた。ジヌがギルドのドアを開けて入ってきたのは、お昼の頃になってからだった。


「こんにちは、ホウジ。 初日の勤務はうまくやっているかい?」


「めちゃくちゃですよ。さっきもギルド長に叱られちゃったんです。」


「え?」


ランチを食べに一緒に入った「王冠をかぶったドラゴン」で、ジヌは私の話を聞いてテーブルをドンドンと叩いて大笑いした。隅っこの席で助かった。それに「王冠のドラゴン」はこの前もそうだったが、今日も賑やかで酒飲みたちで賑わっていた。


「ハハハ。そりゃあ、ギルド長に叱られても仕方ないことだな。 そんなに一つ一つ手伝っているとキリがないからね。」


「でも、あの連邦民のおじさんの話があまりにも面白かったんですよ。考えてみれと、この世界に来て何ヶ月も過ごしたけど、ここの詳しい事情など考える余裕もなかったんですよ。」


コバフ村はそんな歴史や国際情勢のような敏感で複雑な話が交わされるにはあまりにも牧歌的な村だったし、バレンブルクとは全然違う雰囲気だったんだから。


「まあ、実際、いろいろと絡み合いの多い所ではあるね、このバレンブルク州は。でも、そのおかげで私もそうだし、ホウジも簡単に仕事が取れたと思うよ。 もちろんチョ総管もそうだし。


その人がいくら有能だとしても、たった1年半で辺境伯の信頼を得て総管の座にまで上り詰めたのは、普通じゃない。それだけここが不安定なところだからよ。だから適当に能力さえあればチャンスをもらえるんだよ。」


ジヌは私が着てるレザーメイルを指差した。


「兄貴… チョ総管も言ったが、今ここは誰であれ仕事をさせなければならないし、またそうでなければならない状況なんだからね。」


「どういう意味ですか?」


ジヌは人差し指を一つ立てて見せた。


「まず、これは何度も聞いてるだろうけど、ここは本当に人手不足なんだ。私たちがいた世界でもそうだったけど、ここも人口の大半は首都圏に集中していて、ここのような辺境はいくら栄えても地方都市にすぎないってことよ。


それに、国境を担当している辺境伯領だから、兵士と彼らを補助する人の数を減らすことは考えもできない。必要とされる人の数は増えているのに人が出る穴は何処にもない。


いわゆる供給が需要に追いついていないってことよ。」


そして、もう一つ人差し指を立てみせた。


「第二、その最中でもやることが見つけられなかったり、適応できずにさまよう奴らは、行っちゃいけない道に進むこともある。


イマエール、覚えてる?」


私はうなずいた。


「古今東西だけでなく、次元も世界も問わず、いつも悪い道に進むのは簡単のことよ。だから、人々に仕事を供給して、余計なことを考える機会を遮断するのが大事よ。経済的にも、精神敵にも、ね。


それでも人手が足りないのに、質の悪い奴らが増えれば、俺たちの仕事は二倍三倍増えるじゃん?」


「ジヌさんも大変ですね。 忙しい中、私たちまで気にかけてくれますし、今日もここまで見に来てくれて、ありがとうございます。」


「ハッハッハッ、俺も、ま、『企み』があるんだもの。」


ジヌはにこにこ笑いながら言ったが、彼が一瞬ささやいた部分を私は見逃さなかった。何だ?本当に何を考えてるんだ?


「食べ終わったら、片付けましょうか?」


「あ、お嬢さん。」


ウェイトレスさんが食事を終えた私たちのテーブルを片付けるために気さくに手を差し出した。


そういえば、このウェイトレスさん、この前も私たちのテーブルをサービングしてくれたお嬢さんだった。赤くて豊かなツインテールが印象的ではっきり覚えている。


いや、決していやらしい目で見たわけなんかじゃないよ!


「食事はいかがでしたか?」


「おう。おかげさまでとても美味しかったよ。ところで……さ!」


「キャー……」


ずうずうしていたジヌが、突然、ガッとウェイトレスの手首を引っ張った。


「ジヌさん…!」


企みって、こういうことだったのか? ジヌさんも結局そういう男だったの? ウェイトレスが悲鳴を上げようとした瞬間、ジヌは低く素早く話した。


「静かに。騒がない方がいいぜ、このまま警備隊に引き込まれたくなければ、ね。」


どっかり、とウェイトレスはテーブルの横にひざまずいてジヌを睨みつけた。


よく見ると、手首だけでなく、ウェイトレスの片足もジヌのブーツに踏まれていた。彼女の手首を掴んだのは、引きずり降ろすためだったのだ。


しかし、知らない人から見れば、普通に常連客の隣でおしゃべりするウェイトレスと、そんなウェイトレスにちょっかいを出す奴にしか見えないだろう。


「正直に話した方がいい、メイ。こっちもある程度情報を掴んできたんだからよ。」


「……何のことですか?」


「ほら。」


ジヌはメイと呼んだウェイトレスの手首を握っていない手で、懐からいくつかの小銭を取り出した。


「100ブルだぞ。」


「......!」


「正確に、お前がホウジたちの情報をイマエールに売ってから貰ったのとちょうど同じ金額だろう?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る