第24話 さよなら、コバフ




泣き疲れた沙也を瀬戸先生に預けて村の広場に向かった。そこにはすでに商団が店を建て、村人たちとほぼお祭りのような市場を開いていた。


「コバフにこんなに人が多かったっけ。」


村人たちがほぼ全部出揃ったのか、広場は入り込む隙もなく賑わっていた。


片側では村の特産品に値段をかけ合う商人と住民が声を張り上げており、もう片側は屋台が開かれ村の酒飲みたちは早くも酒盛りを繰り広げていた。


村の食堂の看板娘であるべビンは目が回るほど忙しくビールを運んでいた。商人精神の鏡だと言わざるを得ない。


「オルソンさんは見ませんでした?」


べビンに向かってビールのおかわりを叫んでいたマーティを掴んで尋ね、やっとオルソンの居場所が分かった。オルソンは商人たちとほぼ胸ぐらをつかむ寸前の雰囲気で首に青筋さえ立てて駆け引きをしていた。


しばらくしてようやく彼は私と話せる状況になった。


「よぉ、ホウジ少年。嬢様の怒りが少しは収まったかい?」


「申し訳ないです、オルソンさん。 沙也も悪いつもりで言ったわけじゃないです。ただ、ちょっと心に留めていたことがあったようです。」


「あぁ、気にすんな。お嬢さんがホウジ少年のこと大切でそう言ってたってくらい知っているからさ。」


オルソンは片目をくしゃっとして親指を立てた。 実に後腐れのない豪快な人だ。


「それよりこれ見て。 ホウジ少年のおかげで今回は大きく儲けたぜ。」


オルソンが差し出した紙には、いろいろ文字や数字が乱されて書かれていた。この世界の言語や数字はだいたい読める程度には覚えていたが、これは到底一目で見分けられないほどだった。


「見てもよく分からないんですけど、何です?」


「ホウジ少年が商団を救援に向かってくれたおかげで、こちらが駆け引きの主導権を握ることができたんだ。それで以前よりもっと良い値段で穀物や果物を売ることができたってことよ。」


ああ、そういうことか。


商団側は強盗の脅威からはあっさり脱することができたが、その過程で私たちの助けがあったから値段を激しく取り引きすることができなかったってことだ。


さっきのあの喧嘩のような取り引きが強いのでなければ、普段この人たちはいったいどんなに過激な駆け引きをしてきたんだろう?


「あ、それから、これがあったんだ。」


オルソンは紙の巻物を一つ私に手渡した。


「これは君に送る手紙だそうよ。 ヨナハンからの。」


「ヨナハから、ですか?」


私は必死に読もうとしたが焦ったせいか、なかなか王国語が目に入らなかった。見かねたオルソンが再び巻物を奪い返した。


「俺が読んでやるよ、ホウジ少年。いらいらして見てられないな。」


オルソンはふむ、と咳払いしてゆっくりとヨナハンの手紙を読み始めた。


【親愛なるホウジ。


まずは、依然として元気であることを神の名で祈ります。


いろいろお伝えしたいことはたくさんありますが、時間も余白も足りないので単刀直入に申し上げます。


まず悪い知らせは、まだホウジたちのような事例を記録から見つけられなかったということです。 このゼロガム王国の歴史だけでなく、それよりもはるかに長い教団の歴史をできるだけ深く探しましたが、まだこれだと言える手掛かりは見つかりませんでした。】


悪い知らせだと言って緊張したけど、そんなに大して失望するほどでもなかった。そもそも次元界が揺らぐことがよくあることであってはならないのではないか。


【良い知らせは今度、首都であるカハルに向かう出張団に含まれたってことです。


カハルの大図書館や教団の総本山であるグランドリタニア大聖堂には、バレンブルク市とは比べ物にならないほど多くの書籍や資料があります。そういうわけで、より詳しい調査ができるのではないかと思います。


ですので、時間があれば。】


次の文章を読もうとしたオルソンは、言葉を止めた。目を細めちょっと考え込んでたオルソンは、再び読み始めた。


【ご都合がよろしければ、ぜひバレンブルク市に来ていただけませんか。


コバフ村も良いところですが、ホウジ一行のためにはより多くの人々と会い、より多くのことを聞き、この世界を知っていくのが大事だといと思います。また、教会の近くにいてくれれば、ゼロガムの各地から伝われる情報を集めるのも容易ではないかと。】


オルソンは複雑な表情になった。


やはりコバフ村を離れ、もっと大きな都市に行けというヨナハンの提案に気が障ったんだろうか。しかし、彼は何も言わずに最後まで手紙を読み進めた。


【ホウジについては教会と市のギルドに伝えておきました。また、この巻物に私の紹介状を同封しておきますので、教会やギルドに見せれば世話を見てくれるはずです。城門でもこれを見せれば何の問題ないはずです。


最後にもう一つ、念のためお伝えておきたいことがあります。まだ確証はありませんがホウジのように異世界から来たと思われる人々がバレンブルクにいます。私としては強い心証があるだけで、直接確認はできませんでしたが、ホウジならきっと一目で見分けがつくと思います。


ですから、私がカハルにいる間、バレンブルク市を訪れていただければと思います。皆様の旅立ちに神のご加護がありますように。

プリスト・ヨナハン・ウッド。】


手紙を読み終えたオルソンは、かなり驚いた顔をしていた。おそらく今私の表情もあまり違わないだろう。


「ハァ、正直なところ、ホウジ少年とお嬢さんたちを送りたくなかったんだけどね。でも、これは必ず行ってみなければ。」


「どうやら、私もそう思います。」


我々と同じ世界の人々だなんて。もちろんヨナハンは慎重に『来たと思われる』とか『心証』とかと言ったが、彼がその判断したのであれば、相当な根拠があるはずだった。


「じゃあ、少年たちが出発できるように準備を手伝おう。」


「え? あまりにも急すぎません?」


「『善は急げ』という言葉もあるじゃないか。 こういうことはタイミングだぜ。追い風が吹けば帆を上げるべきものよ。それに…」


オルソンは巻物をくるくる巻きながら言った。


「ヨナハンがこの手紙をわざわざ商団に預けた理由があるだろう。おそらく、帰り際に一緒に来いというのじゃないかな。上がれということだろう。 実際、その方がいろいろと楽だろうしね。」


「ああ。」


「ここからバレンブルクまでは結構な距離だ。 少年も経験したが順調でもないし。 その道を君たちだけで来いというわけじゃないだろう。


気持ちとしては、私が村のみんなと一緒にバレンブルクまで見送ってあげたいけど、村を長く留守にするわけにもいかない。」


オルソンは私に手紙を渡し、肩を軽く叩いてくれた。


「残念だが、さっさと準備して。商団は明日には出発するらしいから、時間があまり多くはないだろう。」


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