第32話 木偶
あの日──年の瀬。記者・
響野が言うように、このグラスアイ──『祝』と『禍』というふたつの文字が書かれた蜻蛉玉で、時藤叶子の症状がどうにかなるとは夢にも思っていなかった。時藤叶子の様子は、実父・
はずだった。
「隠しきれませんよ小燕さん」
あの事件の捜査の陣頭指揮を取ったのは小燕だった。部下の声を振り切るようにして小燕は警察病院に駆け込んだ。
小燕はオカルトを信じない。
本物だとか、偽物だとか、言いたいだけ言っていれば良いと思っている。
小燕向葵は刑事だ。目に見えるものしか信じない。
だが。
「時藤叶子さん」
何の前触れもなく病室を訪ねた小燕を迎えたのは、ベッドにぐったりと横たわる時藤叶子、傍らに置かれた丸椅子に腰掛ける母親の時藤あずさで──
「具合が良くないんですか。医者を呼びますか」
「いいえ……大丈夫です。娘が、また、明け方まで騒いでいて……」
疲れ果てた様子のあずさへの同情の念はあった。
だが、小燕にもそろそろ、この訳の分からない事件に終止符を打ちたいという気持ちがあった。
「これを」
響野憲造から渡された、そのままの状態の硝子玉を母娘の前に突き出す。
「記者から預かりました。時藤叶子さん。あなたはこれを、探していましたよね?」
「あ……!」
瞬間。
世界がひっくり返ったようだった。
目の前に、人間はいなかった。
ベッドの上と丸椅子の上に、いたのは──
「木偶」
小燕の唸り声に「でく」とヒサシが両目を瞬かせて繰り返す。
「でく……って、でくですか?」
「木製の人形だ。木彫りの人形。操り人形ともいう」
「それが、目の前に?」
「ああ」
うんざりした様子で息を吐いた小燕は「俺だけじゃない」と心底嫌そうに続ける。
「風松家の人間全員が、木偶になった」
「おおお!? 来た来た来ましたね!?」
「嬉しそうにするな市岡ヒサシ。それともおまえは、おまえと響野は、これを予想していたのか?」
「まっさかぁ!」
小燕の問いに明るく応じたヒサシはしかし両の瞳を爛々と輝かせながら、
「でも、これが、ほんとうなんじゃないですか!? 風松楓子さんが隠そうとしていたのは……つまりそういうことなんじゃ!?」
「つまりどういうことなんだ。俺にはさっぱり理解できん」
風松家の人間全員──楓子の妹である
警察病院にいたあずさ、叶子だけでなく、燃え残った風松邸にいた風松楓子の妹、祝子と夕実緒も木偶になっていた。発見したのは風松邸の周りを警備していた地元の警察官たちだ。呼吸も、発話も、動きもしない木の塊が、風松邸には残されていた。
「厳密には、全員じゃないってことですか」
「そう。風松祝子の配偶者である
「眞一って人には会ったことあるな……響野くんに引っ張られて行った風松楓子さんのお家で」
ヒサシの言葉に「どういうルールなんだ?」と諏訪部が唸る。
「ルール」
何かを言いたげな視線を上げた市岡稟市が「ああ!」と視線とは裏腹に間の抜けた声を上げ流る。
「ぇええ……満員御礼じゃないですか……!?」
「や。あけおめ。混んどるのぉ」
「も〜! ほじゃけえ今日はやめとこって言うたのに!!」
「親子喧嘩は他所でやってくれないか。俺はその辺りの連中に用があるんでね」
「まあまあ、
昨年いっぱいを海外で過ごしていたという民俗学者の
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