第13話 都内、風松本家

 風松かぜまつ楓子ふうこ邸の捜索から、実に十日ぶりに風松眞一しんいちに連絡を取った。人形に関することで進展があったので会いたい、というスカスカでまるで中身のない響野きょうのの言葉に「明日、風松本家で」と眞一はすぐに応じた。


「妙だな」


 風松楓子邸の捜索には、市岡いちおかヒサシを伴った。本日の同伴者は、偽霊能者にしてテレビタレントの錆殻さびがら光臣みつおみである。


「妙って? 何すか?」

「風松本家? 風松神社の本社は日本海側にあると聞いたことがある」

「……光臣さんでもそういうの調べたりするんすか?」

「なんだ、その言い方は」


 風松楓子が暮らしていた屋敷とはだいぶ離れた場所に、眞一の言う『風松本家』はあった。どちらも都内である。移動に電車を使おうとしていた響野に「クルマに乗れ」と錆殻光臣はうんざりとした様子で命じた。


「その方が早い」

「あ〜でも俺……左ハンドルの運転は……」

「誰がおまえに運転を任せると言った? おまえは隣でナビをしろ」

「はぁい……」


 そうして、問題の本家の話題になったのだが。


「日本海側──すか」

「おまえ、民俗学者の鹿野かの迷宮めいきゅうを巻き込んでいるんだろう? そんなことも聞いてないのか?」

「正確には迷宮さんのお嬢さんからちょこっと話を聞いただけっすよ! それに迷宮さんは今ヨーロッパに行ってるから、直接夜明よあけさんを見てもらうこともできないし」

「ヨーロッパ? どこの国だ?」

「ヨ……ドイツ?」

「適当なことを言うなよ」


 適当なことを言ってしまった。

 今日は、夜明を連れてきていない。光臣と合流する前に新宿に寄り、祖父の店に置いてきた。風松眞一──及び風松家の面々がいったい何を考えているのか、今の時点ではまるで分からない。何かの間違いで夜明を奪われたり、破壊されるようなことになったら、耐火金庫の奥に夜明を隠していた風松楓子に申し訳なさすぎる。

 二度見た、不思議な夢の話は光臣に伝えてあった。彼は夢の内容には特に興味を示さなかったが、


「『祝』と『禍』?」


 夜明が身に付けていたグラスアイの裏に書かれていた文字には、何か思うところがあるようだった。


「そうっす。写真見ます?」

「運転中だ」

「はぁい……」


 赤信号でクルマを停止させ、煙草に火を点けた光臣は、


「グラスアイ……って言うのは、結局のところガラス玉だろう」

「そうすね。身近なところで言うなら蜻蛉トンボ玉みたいな」

「ということは、その、おまえが言っていた他の目玉よりは耐久性がある」

「……ああ、火事の件すか。そうすね。ヒサシくんは金属製の箱の中に夜明さんが入ってたって言ってましたけど、それが仮に耐火ケースだったとしても、レジンアイやアクリルアイだったら壊れちゃったんじゃないかなと俺は思うんすけど」

「ふん」


 紫煙を吐き出す光臣が、ゆっくりとアクセルを踏み込み。


「ということは、その『祝』と『禍』については、風松楓子以外の人間が書き込んだ可能性もあるってことか」

「え?」


 唐突な推理に、響野は大きく目を瞬く。「次の青看板を左に」と告げ、


「どういう意味すか?」

「俺は人形のことは何も分からないが、おまえの話を聞いている限り、はずいぶんと脆いもののように思える。呪いと祓いのマッチポンプを売りにしている風松一族が何らかの秘密を人形のどこかに隠しているとするならば──今のところ目がいちばん怪しい」

「な、なるほど……」


 朗々と語る光臣の声に、横顔に、飲み込まれそうになる。彼が偽霊能者であるにも関わらず各メディアから好意的に扱われている理由は、この意味不明な説得力にあるのだろうと今更ながら感心する。


 ──やがて、光臣と響野を乗せたクルマは、風松眞一に指定された住所に到着する。そこには、風松楓子の人形屋敷とは正反対の横に広い邸宅が鎮座していた。


「なんかいかにもって感じっすね」

「駐車場はないのか? 中の人間に連絡しろ。切符を切られるのはごめんだ」

「はいはい……あっ眞一さんだ。ちょっと俺降りますね。こんにちは〜響野です〜」


 光臣のクルマから降り大きく手を振る響野の──胸ぐらを、風松眞一が勢い良く掴む。到底友好的とは思えない動きだった。


「あっ……あんた! 響野さん! あんた、あの家で、何を見付けたんだ!」

「えっ? あっ? あれっ?」


 話がよく見えない。眞一が怒っているということだけは分かる。

 あの日、風松楓子邸でキャストドール・夜明を見付けた市岡ヒサシは「なにもなかった」と言ってその存在を風松眞一から遠ざけた。響野は夜明を連れ回してあちこちで情報収集を行ったが、今クルマの運転席に座っている錆殻光臣も含めて、響野の動きをわざわざ風松家、眞一に伝えるような暇人は存在しない、はずだ。


「もう手遅れだ」


 響野の胸ぐらを掴んだままで唸る眞一に、声を投げかけた者がいた。


「『祝』と『禍』」

「あっ」

「さ……錆殻光臣、先生!?」


 風松眞一の声が一オクターブ高くなる。これがタレント効果、と響野は内心思いつつ、


「光臣さん、何言ってんすか」

「風松さん。あなた方が探しているのは、『祝』と『禍』。そうでしょう?」


 演技派には敵わない。響野はもちろん、風松眞一もあっという間に巻き込まれた。


「そう……そうです……姪の叶子きょうこが……!!」

「詳しい話は中でお聞きしましょう。駐車場はありますか?」


 問い掛けて微笑む錆殻光臣は、本物の『霊能者』の顔をしていた。

 大嘘吐きめ。

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